11話:妖精洋菓子店*2
妖精のお菓子屋さん。
それを提案したら、フェイはきょとん、として、それからけらけら笑って了解をくれた。
妖精は僕の画廊を運営してくれている実績があるし、人間の従業員を置いたっていいんだし、何より、妖精達、すごく楽しそうにお菓子を作っているから……。
うん。後は、妖精達の希望次第。
「ということで、妖精の皆さん、出店してみない?」
早速森に帰ってセレス兄妹の家に行って聞いてみたら、妖精達が、びっくりしていた。
そして、途端に、しゃらしゃらさわさわ、喋り出す。……彼らの喋る声は、やっぱり僕には、鈴が鳴ったり貝殻でできた風鈴が鳴ったり木の葉が風でさわさわ鳴ったりするときの音に聞こえる。
「え、ええと、ええと……」
その声を言葉として聞いているらしいアンジェは、ちょっと困っていた。まあ、これだけ一気に喋られたら、そうだよね……。
とりあえずそのまま、僕とアンジェは妖精達が落ち着くのを待って、それからもう一度、話をしてみることにした。
「ええと……君達はお菓子をたくさん作ってるけれど、画廊に遊びに来る人のポケットに入れるなら、クリームたっぷりのケーキとか、蜜たっぷりのパンケーキとかは、ちょっと辛いと思うんだ」
僕がそう言うと、妖精達はそろって、『その通り!』とばかりに頷き始めた。100匹以上いる妖精達が一斉に頷く光景って、こう、すごい。
「だから、妖精のお菓子を出すお店があったらいいのかな、って思って……その、君達は、多くの人にお菓子を食べさせることを望んでいないのかもしれないから、そこは相談してから、と思って今、相談しているんだけれど……うわ」
そして僕が喋り出してすぐ、妖精達が僕に向かって飛んできて、僕の指を全身でぎゅっと抱きしめるようにして、妖精式の握手をしてくれた。おかげで僕の指は、妖精がどんどんくっついて大変なことになっている。それからまた、妖精達は口々に色々喋り出すのだけれど、僕にはその言葉が分からないので……。
「あの、あのね。妖精さん達、お菓子屋さん、やりたい、って」
アンジェがそう、翻訳してくれた。翻訳されたことが分かったらしい妖精達は、背筋を伸ばして、僕を見上げて、きらきらした目で訴えかけてくる。そうか。お菓子屋さん、やりたいって思ってくれてるのか。それは嬉しい。
「じゃあ早速、お店、作ろうか。出店は南側にしようかと思うんだ。東は畑があるし、家がいきなり自分の家や畑の隣に建ったら、人は驚くから……」
どういう店がいい?と聞きながらデザインを起こしていくと、妖精達はああでもないこうでもないと、色々な意見をくれるので、それをアンジェに翻訳してもらって、僕はどんどん、デザイン案を描いていく。
……そうして、お店が1つ、出来上がった。
場所は、森の南門の近く。ここが町になったら、一等地、っていうかんじかもしれない。いや、まだ町になっていないから、何とも言えないけれど。
お店のデザインは……ショートケーキみたいなかんじ。
苺みたいな瑞々しい赤い屋根にクリーム色の壁。壁の下3分の1くらいには、スポンジケーキやカラメルやクッキーみたいな、そういう色合いの煉瓦が彩りになっている。だから、ショートケーキみたいなお店だ。
ちなみにドアや窓枠はチョコレートブラウン。ほら、ケーキの上にはチョコレートの板が乗ってるもののような気がするから。ほら、お誕生日おめでとう、とか、書いてあるやつ。……あ、でも僕、そういうケーキ、久しく食べてないな。
あ、いやでも、先生の家で、食べた。クリスマスに。『余ったからって、なんで独り身の男にクリスマスケーキをワンホール与えるなんていう残酷なことができるんだあいつらは!しかも僕はもう、ワンホール自棄食いなんかしたら胃もたれする年齢なんだぞ!分かってんのか!でもケーキには何故か無条件に心が躍ってしまう!ひゃっほう!』って楽し気に憤る先生と一緒に。勿論、チョコレートの文字は『お誕生日おめでとう』じゃなくて『merry Xmas』だったけれど。
……そんなお店の周りは花畑になっていて、お店の後ろには大きな木も一本生えている。木の中にはうろがあって、そこが妖精達の休憩所になる予定。
お店の奥は調理場。かまどやオーブンが設置してあって、お菓子を作れるようになっているし、お風呂の原理で水道もできている。……あ、森の村、水道工事とかした方がいいだろうか。湧き水ぐらいなら出せるから、井戸をちゃんと作った方がいい気がしてきた。後でフェイと相談してみよう。
……お店の表側は、チョコレートブラウンの床の上、同じ色の棚が壁際にあって、そこにクッキーとかマドレーヌとか、そういうものを陳列できるようになっている。
そしてその先にお会計のカウンターと、生菓子なんかを置くためのガラスのショーケースがある。最初は小規模に始めるだろうから、後からショーケースを増やせるようにしてあるけれど、今は小ぶりな奴があるだけだ。
……妖精達の希望としては、将来的には店舗内でお菓子を食べられるようにしたいらしいのだけれど、ちょっと、飲食店を経営するにはまだ村の規模が小さすぎると思うから、それは追々。
でも一応、将来的にカフェにできるような建物は併設してある。そっちはチョコレートみたいな色合いのお店だ。ドアや窓枠はホワイトチョコ。
「当面は1週間に1回くらいの出店頻度でいいと思うのよね。あんまりいきなり動き出しても調子も分からないだろうし」
「うん」
そして、お菓子屋さんの計画は着々と進んでいく。
「お客さんはどのくらいかしらね。観光客だって、そこまで大量には来ないでしょうし。主なお客さんは農夫の皆さん、ってことになるのかしら……?あ、お店ができるならその人達もね。あと、行商に来る人はこれからも増えていくでしょうし、町から町への移動のついでに寄ってくれる人も居るかも」
……農夫の人達、お菓子、買うだろうか?うーん、ちょっと疑問だけれど、まあ、いいか。とりあえず、1日に数人はお客さんが来る予定なんだし、当面はそれで様子見っていうことで……。
……あれっ。
「あの、クロアさんがお店の経営、するの?」
ちょっと気になって聞いてみた。だって、さっきからクロアさん、すごい勢いでペンを動かして計画を書いている。それを妖精達とアンジェがうきうきしながら見ているのだけれど……。
「ええ。まさか、妖精達とアンジェだけに任せるわけにはいかないし。いずれは従業員を雇うかもしれないけれど、当面は私とライラとアンジェが働くことになるわね。リアンが良ければ、彼も使っちゃおうかしら……」
……リアンは手紙の運搬と馬の世話が仕事になっているけれど、手紙の運搬は彼の鸞や氷の小鳥に頼んでも大丈夫だと思うし、彼がやりたい方をやってもらえるといいと思う。いや、僕としてはリアンが働かなくてもいいと思うのだけれど、それだと彼は納得しないみたいだから……。
「……ということで、トウゴ君」
「はい」
改まってクロアさんに向き直られたので、僕もクロアさんに向き直って姿勢を正す。
すると、クロアさんは、真剣な顔で、言った。
「……あのね。私も、外に出られるようにしてほしいのだけれど」
……あっ。
そうか。壁、出してしまったから……クロアさんが、外に出られなくなっている!
「ラオクレスはいいのよ。アリコーンに乗って出てるから。フェイ君も召喚獣で出入りできるし、リアンとアンジェも鸞で出入りするわね。あなたは鳳凰。ライラは出入りの必要がある時はペガサスを借りているみたいだけれど……」
……うん。そうだった。クロアさん、召喚獣が居ないから、外に出られない!
馬はクロアさんによく懐いているし、一部の馬なんかはクロアさんの熱狂的なファンなのだけれど……逐一、馬に飛んでもらうのも面倒だろうなあ、と思う。うん。
「分かった。何か召喚獣、出そうと思う」
「ごめんなさいね、あなた、病み上がりなのに」
「ううん。大丈夫」
ラオクレスのアリコーンやフェイのレッドドラゴンを出した頃よりずっと魔力が増えているし、どんな生き物だって、そんなに負担にならずに出せるはずだ。前みたいに寝込まなくてもいいはず。
「それで、どういうやつにする?」
「そうねえ……」
クロアさんはちょっと考えて、それから、ちょっとうきうきした顔になった。
「ラオクレスみたいに、お馬さんでもいいわね。馬は好きだし……この森にいたらもっと好きになったわ」
「うん」
それは嬉しい。
「でも、あんまりアリコーンばっかりになっても良くない気がするのよね。今、この森のお馬さん達って、ラオクレスのアリコーンがまとめ役になって動いているようなところ、あるから。まとめ役が2頭居たら、ちょっと良くないのかも」
なるほど。馬のことを考えると、アリコーンは止めておいた方がいいか。……馬自身は、可愛い末っ子ができてまた喜ぶと思うけれど、確かに、ラオクレスのアリコーンがまとめ役をしているみたいだから、統率を乱すっていう点ではあんまりよくない。
「それから、鸞や鳳凰みたいな子もやめておいた方がいい、かもしれないわ。私の大きさじゃ、鸞に乗れないからあなたみたいに脚に掴まっていくことになるでしょう?そうすると片手が塞がるから……その、万一、隠密の方の仕事をすることになったら、ちょっと……」
……『ちょっと』の先は、何なんだろう。ええと、そもそも隠密の仕事っていうのは、何だろうか。いや、聞かないけれど。クロアさんが言いづらそうにしているから、聞かないけれどさ。
「……ええと、じゃあ、壁に穴、開ける?鍵付きのドアとかつけて。或いは、壁の下を通る地下道をお菓子屋さんに繋げるか……あ、でもどっちにしても移動するための足は必要だよね」
「そうね。それにやっぱり、飛べた方が嬉しいわ。だって、飛べたらあなたがまた鳥さんに攫われてしまってもすぐ取り返しにいけるもの」
鳥に攫われた時のこと、まだ根に持ってるんだろうか……。あの鳥のことだから、根にもたれていてもまるで何も気にしなさそうではあるけれど。
「なら、クロアさんの両手が空くような空飛ぶ生き物、だよね」
「ええ。それからできれば、小さめの生き物の方がいいわ。かさばるとなると、ほら、ちょっと……」
……またしても、『ちょっと』の先が気になるけれど、まあ、うん。気にしないことにしよう。
そうして、僕はクロアさんとああでもないこうでもない、と協議を重ねて……その結果、クロアさんの召喚獣が、決まった。
協議の結果、決まった召喚獣は……ええと、蝶。
ちょうちょ。
クロアさんの召喚獣は、ちょうちょ。大きい奴。
そういうことに、なった。