21話:剣ではなく盾でもなく*5
一応、僕、それからちょっと、頑張った。粘った。
今、口封じの呪いが掛けられたまま牢屋に入れてある人達の呪いを解ければ、花束さんを誘拐しなくてもいいはずだ、と思って、頑張ってみようと思ったのだけれど……どうやら、舌を描き直したりして舌の模様を消すだけじゃ、呪いって中々、どうにもならないらしい。
……ただの怪我なら、描いて治せる。けれど、口封じの呪いって、こう、その人だけに関わるものじゃなくて、色々なところ……領地とか雇い主とか、そういうものに沢山関わっているから、一か所だけどうこうしようとしても、駄目なんだそうだ。
下手に舌の模様を消したら爆発するかもしれない、みたいな、そういうことを言われてしまったので、彼らの呪いをどうこうするのは諦めた……。
……そして今、僕を蚊帳の外にして、僕をどうするかの話が盛り上がってる。
「どういう恰好させたらトウゴ君、精霊の眷属とか精霊様とか、そういうものに見えるかしら?」
「ん、そうだなー。封印具外せば、それで十分な気もするけどよ。まあ折角だし、変装も兼ねて派手なの着せてみるか?」
「森っぽいのがいいと思うわ。あ、そうだ!私、最近染めた布、あるのよ。ふわふわしてて、丁度いいかも!」
「……顔は隠さないと言い訳の余地が無いからな。変装に重きを置いてやるべきだ。絵師としての活動ができなくなったら不憫だろう」
……いつの間にか、僕を置いて、僕に関する何かが話し合われている。皆、すごく楽しそうだ。楽しそうなんだけれど……!
「あの、僕、精霊として出ていく、の?」
「いいえ?『精霊かもしれないけれどよく分からない生き物』として出ていくのよ」
よ、よく分からない生き物……。
「精霊様かもしれないし、龍の眷属かもしれないし、龍の主かもしれない。或いは全然関係無く、悪魔か何かだって思われてもいいわ。とりあえず、正体の確証は掴めないようなかんじで、かつ、強大な力を持つ生き物だと思われてくれればいいと思うの。ついでに、人間じゃないって思われた方がいいかもね」
……いよいよ、人間中退が本格化してきた!自ら人外を名乗らなきゃならなくなるなんて!
「……ということは、服装はこの世界のどの人間とも違う服がいいわね」
「あ、つまり素っ裸か?」
「嫌だ!」
「フェイ兄ちゃん。裸はトウゴがかわいそうだから、葉っぱ1枚くらいは許してやろうぜ」
「それでも嫌だよ!ああ、アンジェも照れなくていいよ!僕、服は脱がないよ!絶対に!」
駄目だ!僕が蚊帳の外になったまま話が進んだら、とんでもない恰好にされてしまう!フェイとリアンがにやにや、アンジェがもじもじ、クロアさんとライラは他所で服の話をしていて、ラオクレスは不動の石膏像……。
……あの、お手柔らかに、お願いします。
それから僕は、『この世界のどの人間もしていない格好』をすることになった。
ええと……つまり、僕の世界の人間の恰好。着物。龍と一緒に出ていくんだから和装の方がいいかな、と思って、そういうやつを幾つか描いて出した。
それを試しに提案したら『精霊っぽい』と採用された。……え?これ、精霊っぽいの?
そして、僕はそれを使った着せ替え人形にされて、しばらく、ああでもないこうでもないやられている。
「面白い服ね。なんだかちょっと神秘的だわ」
「ねえ、この布、この形にしたらいいと思わない?それで上にふわっと羽織って……」
「なあ、トウゴ。お前の国の服なんだろ?これ。あんまりアクセサリーは着けねえのか?もうちょっと派手でもいいと思うけどよ」
……僕はあれこれやられながら、もう、なんだか、その……無我の境地。うん。もう、好きにして……。
好き放題された結果、僕は、曇り空みたいなグレーの着物の上に、夜空みたいに深い藍色に銀糸の織り模様が入った帯を締めて、その上に、白から薄藍までのグラデーションになっている透き通るくらい薄い布の羽織りを着る、みたいな格好になった。……なんか、落ち着かない。
「おー、似合う似合う!」
「これがお前の国の装束か」
「……僕らでももう、何か行事とかない限りは着ないけれどね」
着物なんて着たの、七五三の時以来だよ。なんだかやっぱり落ち着かない。
「しっかし、飾りっ気ねえなあ。飾っていいか?」
「うん、もう好きにして……」
そしてさらにフェイの手が入って、羽織りの前を留める紐を飾り結びにされて、そこに水晶の玉の飾りをつけられて、あと、帯には翡翠の勾玉の根付、つけられた。フェイはどうやら、勾玉の形が気に入ったらしい。『丸くてとんがっててトウゴっぽい』らしい。……分からない。
「後は顔だけ隠れれば何でもいいな!一応、言い訳はできるようにしておかねえといけねえから……なあトウゴ。なんかいいもの、ねえ?」
「顔を隠すなら、やっぱりお面?能面とか般若の面とか……あっ」
僕が『顔を隠すもの』について考えていたら、管狐がするっと出てきて、僕の顔に飛びついた。尻尾が首筋に擦れてくすぐったい!
「……トウゴおにいちゃん、狐さん、くっつけるの?」
「く、くっつけないよ。こら、離れて……」
僕が管狐を剥がすと、管狐はちょっと不服そうに、こん、と鳴いた。……ええと。
「あ、でも、狐のお面はあるね……」
そういうことかな、と思ってそう言ってみると、管狐は満足げに、こんこん、と鳴いた。うん、そっか……。
……そうして、僕は、ちょっと異世界テイストの和装になってしまった。そしてその恰好で、龍の前にやってきている。勿論、お面はつけてない。ずらして頭の横についてる。つけると前が見づらくなるから……。
龍は最初、僕らがぞろぞろやってきたのを見て『騒がしいな』みたいな顔をしていたのだけれど、僕を見るなり……目を見開いて、それから、ゆっくり、瞬きした。
「お。龍のお許しが出たみたいだな!」
そして龍は、機嫌良さそうな顔で僕の周りに緩く巻き付いて、それから僕をじっと見つめている。龍に至近距離でまじまじと見つめられて、僕はちょっと落ち着かない。
……それから、龍は僕のことをいつもよりずっと丁寧に捕まえると、ふわふわ飛んでそのまま水晶の小島に連れていった。
「……あの」
龍は僕を小島に連れてくると、満足気に頷いて、そこで僕を巻いたまま、昼寝を始めてしまった。これ、どうしたらいいんだろう……。
「……ええと、龍が起きたら、諸々、お願いしてみるね」
「そうね。龍もトウゴ君の恰好が気に入ったみたいだし、折角だから一緒に居てあげて」
うん。ということで、僕は龍の体をベッドにして、昼寝することになった。……格好といい、状況といい、落ち着かない。でも龍は満足気だし……まあ、いいか。
龍が起きるまで待って、それから僕は龍に今回の作戦について色々とお願いして、そして快諾を貰った。……快諾を、貰った。うん。龍が、すごく、乗り気だ。何だろう、ちょっとは渋られるかと思ったけれど。こいつも案外、クロアさん寄りなのかもしれない。
それから、僕は家に戻って、そこでまた準備をする。
花束さんを捕まえておくための場所を準備したり、道具を作ったり。
あと、農夫の人達や森の騎士団に、ちょっと事前に了承を取った。『これから先、突然雷雨と地割れが起きたりするかもしれませんが、きっと村に被害は出ないので落ち着いて行動してください』みたいな。……農夫の人達、ちょっと不思議そうな顔をしつつも納得してくれた。な、なんでこの説明で納得してくれたんだろうか……。
……そうして準備がどんどん整っていって、そして、いよいよ。
「トウゴさん!来ましたよ!」
天馬で村のずっと外の方を見回りしてくれていた騎士が、そう、報告してくれた。……よし。
僕は森の中に戻って、着替えて、それから、龍に乗って……準備完了!
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい!頑張ってね!」
「よし!やっちまえ!」
「雷は任せろ」
僕は皆に笑顔で見送られながら、龍の背中に乗って、ふわふわ飛び始める。向かう先は、花束の人達が来ているという方向だ。
……そこで僕は、『剣』を振るう。人には当てない。けれど、絶対に、驚いてもらう。二度と森にちょっかいかけようだなんて思わなくなるくらい、しっかり、驚いてもらう。
僕と龍が森を出るとすぐ、森の村がざわざわした。……あっ、龍が出てくるっていう話はし損ねた!ごめんなさい、村の人達まで驚かせてしまった。
でも、村の人達はしばらく僕と龍を眺めて、ちょっとにこにこすると……ぺこん、と龍に向かって頭を下げて、それからすぐに畑仕事を切り上げて、さっさと家の中に入っていった。あ、うん。ここらへん、雨が降るからそれがいいと思う。
……そうして村の人達に見送られて、村の上を通り抜けて、僕らは村の外へどんどん進んでいって……そして、マーピンク家の紋章の馬車が見え始めたところで、龍が雨を降らす。
最初は、ぽつ、ぽつ。けれど数秒後にはしとしとになって、更に数秒後にはざあざあになっている。いきなり降り始めていきなり強くなった雨に、マーピンク家の一団が慌てているのが見えた。
けれど、僕は濡れない。……どうやらこの龍、すごく器用らしい。僕に降りかかる雨は全部吸い取って別の所にやっているらしくて、これだけ雨が降っているのに、僕だけ濡れていないという不思議な状態になっている。すごいなあ。……僕のお腹の中をピンポイントで弄れるんだから、このくらいはできて当然なのかもしれない。
……マーピンク家の人達が慌てて、荷物を馬車の中に入れたり、馬車の窓を閉めたりしているのを見ながら、僕は、フェイに貰った魔法の蝋燭を握る。
僕の手の中で、強い閃光が煌めいた。今は封印具も外しているから、すごく大量の魔力が一気に走って、一瞬、辺りを白く染め上げるぐらいの光が放たれてしまった。龍はそれを見越していたらしくて、目を閉じて目が眩むのを回避したらしい。僕は駄目だったので、目が眩む。多分、マーピンクさん達も。
……そして、そこで雷が空を走る。
バリバリ、と凄まじい音を立てて空を走る雷は、ラオクレスがアリコーンと一緒に、こっそり出してくれている奴だ。つまり、ラオクレスとアリコーンは今回の音響さん。
雷が近くに落ちる。ぴしゃん、という音が激しく、大地を震わせた。それに、マーピンクさん達の方から悲鳴が上がる。勿論、直撃したわけでもないんだけれど。
雷にマーピンクさん達が驚いている間に僕は目の眩みを治して……懐にしまっていたスケッチブックと水彩用具を出して、地割れの絵を描く。
地割れの絵は、ほとんど描き上がっている。後はそれに数筆分、加えていけば……地割れの絵がふるふる震えて、きゅ、と縮まって、ふわっと広がっていって……マーピンク家の一団の近くの土地が、メリメリと、凄まじい音を立てて裂けていった。
地面が急に割れて、マーピンク家の人達はすごく驚いたらしい。けれど、これじゃ終わらないよ。まだまだ、地割れは続く。2枚目、3枚目、とスケッチブックを捲っては加筆して、絵を完成させて、魔力を込めて……そうして、マーピンク家の人達は、前方をすっかり地割れにやられて、その場で立ち往生することになった。
龍が、吠える。ギロリ、と彼らを見下ろす。
悠々と空を飛びながら自分達を睥睨する龍を見て、マーピンク家の人達は、ものすごく驚いていることだろう。僕は龍の背中の上で画材をまたしまいこんで、そして、龍と同じように、じっと、マーピンク家の人達を見つめた。
……周りは雨が降っているし、僕らは彼らより高いところに居るからよく聞こえないけれど、馬車の周りの護衛らしい人達が、口々に何かを叫んでいるらしいのが分かる。多分、『龍の上のあいつだけ雨で濡れてないぞ!』とか、言ってるんじゃないかな。
そこで僕は、龍の上に立つ。これが結構、大変だった。……僕、今まで、龍の上に横座りして、龍の角に掴まらせてもらっていた。ほら、着物だから、跨る、っていうのがすごくやりにくくて……袴にしておけばよかっただろうか、と思う程度には、立ち上がるまでが結構怖かった。
けれどなんとか、龍の上に立てた。龍の角に片手で捕まったまま、しっかり龍の上に立って、それで、マーピンク家の人達を見下ろすことができた。
『トウゴ君は喋ったら色々と台無しだから、花束野郎を攫ってくるまでは喋っちゃ駄目よ』とクロアさんに言われているから、ただ、黙って彼らを見下ろす。
すると、明らかに、反応があった。
僕を見て、逃げ出す人達が出てきた。……あの、僕、まだ立っただけなんだけれど。
これはまずい、と思って、僕は慌てて、絵をもう1枚、完成させる。
……あの、龍の後頭部に、小さなキャンバスを乗せさせてもらってるんだ。それに、魔法画で、描く。こうすれば絵を描いているように見えないのに絵が描けるし、絵が描ければ、それが現実になる。
描いたのは、地面を破って伸び上がる、透明な腕。
……その腕は、雨で湿って冷えた空気の中、湯気を上げながら、マーピンク家の眼前を塞ぐように、伸びて……その手が、広がる。これから、人間達をまとめて叩き潰す、とでもいうように。
……いよいよ、皆、逃げ出してしまった。
馬車の外に居た護衛の人達を皮切りに、マーピンク家の人達は次々に逃げ出していく。御者までもが馬車から降りて逃げ出してしまって……後には、馬車だけが取り残された。
これ、どうしようかな、と考えて……でも、ここで容赦したら、それは違うよな、と思う。なので、龍にお願いして、透明な腕を操ってもらう。
……腕は少し形を揺らめかせながらも器用に動いて、馬車へと伸びた。そして……ぐしゃり、と。
馬車を、握り潰した。
……護衛の人達も皆、逃げていってしまった。それを見届けてから、僕は、馬車の残骸の中からマーピンクさんを取り出してもらう。
力加減は完璧だった。マーピンクさんは潰れた馬車の中で全く潰れずにいて、それでいて、気絶してしまっていた。
龍は水を操るのをやめて、透明な腕はその場でバシャンと水の形に戻って、地面に降り注いでいく。……まあ、水っていうか、お湯だ。
うん。巨大な生物を出すといい、ってアドバイスを貰っていたから、温泉を湧かして、そのお湯を手の形にして、龍に操ってもらった。龍はどうやら、雨だけじゃなくて水を操れるみたいだから。……うん。そうだよね。だから僕のお腹の中、弄れるんだもんね……。
「よし。じゃあ、捕まえて帰ろう」
温泉はこのまま、いずれは温泉として整備したい。森の村温泉にする。
でもそれは別として、とりあえず、マーピンクさんを攫って帰ろう。
龍が雨を降らす位置をずっと向こうの方……つまり、マーピンク家の人達が逃げていった方に向けていって、こっちは雨を止ませてしまう。すると、それを合図に……キョキョン。
いつもの鳴き声を上げながら、鳥がやってきて……そして、マーピンクさんを幾分雑なかんじに掴んで、持っていった。
うん。上出来。上出来。