23話:剣ではなく盾でもなく*7
……色々と進んだ、その後。
案の定というか、僕は、ちょっと魔力切れになってしまった。
地割れを造ったり檻を造ったり、温泉を整備したり……そういうことをやっていたら、ちょっと眠くなって、そのまま魔力切れで寝てしまったらしい。とは言っても、1日くらいのものだったけれど。
ただ……。
「あの、そろそろ、帰して……」
……龍が、僕を放してくれない。
「その龍、トウゴ君の恰好が余程気に入ったのねえ」
うん。龍は僕の恰好が気に入ってしまったらしくて……温泉を整備する時にも着物を着て上空に出て描いて、そのまま魔力切れになってしまった僕は、それからずっと、龍に捕まっている。もう、3日目……。
「あっ、だ、駄目だよ!ねえ!」
しかも、龍はちょくちょく、お腹の中を弄る。最近は一気にいっぱいにするんじゃなくて、じわじわいっぱいにしてくるし、じわじわ減らしてくる。……本当に意地悪だ!
「……いつもお前は龍に何をされているんだ?」
ラオクレスは不思議そうにしているけれど、説明したくないよ!こんなの!
「ま、龍は今回、大活躍だったしな。今日までは付き合ってやれよ」
うん……。仕方が無いから、今日までは、我慢することにする。すごくお世話になってるし……。
あ、でも、虐めないでほしい……。
それから僕はちょっとだけ水晶の小島を離れる許可を龍に貰って、でも龍に巻き付かれながら、湖のほとりで皆の近況報告を聞く。
「あのね、妖精さん、もものケーキも売ることにしたんだって。はい。おあじみです。どうぞ」
「ありがとう。……うん。美味しい」
どうやら、妖精のお菓子屋さんはまた、活気を取り戻してきているらしい。妖精達も新作を作ったらしくて、アンジェはそのケーキを『お味見』に持ってきてくれた。うん。瑞々しくて、ふんわりしていて、でもぱさぱさしなくて、しっとりだけれどべたべたもしなくて、すごく美味しい。
「そろそろカフェの方もやってみてもいいかもね。はい。お茶」
ライラもうきうきしながら、水筒に入れて持ってきてくれたお茶を注いで出してくれた。ほっとする味だ。
僕らはしばらく、お茶とケーキでくつろぐ。……龍がちょっと拗ねた顔をしていたので、ケーキを一口、分けてあげた。満足そうな顔になった。そっか。君、ケーキが好きなのか……。
妖精のお菓子屋さんは順調、と。それを聞いてちょっとほっとした。今回、一番大変だったのはお菓子屋さんだったから……お菓子屋さんがまた活気を取り戻している、っていうのは、嬉しい。
ただ……それで一件落着、とは、いかないみたいだった。
「王家は全然、マーピンク家を庇わねえもんなあ。うーん、裏で何か絶対あると思ったんだけどよ」
「そうね。まあ、トカゲのしっぽ切りじゃない?マーピンクが失敗したら、元々切り捨てる気だったんでしょ」
……多分、王家の人が絡んでるんだろうな、と思われたことについて、やっぱりというか、王家の人達は何も動かなかった。要は、マーピンクさんは特に庇われることなく裁かれたし、特に王家から何をされるでもなかった、というか。
「まあ、だろうな。……だが、マーピンクから押収した鏡は、マーピンク家の魔術師も知らないものだった。何者かがマーピンクに魅了の魔法を授けたのは間違いないだろう」
けれど、疑問が残ってる。
……鏡、だ。マーピンクさんが持ってたやつ。多分、誘惑の力を上げるためのもの。
これ、マーピンクさんは、お抱えの魔術師から貰った、って言ってたけれど、そのお抱えの魔術師の人に聞いてみたら、何も知らない、っていうことだった。
つまり、あの時点ではマーピンクさんは嘘を吐いていた、ということになる。……うーん。
「今なら本人は嘘を吐けないから、本人にもう一回聞いてみてもいいんじゃないかな」
「そうね。そうやって、相手をはっきりさせた方がいいかも。ただ……うーん、今回、本当に王家がマーピンク家に力を貸したのかしら?色々と疑問は残るのよねえ……」
クロアさんはちょっと悩み始めた。……うん。僕もちょっと、不思議に思ってはいるよ。この世界の王家っていうものがそういうものなのかな、とも思ったけれど、それにしたって、なんだか……うーん。
「俺、よく分からねえけどさ……その、王家ってバカなのか?」
リアンがスッパリ言ってしまった!誰も言わないようにしていたのに!
「……今回の手引きを王家が行っていたとしたら、相当に愚かであることは間違いないな。もっと巧くやる方法はあるだろう」
「だよなあ。例えば、もっと積極的に関わっちまってもいいよな?森はレッドガルド領にあって、レッドガルド領は一応、国王の指示に従うものだから……まあ、すげえ横暴なやり方するとなると、適当にレッドガルド領に罪状でっちあげて、それの討伐とか制裁とかそういう名目で出兵する、とかさあ」
そこまで大規模なことをする可能性もあったのか……。そっか……。もっと騎士団、増強した方がいいだろうか。
「だから、マーピンクに鏡だけ渡してはいお終い、ってのは、あんまりにも中途半端っつうかよお……」
「……そっか」
なんというか、確かに、ちょっと不思議なかんじだ。
今回、王家の人達が関わっていることがあるとすれば、精々、その鏡の受け渡しぐらい、だよね。あと、もしかすると、人員の斡旋?うーん、まあ、そのくらい。
だから……王家の人が関わるなら、もっとうまいやり方は、あるはず。だから、今回のはちょっと、不思議だ。
「……ま、いいや。そこは親父の方からマーピンクに直接問い合わせしてみるか。『森から鏡について聞け、という謎の手紙が来たんだが、何か知らないか?』とかそういうかんじで」
「それ、フェイのお父さんに大分、迷惑かけない?」
「あ、いいんだ。親父、この手の嘘吐くの、好きだし」
あ、好きなんだ。そっか……。まあ、そういう人も居るよね。うん。僕からすると、只々ありがたい。
「で、この後、壁造るんだろ?」
「うん」
壁は、当初の予定通り、造るよ。壁の建設については、もうレッドガルド家と協議済みだ。フェイのお父さんにも『元々何もない土地だ。壁の1つや2つ増えても問題ないよ。是非、有効に使ってくれたまえ。ついでに発展させてくれると嬉しい』って言われている。本当に只々、ありがたい!
「当初の予定通り、壁の出入り口は12か所造れるようにしておいて、でも、最初に造るのは4か所っていうことで……不便だな、ってなったら、12か所にしようと思うんだ」
「まあ、今後、森の村が交通の要所になるかもしれねえしな。その時は12か所ぐらい、出入口が必要かあ……王都なんかは入り口、6か所ぐらいだけどな」
「ほら、森の方が直径だけで言ったら大きいから……」
「あー、そうだな……」
この森、割と大きいんだ。だから、その周辺の村の直径って、大きい。ドーナツの穴みたいに中心に森があるから、実際に使える面積はそこまででもないんだけれど。
……そして、その村の周囲にまた壁を造るとなると、また、直径は大きくなるから……出入口が、たくさん必要。うん。
そうして、僕は、細かいデザインなんかをまた協議して……壁を、描いた。
壁を描くからね、って龍に断りを入れたら、『ならどうせまた魔力切れになるだろうから』みたいな顔で了承を貰った。……うう。
僕は龍に乗って上空に出て、そこで壁を描く。森の村を守るように、ぐるりと一周。そんなに高い壁じゃない。精々、10mぐらいの高さの壁だ。……あんまり面積を大きくすると、また、とんでもない日数、倒れそうだし。
そういう壁を描き上げて、出入口は12か所。でも、今は門が閉じている。必要な時に必要な部分だけ開ければいいし、必要になったら閉めることだってできる。
これで、森はずっと襲われにくくなると思う。マーピンクさんのこともあちこちで噂になっているらしいし、それが抑止力になってくれているらしいし。
とにかく、僕はそういう壁を出して、すっかり満足して……魔力切れになった!
「……あの、僕、まだここに居なきゃだめ?」
そして僕はまた、龍に抱っこされるようなかんじのまま、水晶の小島に軟禁されている。……なんでこうなっちゃうんだろう。
……まあ、しょうがないか。まだ夏だし、ここの水辺で水遊びしながら過ごすのも、そこまで悪くない、よね。うん。
「……なんか一瞬、本当に精霊様に見えたぜ」
「来て早々、どうしたの……」
そんな僕らの所にやってきたフェイは、僕を見て何とも言えない顔をした。
「お前、そういう恰好してると本当に、精霊様に見えるぜ」
「そ、そっか……」
……今、僕が着てるのは、白地に藍色で模様が染めてある浴衣だ。それに藍色の兵児帯。ふわふわしてるやつ。今日はちょっと暑いからこれでいいかな、と思って、これを着て、小島の端っこで足だけ水に浸かりながら、龍の体を背もたれにして絵を描いてた。
僕はスケッチブックを置いて、フェイの所まで行く。……龍にちょっと帯を咥えられて止められたけれど、それを放してもらって、鳳凰に掴まって、小島の外、湖のほとりまで。
「どうしたの?何か問題、起きた?」
「いや。まあ、壁がまた急に生えてきたから驚かれてるけどよ」
うん。ごめん。……あ、でも、村の人達には『もしかしたらまた壁が生えてくるようなことがあるかもしれませんがきっと大丈夫なので安心してください』って言ってあるから多分大丈夫だ。
「で、今はとりあえず、調査中、ってことで、4か所だけ門を開けてる。予定通りだな」
「うん」
12か所、入り口は作ってあるけれど、門を開かなければ全部、壁みたいなものだ。今のところは、開けておくのは東西南北の4か所だけ。他は外敵の侵入を防ぐため、とりあえずそのまま閉めてある。
「4か所に2人ずつ、交代で森の騎士団が詰めてるところだな。まあ……そうすっと、常に8人は門番だな」
……うん。そうなんだ。
ちょっと今、困ってるのは、そこで……壁を作ったら、門を造らなきゃならない。門には門番が居ないと、壁を造った意味がない。
けれど、門番にしようにも、森の騎士団は……ちょっと、少ない。
「……で、どうする?森の騎士団はラオクレス入れても16人だろ?もうちょっと、欲しくねえ?」
「うん……居てくれると、心強い」
16人で8人ずつ常に門番だと、お休みする時間が無い。それはよくない。できれば彼らには週休3日ぐらいでやってほしい。
「だよな。ってことで、募集、出しとくぜ。町が増えちまったからその分の増員、って形だな」
フェイの申し出がありがたい。騎士の人達の面接はまた妖精式で行くとして……増員できれば、村の安全がより一層、守られることになるよね。
そうして、フェイが騎士の募集をかけてくれて、少し。
……そろそろ龍から解放してもらえた僕は、やっと家に帰ってこられて、けれどそこでクロアさん達にも『なんだか精霊っぽくなったわね……』なんて言われてちょっと複雑な気持ちになって、でも、シャツとズボンに着替えて、パンとハムエッグと枝豆で朝ご飯を食べていたら『あ、いつものトウゴ君だわ』なんて言われて……。
……そして、フェイのお父さんが、やってきた。
「あの、お父さんがここに居らっしゃるのは、初めて、ですよね」
「ああ。そうだな。いつもフェイに任せていたが……精霊様から直々にお誘い頂けたのだから、折角だと思って来てみたよ。本日はお招きいただきありがとう」
フェイのお父さんは森の中を物珍し気に見回しながら、僕にはそう、挨拶してくれる。お招きも何も、ここ、フェイのお父さんの土地なんだけれど……。
「それで、お話、って」
「ああ。ちょっとばかり、不思議な話が出てきてね」
フェイのお父さんはちょっと真剣な顔でそう前置きすると、切り出した。
「マーピンク家に問い合わせをしてみたんだ。『精霊様から鏡について問い合わせろという手紙が来たが何か知らないか』と」
あ、本当にそういう嘘の吐き方したんだ。凄い人だなあ。
「そうしたら……白状したよ。マーピンクは。まるで嘘を吐くことを禁じられているみたいにスラスラ話した」
そこでお父さんはちょっと意味ありげに僕に笑いかける。うん。嘘を吐くことを禁じたのは僕です。
「じゃあ、例の鏡は」
「ああ。どうやらこの鏡は、魔物から授けられたものらしい」
……まもの?
「そしてその魔物は……魔王の復活を、預言していたとか」
……まおう?
ええと……そういえばこの世界って、大分ファンタジーな世界、だったっけ。