3話:森と村、そして壁*2
レッドガルド領のど真ん中にある森が、レッドガルド領の邪魔になってしまっている。これはあまりにも申し訳ないから、何とかしたい。
……けれど、今すぐにどうこうできる話じゃないし、色々と、じっくり考えなきゃならないから……一旦、保留だ。
そして何より、もう、入植希望者が、来るし。
「あ、あの、はじめまして。これからよろしくお願いします」
僕が挨拶すると、今回、フェイがレッドガルド家の伝手で雇い入れてくれた10組の農夫の人達は、ちょっと不思議そうな顔をした。そうだよね、フェイのお父さんとかお兄さんとか、或いはまだフェイが挨拶するなら分かるけれど、僕だから。
「上空桐吾です。この森の管理をレッドガルド家の人達と一緒にやっています。この森について分からないことがあったら僕に聞いてください。それから、僕は農業についてはあんまり詳しくなくて、だから、僕は皆さんの衣食住の不便を解消する係、だと思ってもらえれば……」
僕がそう言うと、やっぱり、不思議そうな顔をされてしまった。
『どうしてこんな子供が森の管理を?』みたいな顔だ。うん、気持ちは分かるよ。
……ただ、農夫の人達の中には、僕を見てちょっと驚いたような顔をした後、すごく丁寧な対応をしてくれる人も、居る。
挨拶の後、僕は10組の農夫の人達の代表(1人で来た人ならその人本人だし、一家揃って引っ越してきた人達は世帯主の人)と面談というか、衣食住についての要求を聞く場を設けたのだけれど、僕を王様みたいに扱う人も、中には居た。10人中、2人くらい。
……その人達は、『あの、もしかして、あなたが森の精霊様ですか?』って聞いてきた。なので、『違いますよ』って答えておいた。そうしたら、2人中1人は、『では、もしや、ドラゴン……?』って聞いてきたので、『違います』って答えた。ドラゴンじゃないです。
残りの8人も、僕を見て不思議そうな顔はしていたけれど、僕のことを馬鹿にしたり、僕が対応することに不満を表したりする人は居なかった。よかった。
どちらかというと、『こんな子供が大変だなあ』みたいな対応が多かった。……もしかしたら、実年齢よりも幼く見られているのかもしれない。それは、日本人だから、ある程度は諦めるしかないんだろうけれどさ……。うーん。
こうして、森の傍の畑が稼働し始めた。
初夏に蒔く種が早速蒔かれて、10日もしたらそこから芽が出てくるようになる。
畑は畑だし、農地の為の水は、森から流れ出る水を使ってもらうことにしている。
……このために、水を湧かせた。龍が住んでる場所のちょっと下流に湧き水を湧かせて、もし、龍の水晶の湖から水が溢れたらそこに混ざるようになっている。魔力は作物の肥料としても有効らしいから、これで作物の育ちがよくなったらいいな、と思ってる。
「順調か?」
畑に芽が出て、農夫の人達はそれぞれに間引いたり雑草をとったりしていて、それをフェイは見学に来ている。
「うん。順調」
畑は、順調だ。順調すぎるくらい。……農夫の人達と話していたら、『流石はドラゴンの居る領地。作物の成長が早いですね!』って言われた。早いらしい。
……もしかして、藍がすごい勢いでわさわさ茂ったのって、森が魔力たっぷりの土地だからだろうか。あ、ちなみに藍はあの後、刈り取った後からまたわさわさ生えて、ライラの藍染めにどんどん使われている。使っても使ってもわさわさ生えてくるってライラが喜んでた。
藍は彼女にとって、大切な草だから。元気に育ってくれて、僕も嬉しい。
「そっか。ならいいんだけどさ。足りねえもんがあったら言ってくれよ。あんま1人で頑張るなよ?精霊様!」
フェイは明るく笑ってそう言って、僕の背中をばしんと叩いた。ちょっと痛いけど、気合いが入るから嫌じゃないよ。
「うーん……足りないもの、について、強いて言うなら、人員?」
ちょっと考えて、僕はそう、答えた。
「もうちょっと、畑、増やせそうなんだ。だから、もっと人が居たらもっと畑が増えるよ」
今はトマトとかの種まきをしているのだけれど、もう少しするとジャガイモとか人参の植え付けが始まるらしい。あと、よく分からない菜っ葉。……異世界の野菜は、ちょっとよく分からないものも多い。謎の芋とか。謎の菜っ葉とか。いや、美味しいからいいんだけれど。
「そっか。じゃあ、もうちょっと募集してみるか?」
「うん。是非」
僕がそう言うと、フェイは笑って了承してくれた。王家の直轄領とかの方に、もっと広告を打ってくれるらしい。……作物が育たなくて困っている人が居るなら、是非、こっちに来てもらいたい。お互いのために。
「じゃあ、雇用条件については先に雇った10組と一緒でいいか?」
「うん。いいと思う」
ラオクレス曰く『相場より大分高いが』っていうことだったけれど、給料は少し高めにしておきたい。なんでって……やっぱり、元々住んでいた土地を離れてこっちに来るのって、勇気が居ることだと思うから。それに見合う給料は出したい。こっちにはとりあえず、宝石を売って手に入れたお金があることだし。
「分かった。もし応募者が居たら、書類を送ってもらうってことでいいか?」
「うん。それで……」
……いや、待てよ。折角だから、直接こっちに来てもらった方がいいんじゃないだろうか。僕としては、すぐにでも次の畑をお願いしたい。ジャガイモたくさん育ててもらって、レッドガルド領の収入にできたら嬉しい。
「いや、書類を持参して来てもらった方が嬉しい」
「ん?そっか。まあ、そういう風にするってんなら別にいいぜ。王都直轄領にうちから馬車を出して、それに乗ってきてもらうか」
うん。それでお願いします。
……ということで、次の人達が来るかもしれないから、畑を拡張していく。
ちょっと考えて、果樹も作ってしまった。お世話してくれる人が居るなら、果樹が沢山あってもいいだろう。丁度実る頃だから、杏の木を沢山描いて生やしておいた。あと、梨と桃とりんごとミカンの木。……僕が好きな果物だよ。そうだよ。
更に、家を数軒増やして……これでよし。
「早く来ないかなあ」
次の人達が来てくれたら、どんどん果物を収穫してもらおう。実が生った状態で描いて出してしまったから、早速人手が欲しいし、早く来てくれたら嬉しい。
「いやあ、思ってたより来ちまったぜ、トウゴ!」
「そっか」
フェイが『レッドガルド領で農夫求む!希望者には住居と畑を貸与!永住するならそのまま進呈!農機具完備!収穫した作物は全て納めてもらうが、その代わりに給料は月に金貨25枚!昇給あり!』っていう広告を打ったら、募集が来たらしい。
「……この条件ならそうだろうな」
そして、フェイが打った広告の紙を見たラオクレスが、何とも言えない顔をしている。
「この給金は、どうやって決めた?」
「ん?王家の直轄領でも似たようなことやってたんだよ。作物全部買い上げて、その代わりに賃金を払う、っつうやつ。それ、真似してみようと思ってさ」
フェイはそう言って、数枚の紙を出してきた。どうやら、王家直轄領やその他の領地の畑で出ている、似たような求人広告らしい。
「ほらな?あるんだよ。こういうの。……で、結構利点もあるらしいんだよな。給金が出るってことは、豊作でも不作でも変わらず金が出るってことだろ?なら、生活が良くも悪くも安定するってことだ。農夫としては1つの利点だよな?んで、俺達としても利点になる。作物を全部一か所でまとめて流通させれば無駄が少ない」
ある意味、工場での従業員を雇うのと変わらない、っていうかんじか。それで、流通はフェイ達が司って、無駄を減らして効率を上げる、と。そっか。結構面白いかもしれない。
「……それはいい。だが、給金が高いんじゃないか?」
けれど、ラオクレスはちょっと複雑そうな顔で、他の求人広告を見た。
「相場の倍近いぞ」
求人広告には、『金貨13枚』とか『金貨15枚』とか、そういう文字がたくさん並んでいる。……うわあ。
「ああ、いいんだよ。これで。元々、応募者全員を通す気はねえし。先に来てもらってる10組も応募の中から選んでるしよ」
フェイはちょっと不敵に笑ってそう言った。
「給料が高けりゃ、優秀な奴が来る。そういう奴ばっかり集めておけば、いいものができる。それに、森の近くに住まわせるんなら、信用のおける奴じゃねえと駄目だ。ってことで、この給金でいいと思わねえか?」
成程。面接とかやって、合否を分けるのか。そっか。まあ、あんまりやる気が無い人とかに来てもらっても困るし、スパイとかのそういう変な人達に来てもらっても困るから、倍率を高くするのはいいことかもしれない。
「いいんじゃないかしら。試験があるっていうなら、他の領の間諜だって、入ってくるのに尻込みしてくれるでしょうし、尻込みしないような大物なら、ある程度、私が知ってる可能性が高いし」
更にクロアさんが面接官をやれば、完璧だ!悪い人は通らなくなる!すばらしい!
「まあ、応募がちょっと予想より多かったもんだから、選定するのも大変だけどよ……」
そっか。でも、良い人を集めるためなら、しょうがないと思う。
「で、フェイ君。今回、農夫は何人くらい応募して来てるのかしら?」
クロアさんは早速、紙とペンを取り出した。秘書モードになってる。頼れるクロアさんだ。
「ん?ざっと100人」
……ただ、フェイがそう言った途端、クロアさん、ちょっと、ペンを止めた。
「……100人」
そんなクロアさんを見て、フェイは……にやりと笑って、答えた。
「おう!100人だ!」
……畑、もっと拡張しないと駄目だろうか。




