14話:妖精洋菓子店*5
「あいつ、本当にしつこくって。嫌になっちゃう」
お客さんが帰っていった後、換気しっぱなしの店内で、ちょっとやさぐれた雰囲気のライラがそう言ってため息を吐いた。
「あの人、誰?」
「あー、どっかの領主の息子らしいわよ。で、この店の従業員が気に入ったから、自分の領地に移転しないか、君達だけでも来ないか、うちの屋敷でメイドとして働かないか、ってしつこいの」
……そっか。それは、困った。
「クロアさんに一目惚れしたらしいのよね。で、それだけならいいんだけど、私にまでちょっかいかけてきてて……アンジェとリアンにも声かけ始めたから、流石にね」
うーん、綺麗な店員さんばかりのお菓子屋さん、っていうのは、こういうトラブルにもなってしまうんだな。そっか……。
「私はまあ、いいのよ。さっきみたいな調子でガンガンやればそれで済むし。クロアさんはああいうの慣れてるみたいだから、そこも心配要らないし。……ただ、リアンとアンジェは心配なのよね」
うん。2人とも、まだ小さい。危ないことが無いように鸞が付いているし、氷の小鳥も妖精も居るけれど、それでも不安なものは不安だ。
「それに、ああいうのが湧くと、他のお客さんの迷惑でしょ?それでどうしてやろうかと思っててね……」
そうだね。お店への影響っていうのは大きいし、そこは気になるところだよね。
折角、妖精も人間も頑張ってやっているお菓子屋さんなのに、しつこい人が1人いるだけで台無しになってしまうのは、あまりにも悔しい。
うーん……どうしようかな。
「ねえ、森には結界、あるんでしょ?ああいうの、店の入り口につけられない?」
早速、ライラが提案してきた。ええと、森の結界、か。となると……。
「……あの結界、通っていい人は設定できるようになったんだけれど、通しちゃいけない人の設定はできるようになってないんだ」
「……つまり、完全紹介制のお店になっちゃうわけね」
うん。そういうことだ。だから、お店としては、ちょっとまずい。
「まあ、それじゃ、駄目よね……。だったら普通に警備員を雇った方がいいか」
「ラオクレスとか?」
僕の頭の中で、妖精のお菓子屋さんの前に仁王立ちするラオクレスが出てくる。逞しい。頼もしい。楽しい。
「ら、ラオクレスは……いや、そうね。彼が立ってたら、そうそう、後ろめたいことがある奴は入ってこられないわよね」
うん。その通り。だって僕らのラオクレスだ。石膏像が立っていたら、悪い人は入れないと思う。なんとなく。
「じゃあ、ラオクレスにお願いしてみようか。しばらくの間だけでいいから、ちょっとお店の警備をお願いします、っていうことで……」
「そうね。私からもお願いしてみることにするわ」
うん。そうしよう。こういう時にはラオクレスが一番だよ。きっと。
「……という訳で、お菓子屋さんの警備をお願いしたいんだけれど」
僕がラオクレスにそう事情を説明すると、ラオクレスは苦い顔で頷いた。
「そういう事情ならやむを得ないだろうな。俺みたいなのが菓子屋の前に立っていたら、売り上げが落ちそうだが……」
まあ、それは仕方ない。ラオクレスはお菓子屋さんっていう雰囲気じゃないけれど、でも、だからこその警備員なんだし。
「……インターリアが居れば、あいつに頼むんだがな」
「インターリアさん?いや、彼女だと石膏像っぷりが足りないと思う」
「……石膏像かどうかはさておき、あいつも騎士だ。荒事には強い。俺よりは見目もいい」
いや、ラオクレスも見目はいいよ。すごく格好いい。インターリアさんも美人さんだ。……ただ、確かに、その、お菓子屋さんに合うかどうかと言われると、ラオクレスは間違いなくミスマッチだし、インターリアさんでも物々しい雰囲気にはなる、だろうな、と思う。でも、だからこそいいんだとも思うよ。
「まあ、いい。任された。店の前に立っていて、特定の奴が来た時に追い払えばいいんだな」
うん。そういうことになる。
……ということで、翌日から、ラオクレスが門番をする妖精のお菓子屋さんが始まった。
お客さん達は、ものすごく、困惑していた。
妖精と綺麗な人達がやっているお菓子屋さんだと聞いて来たら、店の前に石膏像。……ギャップがすごいとは思うよ。うん。
「なんというか……彼にはもうちょっと、親しみやすい恰好をしてもらっておいた方がいいかしら」
「いや、でもそうすると警備のかんじがしなくなってしまう……」
店の中からその様子を見ている僕とクロアさんは、そんな相談をしつつ、店の前まで来て、ラオクレスを見て逃げ出す子供の姿を見て、どうしようかなあ、と考える。まあ、とりあえず今日はラオクレスの警備の試運転、っていうことで……。
それから僕はクロアさんと一緒に、ラオクレスの恰好をどうすればいいか、ああでもない、こうでもない、と話していたのだけれど、そんな時。
「おい、退きたまえ。なぜ退かないんだ?」
「特定の人物は通すな、と仰せつかっている」
騒がしいな、と思って外を覗くと……そこには、昨日の男性が居た。そして見事に、ラオクレスにとおせんぼされている。流石のラオクレス!
「特定の?……人違いじゃないのかな?」
「いや。お前のことだな。菓子屋に花束を持ってくるような男は全員通すな、と言われている」
ラオクレスがそう言うと、男性は、手に持っていた花束を見て、それからちょっと嫌そうにラオクレスを見た。
「へえ。花束が駄目だって?なら花束はここで捨てていくよ。それでいいだろ?」
「花束を持ってくる『ような』男は通すな、だ。持ってくるのが花でも宝石でもそこに下心があるなら通さない」
「下心だなんて……」
「加えて俺個人の意見を述べさせてもらうなら、花を捨てるような奴はますます通したくない」
ラオクレスの言葉を聞いて、僕とクロアさんはにっこりする。うん。花に罪は無い。花は大事にしてほしい。
……そうして男性とラオクレスが押し問答していたのだけれど、男性は粘っていたし、ラオクレスは鉄壁の如しだった。流石、僕らの石膏像!
「心外だな。僕はただ、彼女達に挨拶しに来ただけなのに。迷惑はかけないよ。通してくれ。或いは、今からでも彼女達に聞いて、僕を通す許可を貰ってこい!」
遂に男性は苛々しだしたらしくてラオクレスに対して声を荒げたけれど、ラオクレスはラオクレスだから動じない。
「悪いな。仰せつかった、と言ったが、俺に命令したのは店の女達じゃない」
ラオクレスは、一歩、動いた。男性に一歩分近づくと、2人の身長差と体格差が益々大きく見える。そして男性は、ラオクレスが近づいた分、より一層、ラオクレスを見上げることになる。
ラオクレスはそれを見てにやり、と笑いながら男性を見下ろして、言った。
「森の精霊様だ」
「……森の?」
「ああ。精霊様が、お前は通すなと仰った。……知らなかったのか?この森には精霊様がおわす。人間に友好的で、大きな力を持った精霊様が」
意味が分からない、というような顔で、男性が困惑する。それを見ながら、ラオクレスはまた、表情を失くして話す。
「……その精霊様のご機嫌を損ねるような事をするな。人間に友好的な精霊様だが、無礼を働く人間にまで友好的かどうかは分からんぞ」
……それから男性は、すごすごと帰っていった。少し離れたところに停めてあった馬車に乗りこんで、さっさと出てしまう。去り際、馬車に刻まれた紋章を見ることができたから、メモ程度にスケッチしておくことにした。後でフェイにでも聞いてみようかな。
「お疲れ様」
「大して疲れはしていないが」
店仕舞いより前に、ラオクレスは店に入ってきて、少し休憩することになった。ラオクレスの警備の目的はさっきの男性を入れないことだから、さっきの男性が帰っていった後は、もう仕事が無いっていうことになる。
「……ああいう輩が出るのか、ここは」
「ええ、そうね。まあ……私は適当にあしらってるわよ。ライラはツンツンやり返してて、ちょっと可愛いわね。ただ、やっぱりリアンとアンジェが心配ね。2人共小さいから、誘拐くらいできちゃいそうだし」
うん。やっぱり、そこは心配だ。2人共、まだ小さいから、万一のことがあると困る。2人共体が小さいから、ひょい、と抱えてしまったらそのまま連れて行ってしまえるだろうし……。
「俺はお前も心配だが」
うん。僕も、クロアさん、心配だ。クロアさんがいくらプロでも、やっぱり、ずっと相手が粘ってきていたら嫌だろうし、お店の立場としても嫌だろうし……。
「私は平気よ。ああ、あと、それからトウゴ君も心配!」
……え?
「ライラから聞いたわよ?あなた、女の子に間違われてるんですって?」
……えっ?
「そ、そうだったの……?」
「気づいていなかったの!?」
い、いや、確かにちょっと妙なことは言われた、気がする。『可愛いね』とか。いや、でも……子ども扱いされてるのかな、くらいに思ってたんだよ。
「……まあ、あなた、細いし」
う……。
「小柄な方だし」
うう……。
「綺麗な顔してるし」
……うう。
「あと、雰囲気!精霊様の雰囲気が強いからかもしれないけれど、あなた、あんまり人間の男の子、っていうかんじが無いのよ!だから余計に、間違われたんじゃない?」
あ、うん。……そっか。うん。僕が間違われたのは、こう、精霊だからだ。決して、細いとか小さいとかそういうのじゃなくて、こう、精霊っぽさで色々分からなくなってしまった相手が、勘違いしたんだ。そうに違いない。
「……となると、いよいよ俺はここの警備に回った方が良さそうだな。トウゴが居ればまだ安心かとも思ったが、トウゴも狙われる側だったとは」
僕もびっくりだよ。あの人の目、節穴なんじゃないだろうか。
「なら、定休日を教えろ。それ以外の日はここに居ることにする」
……あ。ちょっと待った。
「そういえば、ラオクレス1人に警備をずっとお願いしておくのはちょっと辛いよね。新しい石膏像を雇った方がいいだろうか」
クロアさん達だって、シフト制だ。なのにラオクレスは1人でずっと延々と店番っていうのは、あんまりじゃないだろうか。
「俺は別に構わん」
「いや、僕が構う。ええと……」
……うん。ちょっと考えてみて、決めた。
「また、モデル屋さん、行こう」
「あれは奴隷屋だが」
あ、うん。奴隷屋さん。……に、石膏像のモデルを買いに行こう!
ということで、翌日の朝一番。僕はラオクレスと一緒に、奴隷屋さんに来た。
レッドガルドの町のお店を見て、ピンとくる石膏像が居たら連れて帰ろうと思う。もし居なかったら、王都の方まで行ってみようかな。
「ええと、本日はどのような奴隷をお求めですか?」
「犯罪奴隷ください!」
「待て。何故最初から……!」
奴隷屋さんも慣れたもので、僕が来たら『まあそうだろうなあ』みたいな顔で、奥に通してくれた。なので今回もまた、全部見ながら奥へ奥へと進んでいって、犯罪奴隷のコーナーに向かう。
「……別に、犯罪奴隷であるところにこだわる必要は無いだろう」
「うーん……そうなのかもしれないけれど、なんとなく」
犯罪奴隷のコーナーは、前に来た時と同じように騒がしい。あと、ものが飛んでくる。飛んできたものはラオクレスが払ってくれるし、ラオクレスがギロリと睨めば、犯罪奴隷の人達はそれ以降、何もしてこなくなったけれど。
……そうして僕らは進んでいく。お店の人に『最近、流れてきた奴隷をいくらか新しく入れていますよ』と言われているので、ちょっとわくわくしながら。
最奥まで辿り着くと、僕が最初にラオクレスと会った場所までやってくる。前、ラオクレスが居た牢には、別の誰かが入っているらしかった。
なので、そっと、不安と期待が半々くらいの気持ちで、その牢の中を覗き込んでみると……。
……うわあ。
「この牢って、絶対に石膏像を入れておく決まりみたいなものがあるんだろうか」
そこには、割と石膏像なかんじの石膏像が居た!やった!
牢屋の中の石膏像は、僕に気づいて顔を上げた。そして、ちょっと優しい笑顔を浮かべて、軽く手を振ってくれた。……なんというか、こういうところは石膏像っぽくないけれど、でも、良い人そうなことは確かだ。
……ただ、僕がラオクレスを呼んで、この人を買おうとしている、ということを伝えようとした、その時だった。
「……エドっ!?」
牢屋の中で、石膏像っぽい人が、血相を変えて立ち上がった。
……エド、っていうのは、ラオクレスのこと、だよね。
僕がラオクレスの顔を見上げると……ラオクレスはぽかん、として、それから、牢屋の鉄格子に近づいて、まじまじと、牢屋の中の人の顔を見る。……そして。
「先輩!」
そう言って、表情を明るくしたのだった。