12話:妖精洋菓子店*3
僕は早速、クロアさんの召喚獣を絵に起こしていく。
……僕が描いているのは、大きな蝶だ。
ええと、うろ覚えなのだけれど、アレクサンドラアゲハっていう蝶が居たはずだ。ものすごく大きい蝶だって聞いたことがある。
だから、もうちょっとその蝶には大きくなってもらうことにして……ほら、大きなコマツグミが居るんだから、大きなアレクサンドラアゲハが居てもいいと思うんだよ。
仕組みとしては、アレクサンドラアゲハがクロアさんの背中側からきゅっと抱き着くようにして、その羽でクロアさんが飛ぶ。
鳳凰が僕の体重を支えられるんだから、こういう蝶でもクロアさんが飛べるようになるだろう、と思って、描いてみることにした。
……ただ、僕、アレクサンドラアゲハを見たことが無いから、どういう羽の形なのかとか、本当に分からなかった。
アゲハチョウっぽいかんじかな、と思って、ああいう羽の形にした。
あと、緑色っぽい蝶だって聞いたことがあるから、羽は緑にしよう、と思ったのだけれど……そこで僕の頭に、『そういえば、アレクサンドラアゲハっぽい名前の宝石があったなあ』と過ってしまった。
……なので、この蝶は、金細工みたいな体と、宝石の羽をもつ蝶になった。
この蝶の体は金細工みたいな質感で、体は羽に対して小さめ。ラオクレスの盾を描いた時みたいに気合を入れて描いたら金が魔鋼みたいになるかな、と思って描き進めてみた。こうすれば多分、金でも強度は得られると思う。
それから、蝶の羽はアレキサンドライト。うん。そうだ。アレキサンドライト。アレクサンドラアゲハと名前が近い。
あと、この宝石は先生の家の図鑑で見たことがあった。太陽の光の下だと緑色で、室内灯の下だと赤い色になるっていう不思議な宝石だ。
つまり、この蝶の羽は、森の日差しの中では爽やかな深緑で、パーティ会場のシャンデリアの下では鮮やかなワインレッドになる宝石でできている、ていうことになる。森に居る時とパーティ会場に居る時で表情が全然違うクロアさんにぴったりだと思う。
……ということで、それらを魔法画で描いてみた。金と宝石でできたアレキサンドライト蝶の姿は、なんとなく、水彩でも油彩でもなく魔法画で描きたかった。
それから、単なる宝石細工じゃなくて、生き物を描きたい。そこはすごく、こだわった。
けれど、宝石や金の質感を描きこんでいくごとに、アレキサンドライト蝶は生き物っぽくなくなっていく。……元々、蝶自体があんまり生き物っぽくない生き物だから、余計にかもしれない。
だから僕は、アレキサンドライト蝶が花の蜜を吸っているところを描くことにした。大きな大きな蝶だから、花の蜜を吸うには花が小さすぎて……ええと、なので、妖精の蜜がかかったパンケーキの前に止まって、卓上の蝋燭の光と窓から差し込む日の光とに照らされながら、パンケーキの蜜を吸っている絵にした。
なんというか、ちょっと……生き物感っていうか、生活感は出た、と思う。
そして、背景込みで半日くらいかけて描き上げたアレキサンドライト蝶は……無事に画面から出てきて、ぱたぱたと、森の中を飛び始めた。
「ええと……これ、生きてる?」
生き物だか生き物じゃないんだかよく分からないものを描いてしまっていたらまずいな、と思って蝶に声を掛けてみたら、蝶は僕の方を見て、金細工の頭をちょっと傾げて、大粒のアレキサンドライトの目でウインクした。
……ええと、これ、蝶じゃない何かであることは間違いないけれど、とりあえず、生き物っぽい。うん。多分成功。よし。
「クロアさん!」
「あら、トウゴ君、どうし……あっ!」
クロアさんは家の中で枝豆の処理をしていたのだけれど、僕が連れて帰ってきたアレキサンドライト蝶を見て、その手を止めて駆け寄ってきた。そして、僕の背中に止まって休んでいるアレキサンドライト蝶を、まじまじと見つめる。
「すごい……この子、生きているの?」
「うん。ちゃんと生き物だよ」
クロアさんが恐る恐る、といった様子で、ちょん、と金細工の体に触れる。すると、アレキサンドライト蝶はふるんと羽を震わせてくすぐったがった。
「……綺麗ね。こんなに綺麗で、生きてるなんて……よく分からなくなってきたわ」
クロアさんはそう言いつつ、僕の周りをくるくる回って、蝶を見つめて……その時、アレキサンドライト蝶がふわり、と僕から離れて、クロアさんの前でパタパタとホバリングを始めた。
それから、金細工のストローみたいな口を伸ばして、ちょん、と、クロアさんの頬に触れた。ええと、多分、親愛のキス。
「……あら、綺麗な子だと思ったけれど、綺麗なだけじゃなくて可愛いのね、あなた」
クロアさんはくすくす笑って、アレキサンドライト蝶の方へ手を伸ばす。すると、アレキサンドライト蝶はクロアさんの腕にちょこんと止まって、羽を休め始めた。
……なんというか、すごい光景だ。僕が人間っぽくないって言うなら、クロアさんだってそうだ。宝石細工の蝶を従える妖精の女王様だ、これ。
「ええと、クロアさん。これ」
ひとしきりアレキサンドライト蝶と戯れていたクロアさんに、僕はプレゼントを差し出す。
大粒のアレキサンドライトを使ったネックレスだ。幾つか宝石を出して、その中からアレキサンドライト蝶が気にいった宝石を選んでもらって、それを使って作った。
「……いいの?」
「うん。あの、デザインが気にいらなかったら、作り替えるから……」
「駄目よ、作り替えちゃ。私、これ、気に入っちゃったんだから」
クロアさんは僕の手からネックレスをそっと取ると、さっと身に着けた。首の後ろで金具を止める手つきが手早くて、ああ、こういうの慣れてるんだなあ、とぼんやり思う。
「似合う?」
そして、クロアさんはにっこり笑ってくれる。……うん。本当に、魅力的な人だ。
クロアさんがネックレスを身に着けると、アレキサンドライト蝶は『もういい?』というように僕とクロアさんを覗き込む。僕とクロアさんが頷くと、ぱたぱたと飛び立って、ふわり、と、ペンダントの宝石の中へ入っていった。
……それから少しして、また宝石の外に出てきたアレキサンドライト蝶は、今度は、クロアさんの後ろに回って、がしり、と、背中側から抱き着いた。
そして。
「……きゃっ」
ふわり、と、クロアさんが、浮く。
「あ、私、飛んでる……?」
クロアさんが空中で姿勢を保てるようになると、アレキサンドライト蝶はそれに合わせて飛ぶようになる。
なんというか……クロアさんに蝶の羽が生えて、それで飛んでいるように見える。大成功。
「ねえ、トウゴくーん!どうかしら!」
クロアさんはあっという間に、自由自在に空を飛ぶようになって、空から僕に笑いかけてきた。
……うん。すごく、妖精の国の女王様だ。
こうして、妖精の女王様みたいなクロアさんができあがった。クロアさんはこれで自由に壁を越えられるようになったので……ちょっと、僕は、森の精霊の仕事をする。
……最近。頭の中の森がはっきりしてきてから。僕は、森の結界もはっきりしてきているのを感じている。
今まで結界は森の周りをぼんやり守っていたのだけれど、今は、壁に沿って、強固に森を守るように変わっている。多分、壁がある分、結界が形を保ったり強度を上げたりしやすくなったんじゃないかな。
それで……壁の上には何も無いように見えるのだけれど、実は、結界があるんだ。ドーム状の屋根みたいに結界は広がっていて、森がすっぽり覆われているような、そんなかんじに。
だから、新しく生まれたアレキサンドライト蝶も結界を通り抜けられるように、ちょっとだけ結界を作り変えて……ちょっと疲れたので、そのまま森の遺跡の中でちょっと休憩してから、家に帰ることにした。
遺跡の中はなんとなく、落ち着く。森の奥、森の底にあるここは、なんとなく、自分の家よりも自分の場所っていうかんじがする、っていうか……自分自身の奥っていうか……うーん、難しいけれど、とりあえず、居心地がいい。うん。
クロアさんが蝶の羽で飛ぶようになってから、3日。
アンジェや妖精達、それから結局こっちも手伝うことにしたらしいリアンと、農夫の人達が来て農作業が無くなってしまったライラが一緒になって、妖精のお菓子屋さんのメニューを作っていた。
妖精クッキーはもうすっかりお馴染み。何種類か味を作って用意することにしたらしい。それに加えて、以前作ってくれたマドレーヌと、キャンディを並べることにしたそうだ。
キャンディは、僕が王都土産に持って帰ってきたガラス瓶入りの奴を真似したくなったらしくて、それ。色々な味のキャンディをガラス瓶に入れて、量り売りにするらしい。妖精が両手に乗せて持つくらいの大きさのキャンディは、僕らにはちょっと小さめだけれど、果物や花の香りがするキャンディは中々美味しい。
……そして、ガラスのショーケースの中には、ケーキが並ぶ。
前に作ってくれたカップケーキや木苺のマカロンの他に、木苺のショートケーキが並んだ。……アンジェに聞いてもらったら、案の定、この木苺、壁に生えてる奴らしい。うん、まあ、有効利用してくれてるようで何より。
もっとお客さんが増えて来たら生菓子を増やす予定らしい。そうだよね。需要が分からないことには、供給が厳しい。特に、森の材料だけで作れるものって無いから、その分、材料はお金を出して買わなきゃならないし、となると、収益が出るようにしなきゃいけないし、だとすると、ロスが大きい生菓子は扱うのが難しい……。うん。
そういう点でも、日持ちするキャンディが1つの目玉になるのはいいかな、って思う。クロアさんも同意見だった。見た目がキラキラして綺麗だし、価格設定を低めにしておけば子供達が気軽に買えるし。日持ちするからロスが少ないし……。
……こうして妖精のお菓子屋さんの準備が進んだ。
妖精達がお菓子屋さんの奥の台所でケーキを焼いたりしているのを見ていたら、なんか、こう……すごかった。
妖精の魔法なのかな、飾りつけとかがとにかく早い。クッキーを袋詰めして袋の口にリボンを結んだりしているのだけれど、妖精2匹がリボンの端と端を持って、袋の周りでくるくる、と踊って回るみたいにしたら、もうリボンが結んである。すごい。魔法だ。すごい。
それから、片付けがとにかく、すごい。クリームが入っていたボウルが空っぽになったなあ、と思ったら、一瞬目を離した隙に、綺麗になっていた。
……洗ったわけでもなさそうなんだけれど、何故か、綺麗になっていた。ええと、これ、どういう仕組みなんだろうか。
それから、アンジェがちょっと、妖精っぽくなってきた。
いや、変な意味じゃなくて……その、妖精が使う魔法を、ちょっとずつ、修得してる、気がする。アンジェがくるくる踊ると、部屋が綺麗になる。埃とかが消えてしまう、というか。……あの、やっぱりこれ、どういう仕組み?
僕もお菓子作りの手伝いができればよかったんだけれど、生憎、僕が入るスペースが無かった。妖精達が飛び交う台所に入ろうとしたら、接触事故が多発しそうだったから。
その代わりに何か手伝えることは無いかな、と考えて、制服を作ることにした。
妖精達には、スポンジケーキ色のワンピースかズボンに、クリーム色のシャツとエプロン。エプロンの裾やスカートの裾、あとシャツの襟なんかにはワンポイントに苺色のラインが入っている。それに加えて、苺色のタイを付けたら完成。
リアンとアンジェには、妖精と同じデザインで人間サイズの奴を出すことにした。
……けれど、少し可愛らしすぎるデザインになってしまったから、ライラとクロアさん用に、チョコレートブラウンのワンピースにクリーム色のシャツとエプロン、苺色のアクセント、っていうパターンも出してみた。こっちの方が落ち着いた色合いだから、好きな方を選んでもらうっていうことで……。
妖精洋菓子店が開きますよ、という告知はしておいたから、オープン当日は、人が沢山来ていた。……ちょっと、予想外なくらいに。
「足りるかしら」
「売り切れ御免、ってことでいいんじゃないかな」
開店前、早速お店の前に並んでいる人達を見ながら、クロアさんはちょっと緊張の面持ちだ。……クロアさんでも緊張したりすること、あるんだなあ。
そうしていざ、開店してみたら……ええと、2時間で完売してしまった。
……来ていた人は農夫の人達だけじゃなくて、噂を聞きつけてやってきた行商の人や、この村に出店予定の人達、それからわざわざ他の町や、下手すると他の領からやってきていた人達だ。
まさか、ここまで沢山人が来るとは思っていなかった僕らは、こう……すごく、驚いてる。うん。
「開店初日だからっていうこともあるんでしょうけれど、それにしても、この数が来るのは驚いたわね……」
凄い速度でお会計をやっていたクロアさんが、そう呟いてがらんどうのお店の中で椅子に座ってちょっと溜息を吐いている。流石に疲れたらしい。
「でも、あの数が来ても大丈夫、っていうのは心強いわ。妖精さん達、働き者ね」
……けれど、あれだけの人が一気に来て、それでも大丈夫だったのは間違いなく妖精達の力だ。
包装も袋詰めも、妖精達がやってる。お客さんが選んだ品物をお会計に持って来たり、或いはお会計のカウンターで新たにショーケースの中のものを頼んだりするわけだけれど、そこからが速い。妖精達が一気に動いて、あっという間に梱包が終わってしまう。すごい。
「この調子なら、生産量を増やしても大丈夫な気がするわね。後は、今後この村の規模が大きくなることを考えて、ちょっとずつ品数を増やしていったりすればいいかしら」
クロアさんはわくわくした様子でそう言って、あれこれメモしている。森モードと秘書モードがくっついてるかんじだ。
「はあ……農作業よりも疲れるわね、これ」
「お疲れ様」
わくわくクロアさんとは反対に、ライラはくったりしていた。どうやら彼女、こういうお店で働いたことは無かったらしく、それが疲れの原因になっているらしい。分かるよ。やったことがないことをやるっていうのは、すごくエネルギーが要る。
「でも、ちょっと楽しかったわ。お花屋さんとかお菓子屋さんって、ちょっと憧れだったから」
「そっか」
ライラは疲れた顔だったけれど、それでも楽し気だった。それが何となく嬉しい。
「リアンとアンジェは大丈夫?疲れたんじゃない?」
「ちょっと、緊張した……。でも、楽しかった」
「お、俺は別に緊張しなかったぜ!それに、うん。やっぱり、楽しかった」
ライラが聞いたら、アンジェはもじもじと、リアンはちょっと胸を張って、答えてくれた。こちらも楽しかったなら何より。
「よーし。なら、また明日も頑張りましょうか!定休日は週に3日くらい設けるつもりだけれど、とりあえず明日は開業っていうことにしましょう!」
パン、と手を打って、クロアさんはそう言う。すると他の皆も、妖精達も、にこにこして頷いた。
……この調子なら、お菓子屋さんは問題なくいきそうだ。よかった。
それから、1週間。
お菓子屋さん以外のお店が、やってくるようになった。
ええと、つまり、出店したい、って言っていた人達が村に到着した。そこで早速、建物を建てる準備をしている。
……うん。
「ねえ、フェイ。僕、あの建物建てちゃ、駄目だろうか」
「おう、やめとけ……」
あの、僕がやると建物、数時間で描き上がって建つから、その……真面目に建設しようとしている人達を見ると、その、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。うん。
「ま、これで人も増えて、菓子屋も繁盛待ったなしだな!」
「うん」
そして、徐々に住民が増え始めたこの村は、段々人が集まるようにもなってきていて、その分、妖精のお菓子屋さんには人が沢山来るようになった。
「人が増えてて嬉しいんだ。どうやら、噂になってるらしくて……」
妖精が作るお菓子は美味しいから、それが噂になってるらしい。もしかしたらこれからは、もっとずっと遠くの方からもお客さんが来るようになるかもしれない!
「おう!俺も聞いたぜ?森の菓子屋には美女美少女揃いだってな!」
……うん?
「クロアさんはこれ以上ねえくらいの美女だし、ライラも結構可愛いだろ?アンジェも天使のモデルになったくらいだし、まあ当然可愛いよな。リアンは……まあ、あいつも美少女に数えられてるのかもしれねえけど。うん。あいつが美男子になれるのは数年後だろうな……」
「え、あの、ちょっと待って」
フェイが話すのを聞いて、僕は混乱する。それ、僕が聞いてる噂と違う!
「……あの、噂って、お菓子が美味しい、っていう噂じゃ、なくて?」
確認してみたら……フェイは、きょとん、とした顔で、言った。
「そりゃ、美味しいお菓子屋さんができた、っつう噂と、それ以上に、その菓子屋の店員が美女美少女揃いだっつう噂だろ」
そ、そうなんだ……。




