10話:妖精洋菓子店*1
目が覚めたら、水晶の小島だった。
龍の寝床だ。水晶でできたゆりかごみたいな形のベッドの中に毛布が敷き詰めてあって、そこに僕は寝かされていた。
ベッドの中には管狐と鳳凰が一緒に入っていたし、ベッドの横には鳥がのんびり構えていた。ちょっと起き上がろうとすると、龍がさっとやってきて、僕をベッドに戻した。……いや、そんなことしなくても、多分、僕、今の力の入り具合からすると、自力で起き上がってベッドから出るの、厳しいんじゃないかな……。
……うん。
「ええと……僕、今回は何日、寝てたんだろうか」
聞いてみるけれど、龍も管狐も鳳凰も鳥も、答えてはくれないので、ちょっと分からない。
水晶の小島は夏場はひんやりして冬場はぬくいから、感じる気温から季節を読み取るのも難しい。ええと、でも、そんなに時間が経っている気はしないんだけれどな。
「あの、ちょっと、フェイかラオクレスが居たら呼んできてほしいんだけれど……」
僕が鳳凰にそう伝えると、鳳凰はちょこっと頷いて、そのまま飛んで行った。ありがとう。
……そして僕はまた、ベッドの中で、毛布を被ったまま、誰かの到着を待つことになる。
少ししたら、ラオクレスがアリコーンで飛んできた。いい加減、僕がこうやって魔力切れになるのに慣れたらしくて、ちょっと呆れ顔だ。けれど、呆れ顔をしながらほっとしたような顔もしているので、ちょっと、申し訳ない。
「あの、ラオクレス。おはよう。僕、やったよ」
「ああ。知っている」
早速報告したら、ラオクレスに笑われてしまった。……そっか。まあ、僕が寝ている間に、門の確認ぐらいするよね。
「門、ちゃんと動いてる?大丈夫だろうか、僕、よく確認しない内に寝てしまったから……」
「まあ、特に問題は起きていない。俺も使ってみたが、支障なく使えた。ただ勿論、周囲には驚かれているが」
うん。農夫の人達、すごくびっくりした顔、してた。驚かせてしまったのは申し訳なかった。
「……だが、門ができたおかげでレッドガルド領の流通が大分捗るようになったとフェイが言っていた。トウゴが起きたら伝えておいてくれ、とも」
……そっか。役に立ってるなら、嬉しい。思わず顔が緩む。
「そして、お前が魔力切れになっていた日数だが」
顔が緩んでいる僕を見て、ラオクレスは苦笑しながら、結果発表をしてくる。
そして、その結果は……。
「2か月だ」
……うわあ。
「……おはよう、じゃなかった。おそよう、だった」
「そうだな。おそよう、だな」
うん。おそようございます……。
「ええと……2か月の間に、何か、あった?」
ちょっと緊張しながら聞くと、ラオクレスはちょっと考えて……それから、指を折りつつ、教えてくれた。
「まず、門ができた」
「うん」
作ったのは僕だから、それは知ってる。
「それに伴って、周囲が驚いたな」
「うん」
それも想像はできる。
「……突如として生まれた古代魔法の門が、話題になった」
……それもまあ、想像してたよ。うん。
「王家の使いが視察に来た。ただ、見てもまるで仕組みが分からないらしくてな。本当に見るだけ見て帰っていったようなものだったが」
「それ、フェイ達は大丈夫だったんだろうか」
「ああ。フェイ達は『精霊様がやったことなので』を貫き通しているからな」
うん。そうです。精霊が勝手にやってるだけです。
「それから、王家の使いが来て、ただ帰っていった後からだが……」
……うん。
「ここが観光地としても栄え始めた」
……うん?
「ここが、観光地として……?」
「……勿論、森の外が、だが」
あ、ああ、そうだよね。びっくりした。この水晶の小島にも人が来たりしているのかと思って、ちょっと焦ってしまった……。
「そもそも森の中には誰も入れないだろうな。門が繋がっているのは門同士だけだ。森の中へ入るには壁を超えるか、門の中央の建物を破壊して出るかしかない」
うん。そっか。頭の中の森を見てみても、やっぱり森には誰も侵入していないようだから、それはよかった。
「……で、観光地になったっていうのは」
「ああ。……森の周りにいきなり壁ができたことといい、今回、古代魔法の門が突然現れたことといい、学者達の視線を集めている。それから、精霊信仰の聖地になっているな。ここは」
……精霊信仰?そ、それって……ええと、あの、僕、精霊なんだけれど……僕が信仰されている?
「精霊の森で突然の異変だ。当然、精霊の御業だと専らの噂になっている。となると、精霊を信仰する者達にとっては、一生に一度見られるかどうかという精霊の力の顕現を見に行かない訳にもいかないだろう」
いや、確かに門も壁も僕のせいだけれどさ。けれど、それで、信仰って……なんというか、いたたまれない。
いたたまれない気持ちでいたら、ラオクレスはまたちょっと笑っていた。笑い事じゃないよ。僕、信仰されてしまっているのは流石にちょっと、居心地が悪いよ。
「まあ、そうやって近隣から見物に来る者が増えた。人が集まったら、また人が増えて……元々、レッドガルド領の領民ですらこの森には近づかなかったようだが、今や、暇な領民はこぞって森を見に来ている」
……うん。改めて、これ、段階的にやったりしなくてよかった。視線を集めてしまうのは一気に済ませるべきだよね。あとはちょっと大人しくしておけば、きっと大丈夫だと思う。けれど……うーんと、観光地、っていうのは、ちょっと予想外だった。
「人が集まれば商業が発達する。見物人目当てに屋台の店が出始めている」
屋台。屋台か。なんかお祭りみたいだ。いや、実際、お祭り騒ぎなのかもしれないけれど……。
「そして、屋台の出店許可を、現在はフェイがお前の代理ということで出している」
それ、いいんだろうか。僕がフェイの代理なんじゃないかな。フェイが僕の代理って、なんだかおかしくないだろうか?
「まあ、この2か月で起こったことといえば、そんなところか。他に何かあるか?」
ラオクレスはこれで説明は終わり、とばかりにそう言う。……いや、気になることは沢山あるんだけれど、でも、言わなきゃいけないのはまず、これだと思う。
「……あの、僕、2か月も寝てしまっていたけれど、本当に、森は大丈夫?それから、皆に迷惑、かけてるよね。ごめんなさい」
言っても仕方ないよな、とも思うのだけれど、言わないっていうのもあんまりだと思うから、言う。
するとラオクレスは、面白そうににやりと笑った。
「森は心配ない。迷惑は無い訳ではないが、お前がずっと寝ていると寝かしつける手間が無いからな。俺はむしろ、楽をさせてもらっていたが」
冗談なんだか本気なんだかよく分からないことを言われてしまって、僕としては安心すればいいのか、怒ればいいのか、恥ずかしがればいいのか……うーん。
「……まあ、気にするな。案外楽しくやっている。フェイも生き生きしているように見える。実際、門は役に立っている。早速、レッドガルド領内の行き来は森を経由するようになってきたらしい。……お前が心配するようなことは何も起きていない」
「……うん」
申し訳ないなあ、と思いつつ、役に立っている、と言われて、ちょっと嬉しい。今まで森を避けてぐるっと遠回りしていた人達が、ちょっとでも楽をできるといいな、と思う。
「ただ、お前が居ないとどうにも、落ち着かん。……早く体調を戻せ」
「うん」
申し訳ないから、元気になろう。早く元気になって、また働こう。沢山役に立てると嬉しい。この森の周りがどんどん変わっていくのも楽しい。それから、描きたいものはたくさんある!
ということで、僕はリハビリを始めた。
……とは言っても、何せ、2か月寝ていた体は、本当に動かなくて……起き上がるのもちょっと辛かった。
不調の原因は単純にずっと動いていなかったから、というだけじゃなくて、どちらかと言えば魔力不足のせいらしい。
だからか、龍は毎日毎日、僕に例の木の実を飲ませに飲ませてきた。そして僕が動けないのをいいことに、僕のお腹の中を弄って遊んでいた。ぎりぎりまで放っておかれたり、何でもない時に突然いっぱいにされたり。……こいつ、他人の膀胱を何だと思ってるんだろう……。
しばらく、僕は龍の木の実と時々竹の実、あと湖の水、という食生活で過ごすことになった。なんというか……人間の食べ物を食べさせてもらえなかった。
リハビリがてら、パンを描いて出して食べようとしたら、パンが出てきた途端に鳥が飛んできて、パンを掻っ攫ってしまった。しょうがないと思ってもう一個描いたら、また掻っ攫われた。……こうして僕は、鳥のおやつを出しただけになってしまった。鳥が満腹になってキョンキョン鳴いてるのがまたなんとも小憎たらしい……。
こんな生活を送っていたら、1週間くらいで歩けるようになって、2週間くらいで大体元の体に戻った。多分これ、水晶の小島に軟禁されていたから2週間で戻れたんだと思う。魔力を注がれて注がれて、このスピードで回復できたんだろうな、と思うから……意地悪な龍にも小憎たらしい鳥にも、文句は言えない。うん。しょうがないね。
「ただいま」
2か月半ぶりの家は、なんというか……やっぱり、落ち着く。特に、そこでクロアさんとライラがお喋りしながら料理をしていたり、アンジェが妖精達と遊んでいたり、リアンがラオクレスに文字を教わったりしているのを見ていると、ああ、帰ってきたな、っていうかんじがする、というか。
「ああ、おかえりなさい!」
クロアさんは僕を見てすぐ、小走りに駆け寄ってきて、ぎゅ、と、僕を抱きしめた。……や、柔らかい!落ち着かない!
「全くもう!本当に、あなたは……まあいいわ!心配したけれどその分、楽しんでもいるから、文句は言わないでおいてあげる!」
「うん。ありがとう」
クロアさんは僕を放すと、ふと、ラオクレスの方に向き直った。
「ねえ、トウゴ君には普通のもの食べさせない方がいいかしら?」
「だろうな。消化に良いものを少量与えるだけにした方がいいだろう。……どうやら、精霊としての食事を摂らされていたようだ」
うん。龍の木の実と竹の実と水だった。……よくよく考えると、あれしか食べていなかったのにお腹が空かなかったって、すごいな。魔力のおかげなんだろうか。それとも僕が精霊だから……?僕自身の変化だとしたら、ちょっと怖い。
「そうね。じゃあ、柔らかく煮たスープなら大丈夫かしら。……あとはミルク粥にしましょうね」
「あの、僕、パンにハムとチーズ挟んだやつが食べたいのだけれど」
「それはもうちょっとしてからね。だってあなた、今、本当に人間っていうか精霊様っていう雰囲気なんだもの。ちょっとずつ、人間に戻りましょうね」
……それ、どういう雰囲気なんだろうか。食べ物を食べなかったら人間っぽくなくなるってことだろうか。
あれ、もしかして僕、痩せてしまった?……元々あんまりないのに。ちょっとショックだ。
結局、僕がハムとチーズのパンを食べられるようになったのは、それから3日してからだった。それまでは頑なに、お粥とスープだった。
……ただ、このお粥、割と美味しかった。荒く挽いた麦を煮て柔らかくした奴なのだけれど、これが結構美味しくて、それは幸いだったと思う。また1つ、僕の好きな食べ物が増えたのも嬉しいことだ。
そして、僕がお粥とスープの生活から戻って少ししたら……枝豆!
枝豆が、お供えされるようになった!
これは嬉しい!とても嬉しい!僕は枝豆が大好きだ。塩茹でした奴を濃すぎる麦茶と一緒に食べるのがすごく好きで、だから、僕、夏は割と好きだ。暑いよりは寒い方が好きなのだけれど、でも、枝豆もトマトもあるから夏も好きなんだ。
「嬉しいなあ、枝豆……」
鳥も枝豆を気に入ったらしくて、僕と一緒に紙の上で剥き身になっている枝豆を食べつつ、ちょっと満足げに目を細めていた。枝豆仲間ができた。これも嬉しい。
僕が枝豆を食べられるようになってから、2日。
僕は農夫の人達の様子を見に行って、そこで畑を手伝おうとしたら……慌てて止められてしまった。僕の仕事じゃない、ということらしい。ええと、その、申し訳ない。素人が触っていいものじゃないよね、こういうの……。
……それから、今日のお供え物は枝豆じゃなくて蒸かした芋の予定だと聞いたので、ちょっと寂しかった。いや、芋も好きなんだけれど、枝豆が大好きなので。
けれど、そんな僕を見ていた農夫の人達が、『精霊様のお供えは芋じゃない方がいいですかね?』って聞いてきたので、『お芋もいいけれど枝豆がいいと思います』って伝えてきた。そうしたら枝豆がお供えされることになったので、とても嬉しい。枝豆!
それから、農夫の人達にそれとなく門の具合を聞いてみたら、ちょっと興奮気味に『すごく便利だ』ってたくさん話してくれた。
この畑では、もう作物が収穫できているから、それをどこかに運んで売らなきゃならない。ここからだとレッドガルドの町が近いのだけれど、森に門ができたから、南の町にも売りに行けるようになったんだそうだ。むしろ最近では南の町の方からわざわざ作物を買い付けに来てもらえるようにもなってきていて、すごく助かってるらしい。
あと、純粋に人が来るようになって、この森の村がちょっと便利になった、っていうのも大きいそうだ。交通の便が良くなったから、レッドガルド領内を行き来している行商が森の村を通ることになって、日用品とか買えるようになったらしい。あと、観光客向けの屋台の食べ物を食べるのが楽しみだって話してくれた。
色々聞いて、ちょっと安心した。急に門を作ってしまったから、彼らの負担になっていないかは少し心配だった。
でも、門は受け入れられているようで……うん。よかった。
農夫の人達がその日の昼食の準備をしていたので、僕も枝豆の下処理を手伝っていた。先生の家でやっていたから、そこらの人よりも枝豆の処理は速い自信がある。けれどこの世界の人達、そもそも枝豆を茹でるときに鞘の端っこを切り落とすっていうことをしないみたいで……あと、どうやらこの世界の人達、茹でる前に鞘から豆を出して茹でているらしいので、折角だから僕の世界式のやり方を布教してみている。
……そうやって一鍋分の枝豆を処理して、茹でて、農夫の人達と食べていた時。
「おーい!トウゴー!」
フェイがレッドドラゴンで飛んできた。
「ちょっとこれ、読んでくれるか?」
フェイが持ってきたのは、書類だった。渡された紙を1枚1枚、読んでいく。
……それは、レッドガルド家に宛てて書いてある、出店許可願だ。
「ってことで、レッドガルドの町の方からちょっとこっちに出店したいって奴らがいるんだけど、いいか?屋台じゃなくて出店、ってことらしいんだけどよ」
「フェイがいいと思う人達ならいいよ」
お店か。ということはこの村、いよいよ村っぽくなってくるんだ。……ちょっとわくわくする。
「おう。身元の確認はちゃんとできるようなところだし、そこは問題ねえな。森の周りが賑わっちまうのは、大丈夫か?」
「うん。もしうるさかったりするようなら、壁に防音素材を導入するから」
……とは言っても、今の状態でも、結構防音している。壁が分厚いのもあるけれど、壁の外側に這わせた野ばらと木苺が消音材になっているらしい。森の動物達からも好評だ。
「それで、これが今回出店したいって言っているお店だよね」
「おう。……他に誘致したい店があったら言ってくれよ。領内だけじゃなくて、他の領からも結構ここ、注目されてるんだぜ」
そっか。なら今の内に村興しするといいのかな。うん。
……渡された書類を改めて読んでみると、出店希望のお店のリストがあった。
衣料品店、乳製品を扱うお店、肉屋、パン屋、といった生活用品のお店が多い。本屋とか画材屋とかは無いな。……うん、まあ、しょうがないけれど。
「どうだ?他に出したい店、あるか?」
「画材屋さん」
「……うん、そっか……まあ、トウゴだもんなあ……」
「でも、ずっと後でいいよ。画材屋さんはもっと人が増えてからにした方がいいと思う」
とりあえず希望は伝えた。けれど、需要がまだ全然無いだろうから、無理にとは言わないよ。うん。流石に今の段階で画材屋さんを誘致してくるのは流石に我儘だ。
……それで、その代わり、っていうわけじゃ、ないんだけれど。
「あの、フェイ」
「うん?」
僕は、『出したいお店』を提案することにする。
「妖精のお菓子屋さんが出たら、まずいだろうか」




