6話:森と村、そして壁*5
それから僕は、天馬に乗って空を飛んで、森を見下ろして、ざっと絵を描いた。
それは、森全体の設計図。これからこうしていくぞ、っていう、最終的な森の様子を描いてみた。勿論、実体化させることが目的じゃなくて、自分の考えをまとめるための絵だ。
……森の周りは、ぐるりと壁で囲む。ちょっと物々しい雰囲気になってしまうけれど、これはしょうがない。森の周りに人が増えるなら、森の神秘性……っていうか『森は不可侵』っていう感覚が薄れてしまう。だから、これからもっと増えていく人から森と森の生き物達、そして、『神秘性』を守るための壁だ。
壁の材質は、古びた石材。森の景観を損なわないようにしたかったから、石材は、結界の遺跡を作っているものに似たものにする。文様を掘りこんであったりして、古めかしくて丁寧な造りの壁にするつもりだ。
そして、その壁はほとんどが植物に隠れてしまう予定だ。蔓性の植物を這わせて、壁の下の方3m分ぐらいはちょっとした生垣っぽくしてしまう予定。使う植物はちょっと迷ったけれど、とりあえず、野ばらと蔓性の木苺にした。棘があるから侵入者を阻んでくれるし、何より……花が咲いて綺麗だったり、実が美味しかったりするから。
壁は、人を阻むだけの壁であってほしくない。目を楽しませたり、食べて美味しかったりする壁だったらいいな、と、思ってる。
壁はそんなかんじにすることにして、その壁をくりぬくみたいに、門を4つ、造る。
森の東西南北に向いた門で……それぞれの門から見える景色は、門が付いている壁の向こう側、じゃなくて……部屋の中、だ。
「要は、四方の門から入った時、森の真ん中に設置する建物の中に出るようにしたいんだ」
僕は、描いた絵を元に、皆に説明する。フェイは僕が『3日以上寝るかもしれない』って言っていたこともあってか、すごく真剣に聞いてくれている。
「その建物の中からは、それぞれ好きな門へ出られる。そうすれば、森を一気に突き抜けるだけじゃなくて、横へ抜けることもできて便利だと思うんだ」
僕が説明すると、皆、納得したように頷いたり、はたまた首を傾げたりしている。
「門の交差点……ええと、全部の門が繋がっている建物の中は、こういう風に一方通行にして、くるくる回りながら目当ての門に向かえば馬車同士がぶつかることも無いかと思う」
続いて、建物の中の絵も見せる。大きな円形の部屋の四方に、門があって、それぞれ森の四方と繋がっている。そして、部屋の内側を外周に沿ってぐるぐる回りながら進むようにする。ロータリー式の交差点みたいなかんじに。
「ただ、門の大きさは決めなきゃならないから、どうしても通れるものの大きさは限られてしまうけれど……とりあえず、レッドドラゴンを上限にするつもり。……どうだろうか」
一通り、僕が作りたいものを説明してみたら、皆から何とも言えない反応が返ってきた。
「そ、そうかあ……なんか、急にでっけえ話になってきたなあ」
「……お前が森の精霊だったということが、今、実感できた」
「中々人間離れした案だわ。そうよね。あなたって精霊様なんだったわ」
……要は、ちょっと驚かれたらしい。うん。反対されている訳ではないからいいけれど、手放しに歓迎するには規模が大きすぎる、みたいなかんじらしい。
「……つまりこれ、古代の魔法の再現ってことになるのよね?」
「うん。リアンから、瞬間移動する魔法があったって聞いたから」
リアンの方を見ると、リアンは『俺?』というような顔をして僕を見た。そうだよ。君だよ。
「じゃあ、トウゴ、古い魔法、復活させるのか?」
「まあ、そういうことになるのかもしれない」
レッドドラゴンだって絶滅したものを復活させられたんだし、多分、魔法だって生き返らせられるよ。きっと。
「あの、妖精さんは、森がぐるってカベでかこまれるの、いいよ、って言ってるの。お馬さんもそれがいいって。別に外に出るつもりはないから、って」
「うん。……ええと、一応、他の森の生き物達にも許可は貰ってる。今の森よりも森を大きくする必要は無いし、今の森が保たれるなら壁ができた方がいいよね、って」
この森、上空から見ても王都3、4個分ぐらいの面積があるし、広さとしては十分すぎるくらいだ。だから、森をこれ以上拡張するよりは、今の大きさで囲ってしまった方がいい、と、いうことらしい。
……ちなみに、特に壁の設立を喜んだのは、鳥。何故って、壁ができても飛べる鳥には関係が無いし、森を守る防壁になるし……その壁が、城壁、っていうかんじで気に入ったらしい。まあ、この森、この鳥のお城みたいなものか……。あ、ということは、森の壁の外にできる町は、城下町……?鳥の……?鳥の城下町……?
「ということで、どうだろうか。これ、やってもいい?」
僕がそう、相談すると……フェイは、ちょっと曇った顔をした。
「レッドガルド領の領主の息子としては、大歓迎だ。これがちゃんと動くんだったら、とんでもなく効率がよくなる。森を突っ切るどころか、右にも左にも移動し放題なんだろ?なら、これから森の周りに町を広げていくことを考えても、すごく助かる話だ」
うん。そう思ってくれているなら、嬉しい。……けれど、フェイは、嬉しいばかりじゃない、っていう顔をしている。
「……ただ、な。『フェイ・ブラード・レッドガルド』じゃなくて、ただの『フェイ』としては、ちょっと心配なんだよ」
「うん」
「これ、すっげえけどさ。これの代償はお前の魔力切れだろ?」
うん。まあ、多分。
「……お前の命に関わるようなこと、させたくはねえんだよ」
……そっか。
そう思ってくれているのは……分かる。うん。分かるよ。分かるようになった。
けれど、それでも……やってみたい気持ちが、ある。
「とりあえず、畑と町ができた以上、森の周りには壁が要る、と思う。ここの農夫の人は皆ほとんど森を畏れてくれてるけれど、今後来る人も全員そう、とは限らないし」
「そうだな……」
「だから、とりあえずまずは壁だけ、やってみていい?門については、その後にするよ。それから門についても、ある程度実験してからにする」
僕がそう申し出てみると、『まあ、とりあえず壁なら……』みたいな顔をされた。うん。とりあえず壁は描くことに決めた。
……けれど、門については、まだ、ちょっと反対されている。特に、フェイに。
「……どうしてそこまでしようとしてくれるんだ?古代魔法の門なんて作っても、お前や森には特にいいこと、ねえだろ?そうだ。森自体にもいいことがねえ。……なのにお前、魔力切れになってまで門を創るのか?」
「うん」
フェイの問いかけにしっかり頷く。僕の気持ちは固いよ、と、伝えるために。
「僕だって、この森だって、恩返しがしたいんだ」
「この森はずっと、レッドガルド家に守ってもらってきた。精霊の森だなんて言ったって恩恵は無かっただろうし、むしろ邪魔だったと思う。それでも、レッドガルド家の人達にずっと、守ってもらってて……」
そうだ。この森ずっとずっと、守ってもらってた。
レッドガルド家が始まって、この領地を当時の王様から半分嫌がらせみたいに預けられて、不可侵の森をど真ん中に抱えながら、でも、この森を拓くようなことは全然しないでいてくれて……レッドガルド家の人達は代々、この森を大事にしてくれた。
領地ごと、この森を守ってくれた。領地に攻め込まれた時も森を捨てずに無理な陣形で戦ってくれたし、他の領地と交換する話が出た時にも断ってくれた。この森には精霊が居るから、って言ってこの森が拓かれるのを阻止してくれた。絶対に不便だろうに、森を開発しようとはしなかった。
時には身の危険を顧みず、森の生き物を守るために密猟者と戦ってくれたり。……ずっと、この森は助けられてきたから。
そういう話をしたら、フェイは……首を傾げる。
「……ん?トウゴ、お前、そんな昔のこと、よく知ってるな?俺ですら知らねえぞ、そんな話。親父か兄貴から聞いたのか?」
え……?あ、うん。本当だ。言われてみれば、聞いたことのない話、いくつか知ってる気がする。あれ?
変だな、と思うのだけれど、でも、そういう話はちゃんと僕の頭の中にある。なんでだろう、と思ってよくよく考えてみたら……頭の中で森がわさわさ揺れてる。あ、これか。
「その……多分、なんとなく、分かるんだ。森が、そう僕の頭の中で言ってるっていうか、頭の中で記憶してる、っていうか、僕が、言ってる……あれ?僕は森……?」
「待て待て待て待て、お前はトウゴ!お前はトウゴだ!トーウーゴ!戻ってこーい!」
あ、うん。戻ってきた。僕は僕。森は森。でも僕は森だし森は僕だ。うん。大丈夫。戻ってきた戻ってきた。
「ええと……だから、恩返ししたい。まずは、この森の精霊として、レッドガルドの子孫に。あの、森をずっと守ってくれてありがとう。これからは、森は自分で自分を守るし、レッドガルド家から受けた恩はちゃんと返す」
僕は、ちゃんと、今代レッドガルド家の人に伝えなきゃいけない。
「幸い、今代精霊の僕には、ものを作る力がある。維持していくだけなら後代の精霊にもできるだろうし、問題はないと思うんだ。それでレッドガルド家や、レッドガルド領に住む人達の役に立てるなら、是非、やりたい。僕らはあなた達の邪魔にならないようにしたいし、あなた達の役に立ちたいんだ」
……僕がそうフェイに伝えると、フェイは……ちょっと、首を傾げた。
「お前……その、なんか、精霊っぽくなったなあ。本当に大丈夫か?どうした?」
え、ええと、なんでだろう。
……あ、もしかして、森と森の外の境目がはっきりしてきたから、だろうか?
こう、畑ができたことによって、森と森の外の境目が、くっきりした。だから僕の頭の中にも変化がある?うーん……まあいいか。別に、悪いことじゃない、と思う。うん。
「その、お前、精霊っぽくなっちまってるけど、本当にそれ、お前の意思か?その、森が反対してないってのは今ので分かったんだけどよ、トウゴ・ウエソラ本人としては、魔力切れになってでもやってみたいって、思ってるのか?」
「ええと……うん」
フェイに言われて、頭の中を切り替える。僕は人間。僕は人間。それで、僕は……絵描きだし、絵を描くのが大好きな人間!
「僕個人も、フェイやフェイのお父さんやお兄さん、皆に助けてもらってる。だから、恩返しがしたい。お世話になった分、できることがあるなら助けたい」
まず、前提として僕の中にある気持ちを伝えると、フェイはちょっと、照れたような顔をする。
「あと……その、描いてみたいんだ。試してみたい。僕の絵で、魔法を描けるかやってみたい」
絵にできないものが出せないっていうなら、絵に描けるものは全部出してみたい。
自分の絵の技術で、どこまでいけるか確かめてみたい。
「失われてしまった古代の魔法を蘇らせることができるか、やってみたいんだ。だって、僕は、絵を描くのが大好きな人間だから」
「……そっか。いや、お前がそう言うなら、もう、止められねえけどさ」
フェイはそう言って、ちょっと迷ったような顔をして……それから、にっ、て笑って、僕に手を差し出した。
「じゃあ、よろしく頼むぜ。一丁、すげえ魔法の門、創ってくれよ。森の精霊様で俺の親友なトウゴ!」
「……うん。ありがとう、レッドガルドの子孫で僕の親友なフェイ!」
僕は差し出された手をしっかり握って……すごく、やる気が湧いてくるのを感じた。
描くぞ、描くぞ。とにかく描くぞ!
……ということで、壁を建設する。
下描きして、下塗りして、細部を描き込みながら……これらの作業、全部、上空から行った。
上空からじゃないと、森の全貌を見下ろせない。見ながら描きたかったから、ラオクレスと一緒にアリコーンに乗って、それで上空から森を見下ろして描いていた。いや、ほら、龍があんまりにも上空に出てくると、村の人達が驚くから。アリコーンならまだ馬だから、まだ、そこまでは驚かれないし。
ただ。
「……そろそろ降りるぞ。休憩だ」
「え、あ、もうちょっと……あああ、アリコーン!もうちょっと待ってよ!」
このアリコーン、ラオクレスタイマー付きなので、制限時間がある。……強制的に地上に下ろされて、休憩させられてしまうので……効率はあんまり、よくないんだよな……。
でも、安定するんだ。他の天馬よりもずっとずっと、安定してぴたりと空中で静止してくれるから、絵を描くならやっぱり、アリコーンの上がいい……。
壁を粗方描き終わったら、森の精霊として生き物達に伝達。『今から壁を生やすから、あんまり森の縁に居ないでね』と。
森の中で生き物達がちょっと中心寄りに避難したのを確認してから、僕は、最後の一筆を描き込んだ。
……すると、画用紙の上で絵がふるふる震えて、ふわっ、と広がっていって、広がって、広がって、色のついた靄のようなものが森の周囲を囲んでいって……。
靄は固まって、そのまま、壁の形になった。
古びて尚、頑丈な石材。絡みつく野ばらと木苺。そこに咲き乱れる花。
高く高く、高さ20mぐらいの壁が生まれて、ぐるり、と森を取り囲む。
……こうして森は、城壁を備えることになった。
いや、城壁っていうか、森壁?鳥の城の壁だから城壁ってことでいい?……あ、折角だし本当に城も作ったら城壁ってことでいいのかな。じゃあ、森に城、建設しようかな……。
そんなことを考えていたら、ふと、意識が遠のいていく。
眠い。
……ちょっと抵抗しようとしたけれど、駄目そうだったので、僕は諦めて寝ることにした。おやすみなさい。