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今日も絵に描いた餅が美味い  作者: もちもち物質
第六章:やさしさの壁
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18話:剣ではなく盾でもなく*2

 放火、と聞いて、僕らが現場に駆け付けると、農夫の人達用に建てた納屋の1つの外壁がちょっと焦げてた。

「ここでこいつが不審な動きをしていたので覗き込んでみたところ、火がありまして」

 成程。放火の現行犯逮捕。……騎士団様様だなあ。これ、見つかってなかったら大変なことになってた。

「くそ、放せ!」

「誰が放すか。……トウゴさん。こいつ、どうしましょう?」

「ええと……どうしよう?」

 僕はちょっと困って、一緒に来ていたクロアさんに聞いてみる。

「そうねえ……ちょっとお話しさせてもらうのがいいかしら。このままサヨナラ、って訳にはいかないわね。『どっちの』サヨナラでもちょっと、ねえ……」

 ……さよならに種類ってあるんだろうか。うーん。

「じゃあ、騎士の宿舎に連れていきましょうか。そこで尋問、ということで……」

 尋問、か。となると、僕の出番はない気がする。一応、立ち合いはするけれど、役には立てないだろうな、と思う。人と話すのは苦手だから。

「尋問は私とラオクレスと、そうね、あと2人くらい、騎士の人についていてもらおうかしら。他の騎士の皆さんは申し訳ないのだけれど、見回りをお願い。同時に他の所も燃やされたりしていたらたまったもんじゃないから」

 クロアさんはちょっと怒ったようにそう言って、早速、騎士の家に向かっていくことになった。

 ……クロアさんの尋問、って、ちょっと気になる。




 そうして、尋問が始まった。クロアさんは『トウゴ君は見ていなくてもいいんじゃないかしら』って言っていたのだけれど、ちょっと気になるから、見学させてもらうことにした。

「はい。じゃああなたの名前を最初に教えてもらいましょうか」

 クロアさんは、部屋に入って最初にそう言って、犯人の男性をじっと見つめた。……あ、早速魅了してる。

「……な、名前は、ヘイオ・ミス」

 犯人はちょっととろんとした顔で、あっさり名前を言った。すごい。もう魅了されてる。すっかりクロアさんの虜だ。

 クロアさんは魔法の効き具合に満足したようににっこりして、それから続けて質問していく。

「あなたはうちの村の納屋に放火しようとしていたのよね。間違いはないかしら?」

「あ、ああ。間違いない……」

「あら。どうして放火なんてしたのかしら?」

「そ、それは……命じられたからだ。そうしろって」

「そう。誰に命じられたの?あなたに放火を命じたのは誰?」

 ……けれど、順調に進んでいた質問は、『誰』の話になった途端、途切れてしまった。犯人は口をぱくぱくさせているのだけれど、言葉が出てこない。

 それを見たクロアさんは顔を顰めて……犯人に1つ、命令した。

「ちょっと、口を開けて。そう。そのまま舌を出して見せて」

 犯人が言われた通りにする。すると、出てきた舌の上には……なんだかよく分からない模様みたいなものが描いてある。……えっ。舌の上に描いてある!?

「ああ……そうよね。まあ、これくらいはしておくわよねえ」

 クロアさんはため息を吐くと、おどおどして上目遣いにクロアさんを見上げる犯人を一瞥して……少し考えて……それからにっこり笑って、別の質問に切り替えた。

「じゃあ、別の質問にするわ。あなた、私のこと、前から知ってたかしら?」

「あ、ああ。とんでもねえ美人が居るって聞いてた」

「あら、ありがとう。それで、私達をどうこうする話って、出ていたの?」

 クロアさんの質問に、犯人はちょっと困ってから……でも、クロアさんの瞳がきらきらと輝いてじっと犯人を見つめているものだから、答えることにしたらしい。

「出ていた。理由は詳しく知らねえが、あんたをなんとか手に入れたいって……」

 けれど、そこで犯人はまた、口をパクパクさせて何も喋れなくなってしまったらしい。クロアさんはまたため息を吐いて、ちょっと首を横に振った。

 それから……クロアさんはちら、と僕を見て、それから、僕に聞いてきた。

「ねえ。例の野郎の紋章のスケッチ、持ってるかしら?」

「え、あ、うん」

 例の野郎、って、多分、花束の人だよね。それならメモがてらスケッチしてある。僕はスケッチブックを捲ってそれが描いてあるページを出すと、クロアさんに渡した。クロアさんは、ありがとう、とお礼を言って、それからそのスケッチブックを持って、犯人に近づいていく。

「この紋章の家が、あなたの雇い主かしら?」

 ……すると、その途端。

「……う」

 犯人がくぐもった呻き声を上げた。

 そして、犯人は苦しそうに口を押さえて……それから、口の中に手を突っ込んで、何か始めた。

「ああ、やっぱりそうなるのね……」

 クロアさんはそれを見てため息を吐くと、さっ、とスケッチブックを引っ込めた。すると、犯人はぜえぜえと呼吸を始める。……ええと、どういうことだろう。

「……とりあえず、これ以上手に入る情報は無いわね。一旦、外に出ましょうか」

 僕が不思議に思っていると、クロアさんがそう促してきたので、僕とラオクレスとクロアさんだけ、部屋の外に出ることになった。


「あれはどうしようもないわね。情報を出さないように呪いが掛けてあるわ」

 呪い。……なんだか嫌な響きだ。

「あの、舌の模様か」

「ええ。そうね。……すごく簡単に言うと、雇い主を割り出す為の情報を一切出せなくなる呪いなのよ。多分、話そうとすると舌が動かなくなったり、喋る以外の情報の出し方をしようとすると、舌が喉に詰まって窒息するんじゃない?」

 うわ、怖い。そういうの、あるんだ……。

 ……この世界、描いたものが出てきたり、妖精が居たり、そういう素敵な世界だと思っていたけれど、素敵なばっかりでもないらしい。こわい。

「まあ、そういうわけで、あいつの雇い主が誰か、っていうことは、確実には分からないのよ」

「十中八九、花束の男だろうがな」

「そうね。私もそこ以外は考えてないわ。紋章を見せた時点で窒息したんだから、そうなんでしょうよ。でも、それだけなら幾らでも言い逃れはできるわね」

 そうか。そのための呪いなんだから、そうだよね。うーん、なんだか、大変なことになってきてしまった……。


「……ってことで、トウゴ君。どうしましょう?」

 それから、クロアさんはちょっと困った顔をして、僕を見た。

「え、どうする、って……」

「あいつ、どうする?」

 どうする、って……ええと、ええと。

「農夫にする」

「危機感が足りないぞ、それは」

 そっか。また放火されたら困るし……となると、ええと。

「じゃあ、牢屋とか、作る?」

「……それがいいかもしれないわね。あんな奴の為にトウゴ君に力を使わせるのは申し訳ないけれど」

「僕は別にいいよ」

 なんとか牢屋を作らないとな、ということで、騎士の家の近所に牢屋を立てた。一度地下まで掘り抜いた絵を描いてから、そこに床や天井を作って地下室を作って、そこに鉄格子をしっかり嵌めた牢屋を作った。

 そうしたら、そこに騎士達が犯人を連れて行って、しっかり牢屋の扉に鍵を掛けて、終わり。

「大人しくしていてくれれば命はとらん」

 ラオクレスがそう言うと、犯人は悪態をつきながらも大人しく、牢屋の中に収まることになったのだった。




 ……ただ、その日から、色々な事件が相次いだ。

 また放火未遂が起きたり、何ならちょっとボヤぐらいになってしまったり。他にも、畑が荒らされたり、作物が盗まれたり、大量の塩を撒かれてしまったり……。

 騎士団は一生懸命見回りをしてくれるのだけれど、こうも頻繁に事件が続くと、どうしても、事前に阻止できない事件が出てきてしまう。それでも、これ以上はどうしようもない。農夫の人達も協力して、順番に見回りをしたりしてくれているのだけれど……それでも追いつかない、というか。

 ちなみに、捕まえた人達は全員、何かの呪いを受けていて、情報を漏らせないようにされていた。だから、牢屋がどんどん増えていくばっかりで、全然、事態に進展は無い。こっちが一方的にやられているだけだ。

「作るより壊す方が簡単、とは、よく言ったものだな」

「うん」

 今、僕は荒らされてしまった畑を描き直している。……まだ、こうやって戻せるからいいけれどさ。一生懸命に何日もかけて農夫の人達が世話をしてきた畑でも、荒らされたら一晩で全部、駄目になってしまう。それって、あんまりじゃないだろうか。

「……落ち込んでいるか」

「うん……」

 なんというか、嫌な気持ちだ。すごく。

 作るより壊す方が簡単、なんだ。本当に。壊す人達は、なんでこんなことができるんだろう。作ったことが無いんだろうか。それとも、自分が壊すものを誰かが作ったっていう考えが無いんだろうか。

「……捕らえた者を見せしめにしたところで、そいつらを送り込んでくる大元は何の痛みも感じないだろうしな」

「うん……」

 ……捕まえた人達を、すごく残酷な目に遭わせる、っていうことも、考えた。いや、僕が、じゃなくて、クロアさんとラオクレスが、だけれど。

 けれど、なんというか……それも違うよな、というか。そもそも、効果があるんだろうか、とか、考えてしまって……僕、甘いんだろうなあ、とは思うけれど、大した効果も上げられないなら、無闇に人を傷つけたくない、と、思う。だって、壊すのは簡単だけれど、作るのは大変なんだから。

「こちらから攻撃しに出るのも、面子が立たない。レッドガルド領として攻撃しに行くとフェイ達が責められかねん。そして、森から攻撃しに行くと、それはそれで森の立場が悪くなる。下手をすれば、それをきっかけに森が危険視されて王家が介入してくるようなこともあり得る」

「ん……」

 考えただけで、気分がもやもやしてくる。

 相手はいくらでも、悪い事をしてくる。けれど、だからこっちも悪い事をしてしまえ、という訳にはいかないから……嫌だなあ、これ。

「理不尽なものだな。相手はいくらでもこちらを攻撃できる。こちらは相手が匿名でいる以上、攻撃できない」

「うん……」

 これが、正々堂々、喧嘩をしてくれるならまだ、いいんだ。けれど、僕らは相手がはっきり見えている訳じゃないし、なのに、僕らは相手にははっきり見えているらしいから、一方的にやられっぱなしだ。

「目的も分からないな。まさか、こちらに嫌な思いをさせることが目的でもないんだろうが……」

「……目的でもないのにこういうことされてるんだったら、もっと嫌だ」

「……まあ、そうだな」

 なんというか、自分でも不思議なかんじなのだけれど、僕は今、苛々してる。すごく。ラオクレスはそれを珍しがっているみたいだったけれど、それ以上に、僕を労わるみたいに、ぽんぽん、と軽く背中を叩いて励ましてくれた。

「せめて、相手の目的が見えればいいんだがな」

「うん……」

 それから、相手が見えれば、もっといい。あの花束の人が大元なら、それがはっきりすれば、こっちだって、幾らでもやりようはあるのにな。




 ……そうして、森の周辺はちょっと、荒れてきた。

 その度に僕が直したり、農夫の人達が直したり、色々やっていたのだけれど、事態は好転しなくて、どんどんやり方は汚くなってくるし、僕らは流石に、疲れてきてしまった。


 そんな日。

 僕はクロアさんと相談するために、お菓子屋さんへ来ていた。お菓子屋さんは変わらず営業を続けている。嫌がらせをされたからってお店を閉めたりしたら、それこそ、相手の思う壺だと思うから。

「……そうね。そろそろ牢屋もいっぱいになってきてるし、また増設しなきゃ……あら」

 クロアさんと話していたら、カランカラン、とドアのベルが鳴る。クロアさんと僕はそれぞれ、接客の為に姿勢を正したんだけれど……。

「やあ!お久しぶり!元気にしていたかい?……いや、あんまり元気じゃないかな?」

 ……花束の人が、笑いながらやってきた。


「あら、本当にお久しぶりね。忙しかったのかしら?」

 クロアさんの目が、怖い。魔法を使ってる目だ。けれど、魅了の魔法、じゃない、と思う。もっと……どろどろした何かだ。

「ああ。そうだね。ちょっとばかり、ね?」

 けれど、花束の人は全然、堪えた様子が無い。なんでだろう。クロアさんの魔法、凄く強いと思うんだけれど……。

「そう。……ここに犯罪者を送り込むのに忙しかったのかしらね?」

「犯罪者?何のことやら!まるで分からないな!」

 クロアさんがまた花束の人を睨みながらそう言うのだけれど、花束の人はちょっと笑ってそう言うばかりだ。……嫌な奴。

「そう。そうだ。最近、この辺りは大変らしいじゃないか。放火されたり、畑が荒らされたり。人が襲われてもいると聞いているよ!嘆かわしい事だ!一体誰が、こんな事をするのやら!」

 更に、花束の人はそう言って、大仰に嘆いてみせる。それがまた、すごく、嫌だ。

 ……僕もクロアさんもすごく嫌な思いをしているのだけれど、それを全く気にしていない様子で、花束の人は、クロアさんに近づいて、笑って、言うのだ。

「あなたもこんなところに居ては危険だ。どうですか?やはり、我が領へ来る、というのは?」

「……それは何度もお断りしているわね。諦めて下さらない?」

 クロアさんが呆れたようにそう言うと、花束の人はまたにやにやと笑って、言う。

「考え直してくれないかな。うーん……そうだ。君が僕のものになってくれるのなら、この辺りの警備を我々もお手伝いしようじゃないか!きっと、すぐにでも、犯罪者は居なくなることだろうね!」




「……へえ。それはつまり、私があなたのものになるなら、もう手出しはしないでおいてやる、ってことかしら?」

 ぎらり、と、クロアさんの目が、刃物みたいに光る。ぞっとするくらい魔法の気配がしているのに、花束の人は一瞬怯んだだけで、後は何事もなかったみたいにおどけて見せる。

「おや。随分と恐ろしい事を言うじゃないか。僕はそんなつもりは無いとも!だって僕は犯罪者なんかとは無関係なんだからね!」

 いけしゃあしゃあ、って、こういうことを言うんだろうな、と思いながら、僕は、妖精達が麺棒とかバターナイフとかを握りしめてぷるぷるしているのを見て、止める気になれずにいる。

「……ということで、さあ、是非。ね?これ以上、森の周りに被害が出るのは嫌だろう?なら、僕の協力を取り付けるのがいいと思わないかい?」

「そうね。確かに私もこの森は気に入っているけれど……」

「そうだろう、そうだろう。君はこの森が大好きなはずだ!そうだろうとも!」

 花束の人はそう言うと、クロアさんにいっそう近づいて、囁くように言う。

「……もう、君の正体は分かってるんだよ」

 そして、花束の人は、微動だにせず、ただ冷たい目をしているクロアさんをじっと見つめて、笑いながら、言った。

「ね?森の精霊様?」


 ……あの、それ、こっち。クロアさんじゃなくて、こっち。


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― 新着の感想 ―
[一言] 何も描かれてない舌を描いて治療すれば自白できるような?
[一言] トラブルになるのがわかってて何もしないって馬鹿の極みだよね(笑)
2021/07/02 20:18 退会済み
管理
[一言] 森をぐるっと囲む壁を一晩で作ってしまう精霊様を脅して怒りを買ったらどうなるか。 例えば領地丸ごと壁で囲まれて外界と切り離されてしまったり、街の家が全て壁に埋め込まれてしまったり、年中雨のやま…
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