24話:オレンジ色の帰還
魔王、と言われても、まあ、そんなには驚かない。だって、王城の壁画を見学しに行った時、そういう絵が描いてあったから。
王城の大広間の壁画は、それだった。あれ、魔法画で描かれたものだったんだろうな。色鮮やかで、精密で、ちょっとピリピリするくらいに魔力というか、何かの気配を感じるようなあのかんじは、今なら分かる。あれ、魔法画だ。
あの壁画、勇者が現れて魔王を倒す、っていう、ファンタジーによくありそうな、そういう物語が描き表されていた。フェイがざっと説明してくれたから、ストーリーも大体覚えてる。……そして、今回のもそれ、っていうことなんだろう。
「……まあ、随分と荒唐無稽な話だと思うだろう?」
「え、ええ、まあ……」
フェイのお父さんは僕を見て、苦笑する。いや、僕としては、絵に描いた餅が餅になってしまう世界なんだから、魔王も別におかしくないかな、って思うのだけれど。
「錯乱した狂人の戯言かとも思ったんだが、どうにも、マーピンクは妙にはっきりと喋る。ついでに、『自分は鏡を授けてきた魔物に魔法で誘惑されて諸々の犯行に及んでしまっただけだ』と主張し始めているね」
……つまり、責任能力の有無についてが争点になるのか。なんか、僕の世界の裁判みたいだ。
「まあ、魔物に惑わされていたなら意思の薄弱さの証明であるし、魔物と手を組んでいたと知れたらそちらの方が余程重罪だが」
あ、僕の世界の裁判よりも深刻だった……。
「ということで……まあ、正直、鏡の出どころについては、結局よく分からない、という程度だと思っていてくれ。魔王の復活、なんていうのはよくある与太話だ。魔物が出た、というのはまあ、あり得る話ではあるが」
「そうですか……」
そっか。とりあえず、マーピンクさんは、よく分からない存在から鏡を手に入れた、と。そっか……。
とりあえず、フェイのお父さんからの話はそれで終わり。後は、『魔王はともかく魔物は居るかもしれないから気を付けるんだよ』って言われて、その後、フェイのお父さんは炎のたてがみを持つ羽が生えた獅子、みたいな生き物に乗って帰っていった。お父さんの召喚獣、かっこいいなあ。
……それにしても、そっか。魔物か。うーん……ちょっと見てみたい気もするけれど、危険な生き物だったら、ちょっと困るなあ。
危険な生き物が来るとなると困るので、街壁の外側にはまた、野ばらと木苺を生やすことにした。とげとげだから登ってこられないと思う。
ついでに、壁の内側……森の壁と街の壁とに挟まれたドーナツの中に、ちょっと、木を生やしておいた。折角だから、ドーナツの中に森の出張所みたいなのがほしかったので。
あと、花畑。妖精が住み着けるように。……あ、妖精が最近、また増えている。はるばる他の領地からやってきてはお菓子屋さんに採用面接に来る妖精が何匹も居るし、ふらふら旅をしている妖精もこの森の村と森を見て、『ここに住む!』と決めてくれるし。
……新しくこの辺りに引っ越してきた妖精には、見つけ次第『魔物とやらが出たら教えてね』と言ってある。妖精達は皆、いいやつなので、僕を見ると目をキラキラさせて、ぎゅ、と指に抱き着くみたいな妖精式の握手をしてくれて、そして、にこにこ頷いてくれる。これで魔物の警備はばっちり。
警備はもうちょっと、強める。具体的には、石膏像で。
「そうか。なら、今まで以上に警戒を強めていこう。魔物の襲撃など、決して許さないぞ」
マーセンさんの言葉が頼もしい。その筋肉も相まって、頼もしさが留まるところを知らない!流石、僕らの石膏像達!
「だが……これから、街壁の門の警備もあるからな。やはり、騎士の人数は少々心許ないが……」
「それはそのうち、フェイが見つけてきてくれると思います」
騎士の増員は急務だ。けれど、こればっかりは、募集に応じてくれる人がたくさん居ることを祈ることしかできない。……ただ、ちょっと、僕もお手伝いはした。騎士の募集ポスターは僕が描いた。
……僕が描いたものが使われるって、嬉しい。
「募集は王都にまで行っているのか」
「ううん。下手な勘繰りをされないように、レッドガルド家に友好的な領地にしか出してないって言ってた」
騎士を集める、ということは、武力を集める、っていうことになる。それも、相当に分かりやすく。
だから、下手に表立ってやってしまうと……その、目をつけられる、んだそうだ。要は、『反逆の恐れあり』みたいな、そういうことを言われてしまうらしい。主に王家や王家と仲良しの貴族から。
だから、今回、募集を出しているのはレッドガルド領内と、サフィールさん達のオースカイア領、こっちにアドバンテージがあるジオレン領。マーピンク領は何となく怪しいから、今回は除外。……それから、すっかり寂れてしまったのでありとあらゆる人員募集が許されている王家直轄領のあそこ。そんなところだ。
「うまく見つかるといいなあ」
もう、ポスターを貼ってから1週間くらいになる。そろそろ、最初に申し込んだ人達が来てもいいかな、とも思うんだけれど……。
「そうだな……トウゴ。或いはいっそ、騎士を描いて出したらどうだ?」
ラオクレスはちょっと冗談気味にそう言うのだけれど……。
……描いて、出す。騎士を。
う、うーん……?
「……トウゴ?」
……僕、人を、描いて出せる、んだろうか?
描いて出すなら、それは、架空のものじゃないといけない、と思う。じゃないと、ラオクレスが2人とかになってしまう。それは大変だ。
けれど……僕は、人を、モデル無しに描けるんだろうか?描いたとして、それって、本当に『架空の人』が出てくるんだろうか?『たまたま描いてしまったどこかの誰か』が増えてしまったり、呼ばれて出てきてしまったりしたら大変なのだけれど……。
……うーん。うーん。
「……すまん。無理を言った」
僕が悩んでいたら、途中でラオクレスが止めに入った。うん、もうちょっと考えてたら、頭から湯気が出始めてたかも……。
「うん……ごめんなさい、ちょっと、人は描いて出せる気がしない……なんでだろう」
「あまり深く考えるな。これ以上はやめておけ。騎士の増員はフェイに任せよう」
はい。騎士の増員は、正攻法でお願いします……。
そのまま、ラオクレスとマーセンさんと、その場でちょっと雑談することになった。『魔物』ってどういうものだ、とか、『魔獣』はその魔物の良いやつ(或いは賢いやつ?)バージョンなんだ、とか。成程。つまり、うちの馬達はいいやつらだから、魔獣。もし、うちの馬達が悪い子になったら、魔物。……曖昧だ。
……思えば僕、この世界のこと、あんまりよく知らない。精霊になった割に。精霊になった割に!
だから、この世界の話を聞いているのは、楽しい。異世界人と異世界人の会話を聞いているだけでも、楽しいんだ。その異世界人が良い人なら、尚更。だから、僕は、ラオクレスとマーセンさんの会話を間で聞きながら、それをのんびり楽しんで……。
「エド!」
けれど、唐突に2人の声じゃない声が、響いた。それに続いて、ぱから、と蹄の音。
……顔をそちらへ向けたラオクレスとマーセンさんの顔が……みるみる、明るくなった。
「……インターリア!」
「何!?インターリアだと!?」
蹄の音も軽快に、琥珀色の長い髪を靡かせながらこちらに向かって駆けてくるのは……インターリアさんだ!
「久しいな!エド!……と、それに、マーセンさんまで!」
「ははは。俺だけじゃない。門番から聞いているかもしれないが、ほとんど皆、ここに揃ってるぞ」
何事か、とぞろぞろ家から出てくる他の騎士の皆さんを見て、インターリアさんは『信じられない』というような顔をする。うん。まあ、ここまで見事に顔見知りの石膏像が集まって出てきたら、そういう顔にもなるだろう。
「帰ってきたのか」
「帰って……と言われると、少し照れくさいな。だが、そういうことになる。カーネリア様の旅が、一段落されたのでな」
インターリアさんはそう、輝くような瞳で微笑みながら、幸せそうに言って……ラオクレスとマーセンさんの顔を、じっと見つめる。
「……夢のようだ。故郷を失った私に『帰る場所』があって、そこにはかつての同僚達が居るだなんて……」
じわり、と潤む琥珀色の瞳が、すごく綺麗だ。あんまり見つめたら失礼だと思うけれど、あんまりにも綺麗だから、その、描きたくなってしまう……。
けれど、僕が描きたくなってうずうずしているところで、インターリアさんは目を瞬かせて目を落ち着かせてから、僕に向き直って、畏まった姿勢を取った。
「そして、トウゴ殿も。お久しぶりです」
「ようこそ、森の村へ。また会えて嬉しいです。……森が随分変わっていて、驚いたかもしれないけれど……」
「ああ。驚いた。まさか、このように発展しているとは。さてはトウゴ殿の仕業だな?」
インターリアさんはくすくすと笑ってそう言う。うん。大体は正解です。
「それに、森だけではないな。トウゴ殿も、少し見ぬ間に随分とご立派になられた」
「そ、そうですか?」
僕、ちょっと立派になっただろうか?あんまり自覚はないんだけれど、その、色々あったから、多少は、ちょっとは、成長した、んだろうか……?
「ああ。何やら……その、なんだ。人ならざるもの……いや、不思議、強大……?違う、その、高貴、な……?そういう、雰囲気に……」
……あ、うん。
確かに僕、インターリアさんと会わない間に、人ならざる不思議な生き物になってしまいました。
インターリアさんが、僕を褒めようとして貶してしまったことに気づいて慌てているのを見て、ちょっと申し訳なくなる。いや、正直な感想が聞けてよかったよ。うん……。人ならざる……うん……。
「あ、あの、ところで、カーネリアちゃんは……」
インターリアさんがあんまりにも申し訳なさそうな顔をするから、ちょっと話題を逸らすつもりでそう、聞いてみた。
……すると。
「ここよー!」
さっ、と、上空に影が走る。続いて、ぴるるるるる、と、綺麗な鳴き声が響く。歌うような音色のそれは、森の上空に高らかに響いて……そして。
「トウゴー!」
上空からぱっと降りてきたのは、ふわふわしたオレンジ色。そして、そのふわふわしたオレンジ色から飛び降りて駆け寄ってくるのもまた、ふわふわしたオレンジ色だ。にっこり微笑む顔の中、その瞳は大粒のきんかんの甘露煮みたいにきらきらしている。
「お久しぶりね!お約束どおり、今日からここに住んでもいいかしら!」
……カーネリアちゃんとヒヨコじゃないフェニックスも、帰ってきた!