15話:妖精洋菓子店*6
「知り合い?」
僕が横から聞いてみると、ラオクレスは、はっとして僕を見て、それからまた牢屋の中の人を見て……頷いた。
「……先輩、にあたる人だ。その、以前の職場での」
前の職場。っていうと……。
「……ええと、この人の罪状も、ラオクレスと一緒?」
「ああ。そうだ」
つまり、領主の人を殺しちゃった時の先輩か。そっか。
ラオクレスの先輩、を見ていると、あんまりラオクレスとは似ていない。まあ、当然か。
ラオクレスより年上のようだし、ラオクレスより雰囲気が柔らかい。肉体美は肉体美なんだけれど、あんまり表情が硬くないからか、石膏像、っていうかんじじゃない。いや、体は石膏像だ。
「トウゴ。その……この人の人柄も能力も、俺が保証する。だから、どうか」
「うん。分かった」
切羽詰まったような顔のラオクレスを見上げて、僕は頷く。元々、この石膏像にしようって思っていたところだ。そこにラオクレスの保証が付くなら、もう、本当に何の心配も要らない。
「この石膏像にする」
「……石膏像」
うん。名誉・石膏像。
ラオクレスの先輩も、流石の肉体美!
ということで、もう、購入手続きをしてしまうことにした。ラオクレスは只々ほっとした顔をしていたし、先輩石膏像さんも少し嬉しそうな顔をしていたから、僕も嬉しい。
……そうして僕が書類にサインして、お金を払ったところで、ラオクレスの『先輩』は、僕の前に片膝をついて頭を下げた。
「この度はご購入頂き、感謝申し上げる。私はマーセン・ネイリー。今後長く、あなた様にお仕えできることを願っている。……と」
そしてぴしり、とした挨拶をした後、顔を上げて、マーセンさんは……へにゃ、と笑った。
「後輩の前で恰好をつけすぎたかな?」
それを見て、ラオクレスが、僕が見たことのない顔をしている。……ラオクレスもこういう笑い方、するんだなあ。
「エドもいつの間にか立派になっちまったな。俺も老けるわけだよ」
「あなただってまだそんな齢でもないだろう」
「とはいってももうじき40に手が届くぞ、俺は。お前も30を過ぎたか?いや、時の流れっていうのはすごいな」
2人の会話を聞いていると、僕の知らないラオクレスが見え隠れしていて、ちょっと照れくさいような気持ちになる。それはラオクレスとしても同じらしくて、時々僕の方を気にしては、ちょっと気まずげな、照れたような顔をしている。それがまた新鮮で、僕はずっと、2人を見ている。
……見ながら、描いてる。これだからスケッチブックと鉛筆はどこにでも持ち歩くべきなんだ。珍しい顔のラオクレス!石膏像が2体!素晴らしい!
「……ところで、こちらのご主人様は随分とお若くていらっしゃるが、どこかの貴族のご子息か?」
しばらく2人が話していて、僕が描いていたら、マーセンさんがそう、聞いてきた。
「あ、僕は」
「主はレッドガルド家のお抱え絵師をやっている。レッドガルドの屋敷ではなく、レッドガルド領の中心の森に住んでいるが」
僕が自己紹介するより先に、ラオクレスがそう言ってくれた。……まあ、森の精霊やってます、よりは通りがいいか。
「上空桐吾です。ええと、マーセンさん、よろしくお願いします」
ラオクレスの先輩なら、僕にとっても先輩みたいなものだ。名乗ってお辞儀すると、マーセンさんは、ちょっと慌てたような顔をする。
「あ、いや、ええと……エド。その、こちらのご主人様は、こういうお方、なんだな?」
うん。こういうお方です。そう言い張る気持ちで僕はマーセンさんとラオクレスを見上げて……そして、ラオクレスが、ため息を吐きつつ、答えた。
「主というよりは、近所の子供だ。風が吹くとふわふわ飛んでいきそうになる。俺の仕事は飛んでいきそうになるトウゴを掴んで戻すことで……」
……うん、まあ、お世話になってます。
ちょっと複雑なような、そんな気持ちでラオクレスを見上げると……彼は笑って、僕の頭を軽く撫でた。
「……そういうふわふわした、善い主だ」
……善い主、か。僕、善い主、なのか。
そう評価されることは、なんだか……とても嬉しい。
それから、僕はもうちょっと奴隷の牢を見る。
「……どうした。まだ要るのか」
「ええと……うん。もし、石膏像が他にも居れば……」
「石膏像……?」
マーセンさんは首を傾げているけれど、ラオクレスは僕の言いたいことを分かってくれる。要は、ラオクレスやマーセンさんぐらい石膏像っぽい人が居たら是非連れて帰りたい、っていう、それだけのことなのだけれど。
「あの、マーセンさん。この奴隷屋さんには、もう、あなたやラオクレスくらいの肉体美は、居ないですか?」
奴隷のことなら奴隷の人に聞こう、と思ってそう聞いてみると、マーセンさんは頷いた。
「まあ……ご主人様のお眼鏡に適う肉体美がどんなものかは分からないが、俺より鍛えている奴は居ないように見えましたよ」
そっか。なら、この奴隷屋さんはもう見なくてもいいか。ええと……。
「じゃあ、王都とか、別の奴隷屋さんにも行ってみた方がいいかな」
シフト制にするにしても、2人でお菓子屋さんの警備っていうのは、辛いんじゃないかな。うん。
……ただ、僕がそう言った途端。
「なら……」
マーセンさんが口を開いて、それから、ちょっと躊躇うように口を噤んで……それから、意を決したように、言った。
「なら、どうか、ジオレン領の方へ、お買い求めになってください。そこに、俺の元の職場での仲間達が居ると聞きました」
「ジオレン領の奴隷屋、というと、あの環境の悪い……?」
ラオクレスが苦い顔をすると、マーセンさんも苦い顔をした。
「まあ……ほとんど全員、犯罪奴隷だからな。俺達は。インターリアがどこかの貴族に雇われることになった、っていう話は聞いたが、後はまあ、大抵は碌でもない方へ流れつく。何人か、ジオレン領の方で売られてる奴が居るって聞いた。あの……あまり環境が良くない奴隷屋だ」
環境が良くない奴隷屋、って、どういうところだろうか。ちょっと、嫌なかんじのする言葉だ。
マーセンさんがそう話すのを聞いて……ラオクレスは苦い顔で1つ頷くと、僕の方に、向き直った。
「トウゴ。その、無理に、とは言えないが……その」
「大丈夫。分かってるよ。みんな買い戻そう」
僕がそう答えると、ラオクレスは小さく息を吐いて、それから短く、「感謝する」とだけ言った。その表情を見て、僕は、ああ、僕、お金持っててよかった、と、深く思った。ラオクレスにこういう、安心した顔をさせられるんだから、お金って、大事だ。
「ええと、じゃあ、早速、マーセンさんには案内をお願いしてもいいですか?今日中に騎士を集めたいんです」
それから僕らは奴隷屋さんを出て、早速、次の奴隷屋さんに向かうことにする。ジオレン領なら、レッドガルド領のお隣だ。飛べばすぐだろう。
「今日中に……騎士?騎士、というのは……奴隷を、ですか?」
「はい。……それで、ある所の、警備を、やって貰いたくて」
……僕は、決めた。
ラオクレスの元同僚の人達を買い集めたら、お菓子屋さんの警備をしてもらおう。
そして、石膏像のお菓子屋さんにしよう。そうしよう。
……ああ、きっと素敵なお菓子屋さんになる!
それから僕らは、一旦森に戻った。なんでって、足を増やすために。
僕は鳳凰で飛んで、ラオクレスとマーセンさんがアリコーンに二人乗り。本当ならこのままジオレン領へ向かってもよかったんだけれど……アリコーンが『子供や女性1人に筋肉1人の2人乗りなら許すが筋肉2人はちょっときつい』みたいな顔をしていたので、森に天馬を取りに行くことになった。
「こ、ここは……?」
「森です。レッドガルド領の」
森へ一度戻ったら、マーセンさんが驚いていた。
「俺の記憶にある森と大分違うな……。最後にここらを見たのは、半年くらい前だったが……」
はい。ここ3か月ぐらいで村と壁と門ができました。
僕は鳳凰をお使いに出して、天馬に声をかけてもらった。『ちょっと石膏像の買い付けに行くのだけれど、石膏像の運搬をしてくれる馬は居ますか』と。
……すると、天馬が、いっぱい森から出てきた。
壁を超えてぱたぱた飛んでくる天馬の群れを見て、村の人達が驚いていた。マーセンさんも驚いていた。うん。この森、馬が沢山住んでるんです。
「……驚いたな」
「あ、マーセンさんもどれか好きな馬に乗ってください。皆、いい馬です」
偶には僕も馬に乗ろうかな、と思って、一番近くに居た馬に、よろしくね、と声をかけて乗る。すると馬は、ちょっと自慢げにひひん、と鳴いて、翼をぱたぱたさせていた。
ラオクレスもアリコーンを盾にしまうと、手近な天馬の首を撫でて、そこにさっと跨る。マーセンさんも戸惑いながら、天馬の内の1頭に乗った。
……こうして僕らは3人で3頭の天馬に乗って、その後ろから特に何も乗せていない天馬が8頭くらいついてくる形で、ジオレン領の方へ向かって飛んでいくことにした。これで石膏像の買い付けもばっちり。
……ジオレン領の奴隷屋さんについてみたのだけれど、酷かった。
「……環境が悪い、と言った意味が分かっただろう」
「うん……」
そこは、その……ただ、人を放り込んであるだけ、っていうかんじの牢屋が無造作に並んでいて、そこに、ぐったりした人達が入っていた。食事とお風呂がちゃんとしていないらしくて、その、ちょっと、いや、割と臭う。
……こんな風に石膏像を売っていたら、売れるものも売れないんじゃないかな。勿体ない。
そうだ。こんな所に、こんな風に石膏像を置いておくなんて、勿体ない。石膏像はちゃんと綺麗にして、綺麗なところに設置して、描くものだ。だからこの奴隷屋さんは、ちょっと、その、許し難い。
「ジオレン家が色々あってから、ますますここの環境が酷くなったらしくてなあ……俺もこっちに連れてこられる予定だったんだが、運が良くてレッドガルド領の方に連れていかれることになって……」
マーセンさんは牢屋の並びをじっと見ながら、悲しそうな顔をする。かつての仲間がこんな所に居るなんて、悲しいだろう。
うん。だから、すぐに石膏像を探し出さなくては。
そうして、石膏像探しが始まって、僕らは牢屋をぐるぐる回って、そこでラオクレスやマーセンさんの仲間達を探しては買っていった。
お店の人は、『何故、こんな奴隷屋でこんなに犯罪奴隷を買っていくんだ?』みたいな不思議そうな顔をしていたけれど、構わず買っていった。
……そうして、1時間しない内に、石膏像が大分、増えた。
ただし、全員、ちょっと汚い。
「……あの、僕、森に大浴場を作ろうと思う」
「……気持ちは分かるがやめておけ。突然できたらまた驚かれる」
うん……。でも、この人達、お風呂に入れなきゃいけないし……。
あと、馬が。馬が、『汚れた石膏像は乗せたくない』『風呂に入ってからにして』みたいな顔をしている。うう……。
マーセンさんが、『ならこの近くの川に行ってみよう。歩いてすぐの所だ。……ああ、こいつらにはお湯なんて無くても十分なんですよ、トウゴ様』と言ってきたので、僕は『トウゴ様はやめてほしい』と言いながら、新しい服とか石鹸とかタオルとかを描いて出した。そしてタオルとか石鹸とかを渡しながら、『ラオクレスだって僕のことをトウゴって呼ぶのだから先輩達だってトウゴって呼んでいいはずだ』っていう理論で彼らを説得して回って、とりあえず『様』は止めてもらえることになった。よかった!
……そうして、石膏像の行水が始まった。
すごかった。10人以上の石膏像が川で水浴びしている様子って、すごい。これだけで1枚の絵画みたいだ。
僕は彼らの水浴びを眺めながら、またスケッチすることにした。楽しい。
「ただいまー」
そうして僕らが森に戻ったのは、夕方になってからだった。
「あら?ここにただいま、っていうのは珍しいわね」
帰った先に居たのは、クロアさん。……僕が帰ってきたのは、お菓子屋さんだ。
「どういう風の吹き回しかしら?」
「こういう風の吹き回し」
そして、明日の店の準備をしていたらしいクロアさんに、今日、買ってきた石膏像の皆さんを見てもらう。
マーセンさんを先頭に、名誉石膏像!っていうかんじの人達が、全部で15人。
「この人達にお菓子屋さんの警護をしてもらおうと思って」
クロアさんはきょとんとして目を瞬かせていたけれど、僕の説明を聞いて、ラオクレスが苦笑しているのを見て……ころころ笑いだした。
「素敵ね!」
「うん」
素敵だと思うよ。石膏像と妖精のお菓子屋さんっていうのも。
そして、その夜。
僕は、お菓子屋さんの向かい側に、集合住宅を建てた。……一晩で家が建ってしまうけれど、なんか、もう、今更だと思うからいいや。
そうして出来上がった集合住宅は、石膏像の家だ。お風呂とキッチンは2個ずつあって、居間が3つくらいあって、あとは各自の部屋が2つずつぐらいあるかんじの、そういう集合住宅。
「家具は各自で後々なんとかしてもらうことにしよう」
「……ベッドは全員分描いたんだな」
「うん」
流石に、ベッドも無しに床で寝ろっていうのは、酷いと思うから。
ただ、やっぱり、石膏像の皆さんには驚かれてしまった。さっきまで何もなかった気がする土地に集合住宅ができていて、そこに1人1台ベッドがある、っていうのは、確かにちょっとびっくりするかもしれない……。
石膏像の皆さんには一晩ぐっすり眠ってもらって……そして、翌日。
「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」
店の両脇で真っ直ぐ立ちつつ、お客さんを妖精のお菓子屋さんへ誘導する石膏像が、2体。
ラオクレスとマーセンさんは、見事、店の両側を飾る石膏像のようになって、お店の警護をしてくれている!とても素敵だ……。
お客さん達は2体の石膏像に驚きつつ、それでもお店の中へ入っていく。困惑するお客さんの様子を見て、妖精達がにこにこしていた。
……ちなみに、お店の中の妖精達には、石膏像の皆さん、割と好評だった。なんかこう、妖精が見えない人も居たのだけれど、それでも妖精に好意的な人達だからか、妖精達はすぐ、石膏像達に懐いた。妖精達の『ピンとくる枠』だったらしい。
あと多分、妖精は割と悪戯好きだから……店の前に石膏像、そしてそれに困惑するお客さん達、っていう見た目が気に入ったんだと思うよ。うん。
……そして、石膏像2体の警備が始まって、数時間。
「あっ」
お店の近くに、見覚えのある紋章が付いた馬車が停まった。例の花束の人だ!
花束の人は、停まった馬車から降りてきて……そして、石膏像が一昨日の倍になっているのを見て、ぎょっとした。
そして、ラオクレスとマーセンさんは、花束の人を見て、身構えるでもなく、直立不動の姿勢だ。……ドアの前で。
つまり、とおせんぼの姿勢。直立不動。そういう石膏像が2体。
花束の人はたじろぎつつ……けれど、意を決したように、石膏像達に近づいた。勿論、ラオクレスもマーセンさんも動かない。
「と、通してもらおうか!」
花束の人はそう言うのだけれど、ラオクレスとマーセンさんが花束の人より高い目線で、じろり、と静かに花束の人を見つめる。
「僕はお菓子を買いに来ただけさ!ここのクッキーは絶品だからね。ほら、その証拠に花束だって持ってない!なら、通さない理由は無いな!?」
花束の人は両手を開いて見せる。あ、本当だ。花束、持ってなかった。
「……それとも、この店は、ただ商品を買いに来た客を入れないのか?」
少し挑発するようにそう言って、花束の人はちょっと嫌な笑い方をする。……けれど。
それを見た石膏像2体は……揃って、にやり、と笑う。余裕たっぷりに。相手の挑発なんてまるで気にしてない、というように。やっぱりこの石膏像達、すごく格好いい……。
「成程な。なら構わん」
「え?」
「菓子を買いに来たんだろう?なら、俺達がここであんたを止める理由はない。どうぞ、お客様。こちらへ」
そして、ラオクレスとマーセンさんは、余裕たっぷりにそう言って、左右に退いた。花束の人はこれにすごく驚いていたのだけれど……。
「な、なら最初からそうしていればよかったんだ。全く、無駄な時間をとらせてくれたな。やれやれ……」
そんなことを言いながら、花束の人は、お菓子屋さんのドアを開けた。
……そして。
「……ようこそ。何をお求めだ?」
彼の目の前、カウンターに居るのは、石膏像。うん。
……ラオクレスとマーセンさんが店の前で時間稼ぎをしている間に、クロアさんとアンジェはさっと奥に引っ込んで、代わりに、待機していた石膏像達がお店に出てきてくれた。石膏像の門番は、このために必要だったんだ。
そして今、花束の人は、石膏像達に囲まれながらお会計を済ませている。
「お会計、銅貨1枚」
クッキー1包みだけ買った花束の人は、石膏像3体に周囲を固められながら、正面のカウンターの石膏像に金貨を渡した。このお菓子屋さん、基本的に銅貨のお会計が多いんだから、銅貨持ってくればいいのに、と思うんだけれど、花束の人はいっつも金貨しか持ってきていないらしい。お釣りをもらうのが好きなんだろうか。
「お釣りだ。銀貨9枚と銅貨9枚。落とさないように気をつけろ」
石膏像の優しい無表情のフォローを受けつつ、花束の人は居心地悪そうにお釣りを受け取った。
「品物だ。紅茶クッキーだったな」
そして花束の人は石膏像からクッキーを受け取った。
「またのご来店をお待ちしている」
……そして、石膏像達に見送られて、花束の人は、とぼとぼとお店を出て、とぼとぼと、馬車に乗って、そのまま帰っていったのだった。
よし。