22話:剣ではなく盾でもなく*6
雨上がりの村では、もう、村の人達が外に出てきていた。その上を鳥が飛びぬけていって、その後を、僕と龍が戻る。
村の人達はなんだかにこにこしながら僕らを見上げて、ぺこん、とお辞儀していた。……これ、もしかすると、信仰されているから、なんだろうか。
何となく複雑な気持ちになりながら、僕らは森に帰る。
……そして、その一角に新たに作った建造物に、しっかり武装解除したマーピンクさんを収容した。
目が覚めて最初に、マーピンクさんは周囲を見回して……呆然としていた。そりゃあそうだろうと思う。目が覚めていきなり、こんな場所なんだから、びっくりして当然。
ここは森の中の……檻の中だ。
檻は、魔鋼でできている。鉄格子は生きた木をそのまま使ったみたいなデザインだ。細めの若木が円状にぐるっと生えていて、枝葉が重なり合って、ちゃんとした檻になっている……っていうデザイン。中に居る人は、まるで、鋼でできた木が自分を閉じ込めようとして伸びたみたいに見えるだろう。
……こういう、ちょっと現実離れしたデザインで実用的な性能のものが、怖さの秘訣だってクロアさんが言ってた。
クロアさんの読みは当たったみたいで、マーピンクさんはちょっと鉄格子に触れて、鉄格子を握って揺すってみて……焦りと困惑が混ざった顔をしている。つまり、きっと、恐怖の顔。
僕はそれから3分くらい様子を見て、マーピンクさんが『この檻には出口が無い』って自力で気づくまで待った。
……そして、『この檻には出口が無い』って気づいて尚、鉄格子を揺すっているマーピンクさんの前に出ていく。
「この檻は開かないよ。少なくともあなたが生きている間には」
僕がそう、台本通りに言いながら木の陰から出ていくと、マーピンクさんは明らかにぎょっとした顔をした。
更に、僕の後ろから龍がにょろにょろ出てきて僕の隣に並ぶと、いよいよ、マーピンクさんは凍り付いたような顔になる。
「僕は怒ってるよ。理由は分かるよね」
更にそう言うと、マーピンクさんは途端、何度も頷き始めた。……本当に分かってるのかなあ。ちょっと心配になる。
「じゃあ、1つ目。……なんで、あんなこと、したの」
心配になりつつもちゃんと台本通りに聞くと、マーピンクさんは口籠った。……そして、龍が牙を剥くのを見て、慌てて喋りはじめる。
「わ、悪かった!そんな、悪気があったわけじゃ……」
「あったよね。悪気」
あんまりにもあんまりなことを喋られたので、ちょっと怒る。するとマーピンクさんは、また黙り込む。
「……森の精霊を捕まえて、どうするつもりだったの?」
「ど、どう、って……わ、我が領地にも発展をもたらしてもらおうと思っただけだ。ただ、普通に勧誘しても、うんとは言ってくれなかったから……」
「それで、森の村にあんなことをしたのか」
僕が問い直すと、マーピンクさんはただ黙って縮こまって、頷いた。
「……王族の誰かに頼まれたの?」
けれど、僕がそう聞いたら、途端、弾かれたように顔を上げて、両手を顔の前で振る。
「お、王族の!?い、いや、そんな……そんなことは、無い。無いんだ。本当に……」
……あやしい。
でも、これ以上つっこんでも水掛け論のような気がするから、次の質問にいこう。
「じゃあ、2つ目。……これ、何?」
僕は袖の中から、鏡を取り出す。
……これは、マーピンクさんの懐から出てきた鏡だ。
鏡を見て、マーピンクさんはぎょっとした顔をした。それからやっと、自分の懐を漁って、自分がすっかり武装解除された上に不審物は全部没収されている、ということに気づいたらしい。
「これ、何?」
僕はもう一度聞く。……するとマーピンクさんは、顔面蒼白のまま、黙りこくった。
……ちょっと、鏡を眺めてみる。すると、なんだか嫌なかんじがあった。あの時……お菓子屋さんで、マーピンクさんに見つめられた時の感覚だ。つまり、誘惑の魔法を僕に使おうとしたんだろう、あの時の。
「これ、防御にも使えるやつ?」
「え、あ……」
マーピンクさんからの反応はいま一つだったけれど、大体、分かるよ。これ、誘惑の魔法を強化する奴だ。ついでに、多分、他からの誘惑の魔法を防いでくれる奴でもあるんだろう。だから、クロアさんの一睨みが、マーピンクさんには効かなかったんだ。
「これ、誰から貰ったの?」
「……魔術師から」
「その魔術師の人は、どこの人?」
「う、うちのお抱えだ。うちの領地に居る……」
そっか。じゃあ、そっちはまた後で調べよう。……こういうのがいっぱいあるようだと、ちょっと、不便だなあ。うん……。
「じゃあ早速だけれど、それにサインして」
質問はとりあえず、これで終わりだ。本当はもっと色々聞くべきなのかもしれないけれど、それよりもこっちのサインが優先。
僕は何枚かの紙を妖精に運んでもらって、檻の中へ送り込む。マーピンクさんは妖精が見えない人だっていうのはもう分かっていることだから、妖精に運んでもらった紙はきっと、僕の手の中からひとりでにふわっと舞い上がって、ふわふわ檻の中に入ってきたように見えるだろう。
そして最後に竹のつけペンとインクの壺を運び入れて、準備完了。それらを置いた地面から、テーブルを生やす。
テーブルも、檻と同じデザインだ。だから、都合よくテーブル型をした魔鋼の木が急に生えてきたように見えるんじゃないかな。
……ちなみに、今回もキャンバスは龍の後頭部に設置してある。ありがとう!
「全部にサインするまではここから出さない。死んでも出さない。骨だってお前の故郷には返してやらない」
僕は心の中で龍にお礼を言いながら、マーピンクさんには台本通りの台詞を言う。マーピンクさんにはちょっとかわいそうだけれど、彼にはきっちりサインをしてもらわなきゃいけないから、しょうがない。
「はやく」
僕が急かすと、マーピンクさんは慌てて、数枚の紙にサインをしていった。……これ、中身、読んでるかなあ。
「……あの、ちゃんと書面、読んでる?」
あんまりにも心配だったから、台本には無かったのだけれど、ちょっと聞いてみた。するとマーピンクさんは慌てて、今度は書面を確認し始める。……あの、でも、サインしてから確認しても遅いと思うよ。
書面には、今回のマーピンクさんの犯行を認めさせる内容と、マーピンクさんの今後の行動についての制約内容が書いてある。
要は、1枚目が『私は、呪いを掛けて口封じをした者達を森の村に送り込み、放火などによって村を荒らさせました』『私は、村の住民を森の精霊だと勘違いしました』『私は、森の精霊だと勘違いした相手を脅して領地へ連れ去ろうとしました』とか、そういう内容。
2枚目が、『解放後5日以内に呪いを掛けた者達全員の呪いを解き、謝罪します』『今後二度とレッドガルド領に入りません』『知り得た森や森の村についての情報は一切秘匿します』『犯した罪は10日以内に公表し、人間の法で裁かれます』『今後一切の嘘を吐きません』とか、そういう内容。
3枚目以降は、それらの穴を探されないように、色々細かい内容が書いてあったり、魔法を使った契約にしてこの契約全部を確実に履行させるためのものだったり、それらの控えだったりする。らしい。……ここら辺の書面、ほとんど全部、クロアさんとフェイが作ってくれた。流石、プロ……。
「こ、これは……」
「はやく」
書面を読んだマーピンクさんは、青ざめている。確かに、彼にとっては大変な内容なんだと思うよ。犯罪を認めることになるんだから。多分、身分がちょっと落ちるんじゃないかな。フェイがそんなようなこと、言ってた。
「な、何故、こんな……」
「人間が犯した罪については僕は知らないよ。だから、そっちはそっちで裁かれればいい」
もう一度、はやく、と急かすと、マーピンクさんは青ざめながら、ペンを手に取って、そして、渋々、サインしていった。
そして、サインが終わった後、妖精達がまた、紙を回収してきてくれる。それは全部僕の手元にしっかり返ってきたので、僕はそれらを見て、マーピンクさんのサインがちゃんとしているのも確認した。
よし。これで第一段階、クリア。
「サインはした!こ、ここから出してくれ!」
マーピンクさんは僕がサインを確認してすぐ、そう、言ってきた。今すぐにでも檻から出たい、っていう顔だ。
「まだだよ。僕がサインしてない」
僕は、マーピンクさんが寝ている間に描いたマーピンクさんの手の絵に加筆していって……その手の甲に、ちょっと抽象化された目の絵というか模様を描き込む。『描いた』っていうかんじのタッチで。
……すると、マーピンクさんの手の甲には、その目玉の模様が現れた。それを見たマーピンクさんは、ぎょっとする。
「いつでも見てるからね。もう馬鹿な真似はやめてね。……『次』はもう、無いよ」
僕はそう言ってから、龍にお願いする。龍は水を操って、マーピンクさんを包み込む。マーピンクさんはしばらく水の中でもがいていたけれど、その内、気絶してしまった。
それを見て、すぐに水を解除してもらって、そして……檻をちょっと描き直して、鉄格子の一部をちょっとよけた。
そこからマーピンクさんを引きずり出してもらって、それから、マーピンクさんを龍に運んでもらう。ちょっと森の外、森の村の外まで。
……ちなみに鳥は、檻の上にとまってキュンキュン鳴いている。こいつ、攫いはするけれど、戻しはしない主義らしい……。
それからマーピンクさんは無事、彼の領地に帰ったらしい。森の村の外で半狂乱になっているところを『運良く通りがかった』森の騎士に見つかって、彼によってマーピンク領へ通報が行って、そこからお迎えが来て、マーピンクさんは無事、お家へ連れていってもらえた、ということになる。
……そして、契約した内容は、しっかり公表することにした。
僕は和紙に墨書きして朱印を押してある書面を青竹の筒に入れて、レッドガルド家とマーピンク領にそれぞれ、送った。
ちゃんと魔法が働くタイプの契約書だっていうことはマーピンク領の人達にも分かったらしくて、そこの契約内容は、キッチリ履行されることになる。
つまり、森の村にはマーピンク家のお抱えの魔法使いの人がビクビクしながらやってきて、牢屋に閉じ込めてあった人達の呪いを全員分解いたし、マーピンク家から正式に謝罪の書面が届いたし、マーピンクさんは自ら出頭して、色々と大変なことになっていた。
何せ、貴族の人がいきなり、自ら『自分は悪いことをしました』って出頭しているわけだから、ものすごく不自然がられたと思う。多分、フェイ達ならそこまで不思議に思われないんだろうけれど、何せ、ほら、マーピンクさんだから……。あの人、何もなければ絶対に出頭なんてしなかったと思う。
その辺りのこともあって、フェイ達は連日、大変だったらしい。
……森の精霊とレッドガルド家は無関係っていうことになっていて、だからこそ、今回、書面をレッドガルド家にもわざわざ送っているのだけれど……だから、フェイ達にも事情聴取みたいなのが、行ったらしい。
特に、『大雨が降って雷が落ちて地面が割れ、そして怪物の腕が現れた』っていう証言について、現場検証が行われてた。
ただ……現場検証が始まる時には既にそこ、地割れはすっかり直っていたし、温泉が湧いてふわふわ湯気を立てていたのだけれど。
……ということで、フェイのお父さんは『急に温泉が湧いたものですから、マーピンク家の護衛の皆さんはそれを地割れや怪物の腕だと勘違いなさったのでしょう』で通していた。うん。大体、合ってる。
マーピンクさん自身はそうやって裁かれて、でも、貴族だから厳罰にはならなくて……けれど、ちょっと降格というか、身分の一部剥奪、みたいなことがあって、居心地が悪い思いをしている、らしい。
あと、噂によると、手の甲に現れた目の形をした痣を見ては怯えていて、手袋を常に着けているようになったんだとか。……あれ、別に魔法でもなんでもない、ただの絵なんだけれど……ええと、ちょっと申し訳ないことをしたかもしれない。今度会ったら消してあげようかな、あれ……。
ちなみに、マーピンクさん自身は、レッドガルド領に一歩も踏み入らない、っていう僕との約束を守ってくれているらしいので、僕はあれから、彼の姿を見ていない。
彼が雇った誰かを森の村へ寄越すことも無くなったから、森の村はすっかり平和になった。騎士団も暇そうにしている。うん。彼らは暇で居るのが一番だ!