17話:剣ではなく盾でもなく*1
「大事、って」
「そうね……あの花束野郎が何かしてくるかも、ってことよ」
花束の人が?でもあの人、石膏像に囲まれるようになってくるの、やめたんだと思うんだけれど……。
「私だったら、ただ口説くためにあんな下手なことはしないわね。大方、私達が最初の要求で靡かなかったから自分でどうこうするのは諦めて、ついでに魔法の試し打ちでもした、ってところかしら」
……試し打ち?
「だって、あいつの目的って、多分、私でしょう?勿論、ライラやリアンやアンジェや、それにトウゴ君も、手に入れば万歳、ってところだったんだとは思うけれど、私やライラにやらずにトウゴ君に誘惑の魔法を使った意味があるとすれば、『一番ぽやぽやしてる子に魔法を試してみた』ってところなんだと思うわ。それであわよくば、スパイとして活動させようとしていた、なんてね」
そっか。うん。確かにそうだ。クロアさんなら、誘惑の魔法なんて使われたらすぐ気づく。けれどクロアさんは、あの花束の人が誘惑の魔法を使ってくるって知らなかった。つまり、あの魔法、僕にしか使われてない、ってことだと思うんだ。
……『一番ぽやぽやしてる子に魔法を試してみた』っていうところは、その、ちょっと遺憾の意を表したいところだけれど。
「……それにやっぱり、あれはやり方が下手すぎるわ。あれだけ下手なやり方をしたのに、ラオクレス達に囲まれて諦めるっていうのも何となく変だし」
「確かに、もっとしつこそうな人だった」
あれだけしつこそうだった人が、石膏像に囲まれただけですごすご引き下がるのもおかしな話かもしれない。もしかしたら、石膏像似の筋肉が特別苦手、みたいなそういう特殊な人だったのかもしれないけれど。
「だから……そうね。もし、私が『惚れた相手を落とす』なら、そもそも最初から諦めないわ。そして、『ちょっと気に入った相手にちょっかいかけてただけ』なら、これで終わりでもいいの。けれど、誘惑の魔法なんて使っているなら、それは考えにくいわね。だから……」
クロアさんは、ぎらり、とその目を鋭く輝かせた。
「何か目的があって、私達に近づいてきたのかも」
「……目的?」
「ええ。単にかわいい女の子を気に入った、ってだけじゃない理由で近づいてきたのかも、ってこと」
……かわいい女の子目的じゃなかったら、ええと、綺麗な女の人目的。……じゃないか。
「例えば、森の精霊様を引き抜きに来た、とか」
……えっ。
「あり得ない話じゃないでしょう?だって、森の精霊様の力の顕現が大きな話題を呼んでいる真っ最中よ?当然、森の精霊は居る、ってことになってるわ」
「あ、そっか……いや、でも、あのお菓子屋さんに僕が居るって、どうして」
「それは分からないけれど……まあ、お菓子屋さんがいきなり建った、っていうところで、そう思い込んだ人が居てもおかしくないわよね。実際、このお店、妖精と精霊の寵愛を受けているお店、だなんて言われてるみたいだし」
知らなかった。そんな噂もあるのか。最近だと、『妖精と美女と美少女と筋肉のお店』って言われてるのは知ってた。
「まあ、他にも、レッドガルド家を脅すための人質が欲しかった、とか、色々考えられなくはないわ。相手がよく分からない以上、これ以上の推測は無駄かもね」
うーん……なんだか困ったことになってきてしまった。そっか。それだと、まだリアンやアンジェやライラやクロアさんが心配だ。
「じゃあ、まだ警備は必要だね」
「ええ。その方がいいと思うわ。私なら、あからさまに怪しい奴を追い払って一安心、っていうところに付け込んで、別の誰かを使って刺しに行くと思うの」
「刺しに……」
「ええ。刺しに。……実際、その可能性もあると思うわ。例えば、森の精霊を殺そうとしている、とかなら、十分あり得そうじゃない?」
……うん。まあ、理屈は分かるよ。気持ちは分からないけれど。
レッドガルド領の発展が気に障る人達は、森の精霊のことは憎いだろうなあ、と思う。それは分かる。だから殺そう、っていうのも、まあ……分かるよ。嫌だけれど。
「或いは、森の精霊を攫ってこよう、かもしれないけれどね。ここ数か月のレッドガルド領の発展具合を見ていたら、森の精霊が欲しくて欲しくてたまらないでしょうから」
成程。僕、誘拐されるかもしれないのか。
……えっ、僕が?
「だから、トウゴ君!気をつけなきゃ駄目よ!私達だって危ないけれど、あなただって狙われてるかもしれないんだから!」
「うん、気を付けます……」
なんだか実感が湧かないけれど、うん。気をつけなきゃならない。
それからクロアさんと石膏像達、それに加えて当事者のライラとリアンとアンジェ、更にフェイ……と、結局皆で話し合いになった。
「気を付けるっつっても、向こうから何かしてくるまでは動けねえからなあ……」
うん。それは分かる。今のところ、花束の人がやっていることって、ちょっと迷惑なお客さんをやってただけだ。誘惑の魔法については、誤魔化されたらそれまで、らしいので。
だから、花束の人を追及することはできない。できるとしたら、誰かが実際にもっと決定的な何かをしてきてからだ。
「精々、警戒を強めておくことしかできないか」
うん……結局はそうなってしまう。ちょっと腹立たしいけれど。
「私やクロアさん、リアンやアンジェをお店に出さないようにする、ってのは癪よね」
「そうね。それに、私達が居なくても、村や森へ危害を加えることはできるし、そもそも、私達が警戒している、って思われない方が相手の行動を読みやすいでしょうし。難しいわ」
囮捜査、ってことかな。クロアさん達が狙われるなら、クロアさん達を注意して見ておけばいい、ってことになるから、警備は楽かもしれないけれど……。
「……少し、いいかな」
そこで、マーセンさんが、控えめに、それでいてはっきりと手を挙げた。
「結局、どのような策を講じるにしろ、この森の周辺を警戒しておく必要はありそうだ」
うん。その通りだ。
僕らが頷くのを見てマーセンさんも頷くと、彼は、頼もしい笑顔を浮かべて、言った。
「なら是非、我々に警備をやらせていただけないか。元々は屋敷とその周辺の警備をしていた連中だ。警備や守護は得意としている。きっとお役に立てると思うのだが、いかがだろうか」
……警備を、この石膏像の皆さんに、お願いする、のか。
それは……すごくいい!
「是非、お願いします!」
今日から、森の騎士団の結成だ!
最初にやったのは、彼らに支給する装備作り。
軽くて動きやすくてとても頑丈な鎧。同じ材質の盾。それに、剣やマントも。
……剣については、ジオレン領の質屋なんかを巡って、そこで彼らの剣が売られていたりしたら全部買い戻して、7割方、取り戻すことができた。
けれど、剣に特にこだわりが無い人や、剣を見つけることができなかった人については、新しく剣を支給することにした。
材質は、ラオクレスの剣と同じやつだ。隕鉄、っていうんだっけ。空から降ってきた鉄だ。長く長く使えるから、長く長く仕えてくれるように、っていう、そういう剣なんだって、前、ラオクレスが話してくれたのを覚えてる。
……長く仕えてもらいたい、なんて、僕が言える立場じゃないとは思うのだけれど、でも、装備は全部、良いものを揃えたかった。彼らを守るために出来る限りのことはしたかったから。
それに……ラオクレスは剣をすごく大事にしているし、僕が描いて出した盾も、すごく大事にしてくれているから。
そうして、装備が一式、完成した。
1人分ずつ描いて出した鎧や盾やマントや剣は、魔力がたっぷり籠っていい出来になったらしい。
マントや盾の表面や鎧の胸にはそれぞれ、森の紋章が刻んである。
龍に守られる森に、森の門を表す十字を組み合わせた紋章だ。格好良くデザインできたと思う。我ながら、満足のいく出来。
「装備、できました。試着してみてください」
そうして僕は、森の騎士団の皆さんを呼んで、出来立ての装備を試してもらうことにした。微調整はこれからだ。
「こ、これは……」
そして、鎧を身に着けたマーセンさんが、すごく驚いた顔をしている。
「これは……何だ?これほど軽くしなやかで、かつ丈夫な素材は見たことが無い」
ええと……何だろう。カーボン素材とか、グラスファイバーとか、そういうやつだろうか。僕自身、よく分かってない。ただ、金属光沢はしっかり描いてるから、金属だとは思うのだけれど。
「まさか、最上級の魔鋼か!?」
「あ、そうかもしれないです」
魔鋼、っていうのなら、知ってる。ラオクレスの盾と同じだ。うん。多分、それだよ。
「……こんなに高価な装備を、いいのか?」
「はい。森にはたくさんあるので……何より、僕らを守ってもらうんだから、出せるだけのものは出したかったんです」
詳しい説明をするのはまた追々にさせてもらおう。今は『森には魔鋼がたくさんあるので』っていうことで。
「そうか……」
マーセンさんは何とも言えない顔でラオクレスの方を見た。するとラオクレスは、『諦めた方がいい』みたいな顔をして首をゆるゆる横に振る。
「そういうことなら、有り難くお借りしよう。この装備の分以上にしっかり働いてみせるよ」
「よろしくお願いします」
鎧を身に着け、マントを背に流して、剣や盾を装備した石膏像の皆さんは、すごく、頼もしく見える。ああ、これ、描きたい……。
……こうして、森の騎士団ができあがった。
メンバーは全部で16人。ラオクレスとマーセンさんがリーダー、っていうことになる。
マーセンさんは、ラオクレスをリーダーっていうことにしたがったのだけれど、ラオクレスとしては、先輩であるマーセンさんをリーダーにしたかったらしい。2人で譲り合って筋肉同士のぶつかり合いが発生していたから、2人共リーダーということにして収めてしまった。
そしてそれから、森の村は騎士団のメンバーが見回るようになった。
「……まさか、馬まで来るとは思わなかったけれど」
森の騎士団はラオクレス以外皆、天馬に乗っている。なんというか、一角獣の方は女の人が好きなイメージがあったんだけれど、天馬の方はそうでもなかったらしい。
「馬もこれが憧れだったみたいだぜ。ほら、嬉しそうじゃん」
リアン曰く、天馬としても、騎士の騎馬として活躍するのは中々嬉しいことらしい。確かに、上に石膏像を乗せて闊歩する天馬は、誇らしげだ。
「まあ、空飛ぶ馬に乗っていれば、機動力は上がるよね……」
ちょっとレッドガルドの町まで、なんていう時にも便利だから、丁度いいかもしれない。うん。
そうして森の騎士団が森の村を見回りするようになって、数日。
「トウゴさん!」
「ちょっといいですかー!」
見回りしていたらしい騎士の2人が、僕を呼びながら天馬で駆けてきた。……騎士の石膏像の皆さんは、僕のことを『トウゴ君』か『トウゴさん』と呼ぶ。『さん』の方は、なんとなくちょっとそわそわするかんじだ。
「こんな奴を捕まえました!」
……そして、僕の前に下ろされたのは、ええと、人。
人、なんだけれど……縛り上げられている。ええと、これは。
「納屋に火を点けようとしていたところを見つけて捕縛しました!」
……えっ。