4話:森と村、そして壁*3
「……思ってたより多かった」
僕、てっきり、精々10人とか、そういう規模の話だと思ってた。なんだよ、100人って。応募者100人って。
「そりゃ、うちの領地始まって以来の改革だしな。俺達としても気合は入るぜ?んで、広告も気合入れた。そしたら100人集まっちまった!」
そ、そっか。そうだよね。この森、周りの土地も含めて、ずっと不可侵の森だったんだもんね……。気合、入るよね……。
「応募人数に関して言っちまえば、まあ、王都直轄領の奴らはほとんど全員応募してきてるしなあ……」
フェイはそう言って、ちょっと唸った。
「……結構、深刻らしいぜ?王都の直轄領」
「そうなんだ……」
100人も一気に引っ越しの決意を固めてるってことなんだから、相当すごいことになってるんだろうなあ、とは、思う。想像が今一つ及ばないところではあるけれど。
「それに、近隣の領地にも被害が出てる。霊脈1本潰しちまったなら、そりゃ、色々あるよな」
「うん……」
……王家の人がやったことで王家の人が困るのは、その、しょうがないと思う。ちょっと意地悪かもしれないけれど。
でも、何もしていない周りの人達にまで迷惑が掛かるのは、よくない。
「ってことで、こっちの規模がでかくなるようなら、何なら、この調子で第二次、第三次の入植希望者も募集しようと思ってるぜ。まだまだ希望者は出てくるだろうし、今、王都の直轄領とかで粘ってる農夫も、今年の冬前にはもう、見切りをつけなきゃならなくなるだろうしな……」
……そ、そっか。なんだか大変な話になってきてしまった。
畑の規模を大きくしないと、100人どころか、もっと多くの人があぶれてしまう。だから、僕は畑を大きくしなきゃならなくて、ええと、そのために森の周り、もっと耕す?ええと、ええと……。
「ってことで、100人の中から何人か、選定しねえとな。給金がいい分、色んな奴が来てるし、流石に全員雇うってのは賢くねえし……」
ええと、それつまり、100人と、面接とか、することになるんだろうか?
……頑張ります。
面接は置いておいて、僕は家を増設した。土地も耕した。今の僕にはそれができる。精霊になる前だったらこんなにぽんぽん家を出せなかっただろうから、やっぱり精霊になってよかったのかもしれない。おかげで、少なくとも、入植希望者の人の助けにはなれる。
「ちょ、ちょっと。あんた、無理しすぎよ!家、何軒建てたの?」
「わ、わかんない……ええと、30軒ぐらい?」
とりあえず、手あたり次第、建ててしまった。畑も耕しながらだったから、もう、よく分からない。
……家を1軒ずつ描くのってすごく手間だから、一気に10軒くらいまとめて住宅地みたいな絵を描いている。そうすると効率的だけれど……ただ、その分、魔力の消費も大きめなのかな。ちょっと疲れた。
「よし。もう駄目ね。寝かすわよ!ラオクレス!助けて!」
「呼んだか」
あっ、ラオクレスを呼ばれてしまった!駄目だよ!まだもうちょっと畑を耕したい……ああ、駄目だ。ラオクレスからは逃げられない。
「寝かさなくていいよ!ライラはすぐに僕を寝かしつけようとするのやめて!それから、ラオクレスと提携しないで!」
「そう?まあ、気持ちは分かるわ。焦るよね。一気に100人なんて来たらさ」
うん。その通りだ。
……焦るよ。今まで人間なんて、僕を含めても数人しか近くに居なかったのに、一気に100人も人が増えるんだから。
だから……。
「でもあんた、寝た方がいいわ。顔色、よくないもの」
でもライラは非情だった。そう言って、僕をラオクレスに預けてしまった。……うう。
「寝てる場合だろうか」
「寝てる場合よ。働くために、今は休んでよね」
……うん。そうする。
「……あとね。あんたがハンモックの上で馬達に囲まれながら、すやすや寝てる顔見てると、こう、なんか……」
それから、ライラは、きゅ、と口を引き結んで、眉間に皺を寄せて、ちょっと考えて……それから、ちょっとじとっとした目で僕を見て、言った。
「……なんか、いいのよ」
何が!?
ライラは僕が寝てるのを見ているらしいということが分かったので、なんか、寝るのがちょっと恥ずかしい。
だから、寝ている間に顔なんて見られないように、管狐を顔の前に持ってきてから寝ることにした。目隠しには丁度いい。
……ただ、寝ている間に、管狐の尻尾でくすぐられる夢を見ていた気がする。あと、起きたら、管狐が僕の服の中に潜り込んでた。
そして、起きてからご飯を食べに家に戻ったら、クロアさんに『あなた、寝ながら管狐の尻尾でくすぐられて笑ってたわよ』とにっこり笑って報告されてしまった。もう、一体どうしたらいいのか……。
……そうして、僕は休み休み、家と畑を増やした。これで一気に人が増えても大丈夫だ。
けれど……次の問題は、どうやって人を選ぶか、っていうことなんだよな。
「100人と面接する?」
「いや、今回は100人だけどよ、これ、今後もこの調子で増えたら、次は200人、その次は400人……とかってなっちまってもおかしくねえんだよなあ……」
……流石に、400人と面接は、ちょっと。
「書類である程度選考しちまうのが良いかと思うんだけど、どう思う?」
「うーん……」
気持ちとしては、やっぱり、直接会って話してみたい気持ちが強い。そうでもなきゃ、その人が本当に良い人かどうかなんて、分からない気がする。
けれど……400人は、ちょっと無理だ。
「せめてこっちも40人とか居ればなあ……」
人海戦術が一番いいと思うんだけれど、こっちは人数が少ないから、じゃあ、時間をかけるしかないだろうか。
僕とフェイが困っていたら、そこに、アンジェがお茶を持ってきてくれた。
「どうぞ」
「あ。また新しいお菓子だ」
運んできてくれたのはお茶のカップと、それから、ケーキだ。
……とろん、とクリームが掛かったケーキは、素朴な見た目だけれどとても美味しそうだ。フォークでつついて食べてみたら、しゅわ、ととろけるようなスポンジと、とろんとしたクリームが絡んでとても美味しい。
「妖精もどんどん上達してるね」
「うん。……とっても張り切ってるの。人が増えるから、って」
アンジェは、アンジェの頭の上をぱたぱた飛んでいた妖精を見上げて、にっこり笑う。すると妖精も、嬉しそうにまたくるくる回り始めた。
「ただ、心配なんだって」
……けれどそこで、アンジェがそう言うと、妖精はちょっと真面目な顔で、アンジェの頭の上に座って、僕をじっと見上げてきた。
妖精がそこで何か言うのだけれど、生憎、僕には妖精の言葉が分からないから、しゃらしゃら鈴が鳴ってるみたいにしか聞こえない。
「ええと……来てくれる人は良い人ですか?って」
「農夫の人のことだよね。ええとね……良い人を選ぼうと思って、考えてるところだよ」
丁度その話をしてたところだよ、と、妖精に伝えると、妖精は何度か頷いて、ちょっと首を傾げた。そしてまた、何か喋る。
「え?」
それを聞いたアンジェが、ちょっと首を傾げて……おずおずと、僕を見上げて、言った。
「……あのね、妖精さんが、ちゃんと自分達と仲良くできる人を選んでほしい、って」
「うん。僕らもそうしたいと思ってるよ」
何なら、妖精だけじゃなくて、馬とも鳥とも仲良くできる人に来てほしいと思ってる。畑は森の外だし、基本的には森は『精霊の森』だから人が立ち入らないようにする予定なのだけれど、それでも、ほら、やっぱり同じものを大切にしてほしいっていう気持ちは、あるから。
「けどなあ。どーにも、選び方が……なあなあ。妖精と仲良くできる奴って、どういう奴?やっぱ、妖精が見えなきゃダメか?」
フェイが身を乗り出して聞くと、妖精は、アンジェの頭の上で首を横に振りつつ何か喋る。……あれ、違うのかな?
「あの、別に見えなくてもいいんだって。ただ、見えなくても大切にしてくれそうな人がよくって……なんなら、妖精なんて居ないって思っててもいいから、気に入る人が良いって……」
……そっか。ということは、結局、妖精が気にいる人って、どういう人……?
「……なあ、トウゴ」
僕が妖精の要求に頭を悩ませていたら、フェイが横で、閃いた顔をしていた。
「俺、良いこと思いついたぜ」
……いいこと?
……そうして翌々日、面接の受付が始まった。
受付は、僕とライラが担当。机の前に座っていて、書類を出してもらうだけ。そこでちょこっとだけ話すけれど、ちょこっとだけだ。面接じゃない。
僕らが受け取った書類は、後ろの席でラオクレスが処理する。チェックを入れて、振り分けていくだけなのだけれど、ちょっとしたついたてを机の前に立てて、来た人達からは手元が見えないようにしてある。
……そして、リアンとアンジェがくるくる働いている。やってきた人を待ち合い席に案内したり、待っている人達にお茶とお菓子を配ったり。これにはリアンの氷の精が役立ってくれた。氷の小鳥達が飛んで、整理番号の札を配ってくれたり、次の番号を知らせたりしてくれているから。
こういう会場なので……書類を出して帰るだけだと思っていたらしい農夫の人達は、なんか、こう、ちょっと戸惑っていた。
受付が僕とライラみたいな子供だし、働いているのは更に子供2人だし。後ろに大人が1人居るけれど、明らかに事務業務より護衛、護衛よりもモデルが向いている見た目のラオクレスだし。しかも、お茶とお菓子が出てくる。……まあ、変な雰囲気かもしれない。
けれどこれが重要なことなんだ。
……なんでわざわざ、現地に来てもらっておいて書類を提出してもらうのか。それは、これが第一次面接だから。
勿論、僕らが面接しているわけじゃない。僕がちょっと話すのは、それも参考にする、っていう程度のものだ。
一番大切なのは……妖精だ。
待っている人達の中には何人か、ちょっと視線があちこちに動いている人達が居る。
そういう人達は、『見えている』人達だ。妖精が見えている人達。
……だってこの部屋の中、今、妖精が100匹以上集まってるから。
妖精が見える人には、それはそれは賑やかな様子が見えている。だから落ち着かないと思うよ。うん……。
妖精達は、待っている人達を眺めている。そして、『ピンとくるか』を確認するんだそうだ。
……何をもってして『ピンとくる』のかを確認してみたら、大体は『森に適合するか』っていうことらしかった。気質とか、魔法への感性とか。そういうものが妖精の目には見えるらしい。すごいな。
妖精達は『ピンとくる』人が居たら、その人が持ってきた書類がラオクレスの手元に渡った時点で、妖精印のハンコを押す。妖精のお墨付き、ということだ。
逆に、妖精達が『この人は絶対にダメだ!』って思う人が居たら、やっぱりラオクレスの手元に渡った時点で、『不採用』のハンコを押す。……中には、よっぽど駄目だったのか、ぽんぽんぽんぽん、10個ぐらい『不採用』が押された書類もあった。後でクロアさんに見せたら、笑いながら『ああ、これ密偵だわ。私の同業者だけれど今はレッドガルド家と敵対している家に居るんじゃなかったかしら』って言われた。……妖精の観察眼、すごいなあ。
……こうして、僕らは妖精による第一次選考を終えた。妖精達はこれが案外楽しかったらしいので、まあ、よかったかな。
「100人が25人まで減ったなあ……」
「すごいね」
そして、25人なら、僕らがもう一回面接して、大丈夫そうなら採用、っていうことでいいだろう。これなら1日で十分、面接ができる!
「ありがとう。助かったよ」
妖精達にお礼を言うと、彼らは嬉しそうににこにこしていた。
「あの、精霊様のお役に立てて光栄です、って……」
そ、そっか。妖精達は、なんというか、ちょっと僕を崇拝しすぎじゃないだろうか……。
「あのね。アンジェも、トウゴおにいちゃんのお役にたてて、こうえいです」
……更にアンジェも、もじもじしながらはにかんでそう言うので……こう、くすぐったい。すごく、くすぐったい……。
翌週、不採用を決めた人には通知を出した。そして、妖精達が気にいった25人と、それとは別に人間の目線で選んだ10人との合わせて35人をまた、レッドガルド領にお招きする。そこで面接。
……人を一度に大量に行ったり来たりさせるので、流石に馬車が足りない。なので、馬車を描いて出した。あの、自動車みたいに、タイヤがゴムで中空の馬車。そうすると震動を吸収してくれるからいいかな、と思って。
あと、馬車の素材はアルミ。木材だけで作るとすごく重くて、馬車を牽く馬がちょっと可哀相だから。
そして馬車を牽く馬は一角獣。
……一角獣は角の無い馬と比べて、力がすごく強い、らしい。だから、普通の馬だと疲れてしまうような道程でも、楽々走ってくれるとのことだ。
僕としては、馬が外に出ても大丈夫なのかちょっと心配だったのだけれど、『レッドガルド家の紋章が入った馬車を牽く一角獣を襲う度胸がある奴はレッドガルド領から王都直轄領までの道にはもう出ねえ』というフェイの言葉があったので、送り出すことにした。一応心配だから、馬車の1つにラオクレスとクロアさんが乗って行ってくれてる。
そして、その間に面接を行う。35人分だから、分担することにした。
面接官は、フェイと、フェイのお父さんとお兄さん、そして僕。
……僕でいいんだろうか。面接官でいいの?僕が?
いや、一応、2人1組で面接しているから、僕だけで人を選んでいるわけじゃないし、そういう点では安心なのだけれど……。
……心配になってフェイに聞いてみたら、僕と組んで面接をやっているフェイはあっけらかんと、答えた。
「おう。いいんだ。お前は居るだけで意味がある」
……よく分からないのでもうちょっと説明を求めると、フェイはけらけら笑って、説明してくれた。
「俺達が面接するのは、妖精印が無い奴ら。つまり、妖精としては『特に問題は無いけれど良いとも思わない奴ら』ってことだ。逆に言うと、それでも選ばれた優秀な人材、ってことだな」
うん。それは分かる。
「で、お前を見てあからさまに舐めた態度とってくる奴は落とす。これで一丁上がりだろ?」
……えっ。
確かに森には僕もライラも居るし、僕らより年下のリアンとアンジェが居る。何なら、人間よりか弱い生き物だってたくさん居る。だから、僕と仲良くできそうにない人は、来ないでもらった方がいい……っていうことだろうか?
ちょっと疑問に思ってフェイに聞いてみると、フェイは頬を掻きつつ、答えてくれた。
「……あのな。そもそも、お前を見て、本当の本当にただのガキだと思っちまう奴は、その、魔法の感覚っつうか感性っつうか、そういうのが、こう……魔獣いっぱいの森に向いてねえだろ」
……そうなんだろうか?
「そういえば、先に来てる10組の人達の中で2人、僕を見て『精霊様ですか?』って聞いてきた人、居たけれど……」
僕が思い出して言うと、フェイは、にやりと笑って頷いた。
「やっぱ、分かるよ。なんとなくお前、人間っぽくねえっつうか、浮世離れしすぎっつうか、ふわふわしてるから」
それ、ふわふわしている人間ってことにはならないんだろうか?やっぱり人間じゃないってことになるんだろうか?
「……まあ、魔力のかんじっつうか、雰囲気か?うん。それがさ、ちょっと変わるんだよ。特に、お前が森の近くに居る時は」
成程。僕、森に居る時は森の精霊の面が強く出る、のかな。
……僕、そんなに人間から離れてしまった?ちょっと複雑な気分だけれど……僕が森適合チェッカーになれるなら、まあ、いいか。
そうして、僕らは10人、フェイのお父さんとお兄さんで25人の面接が終わった。ありがとうございます。
「……面接って、大変だね」
「だなあ。でも、まあ、お陰で良い人が来てくれそうだし……」
10人の人達の中にも、『この人優秀なんだな』とか『この人すごいな』とか『この人とは仲良くできそうだ』とか感じる人が、何人か居た。そういう人達が沢山居てくれたら、すごくいい。そういう森周りにしたい。
「ま、おかげ様でこっちも助かるぜ。早速、夏には収穫できそうなんだろ?」
「うん。果物はもう実ってるから、早速出荷できるくらい」
僕が答えると、フェイは半ば呆れたような顔で笑った。
「ま、お疲れ様。トウゴ。何か、他に手伝えることはあるか?」
「え?いや、いいよ。畑の増設は僕がやるし、家も僕が建てるし……フェイにはもう、広告とか面接とか、色々やってもらってるし……」
……けれど、そう答えてから、僕はふと思い出して、フェイに言ってみることにした。
「強いて言うなら、ライラがラオクレスを呼ばないようにしてほしい」
そうしたら。
「悪いな。そいつはできねえや」
フェイはけらけら笑って、あっさり断ってきた。
まあ、うん。だろうな、とは思ったよ。