14話:広い広い大地へ*1
そうして僕らは王都に向かった。ライラは申し訳なげだったけれど、そもそも、彼女が荷造りできずに森に来てしまったのは鳥が攫ってしまったからだし……それは許してもらうとして、だから、僕らはライラを王都に連れていくべきだ。
……ただ、『裁判の途中で窓から入ってきた巨大な鳥に攫われた女の子』が王都を堂々と歩くわけにもいかないだろう、ということで、細い通りを選んで歩くことになったけれど。
「ごめんね、大通りを歩けなくて」
「いいのよ。私の家、こっちの方だし」
ライラは細い通りをするする進んでいく。どうやら、彼女の家は王都の端っこの方らしい。リアンとアンジェを連れてきたら、この辺りのことも知っていたかもしれない。彼ら、王都のどこかですれ違ったことくらいはあったのかも。
「……私の方こそ、ごめん。変な手間、掛けさせて」
「ううん。いいんだ。どのみち、裁判所には君を見せに行かないといけないし……」
ライラは『鳥に攫われて行方不明』ということになっているけれど、一応、裁判官の判断では、『見つけたら教えてね』ということだったから、教えにいかなきゃいけない。……ライラの身辺の用意が整うまで待ったのは、まあ、その、一応、探す時間が必要だったっていうことで……。
「ここ。私の家……だったところ」
ライラはそう言いつつ、王都の端っこの端っこにある、小さな家の中に入っていった。
「借家だから、ここの契約も終了しておかなきゃ。あーあ。なんか変なかんじ」
僕も家にお邪魔すると、そこは、こぢんまりとして、あまり物が無い部屋だった。ただ、いくらか、スケッチブックが置いてあったり、画材がおいてあったり……あと、たんすの中には衣類があったし……彼女のお母さんの遺品もあった。
「よかった。盗まれたりしてなくて」
ライラはそれらを確認して、ほっとした顔をした。そして、大切そうにそれを眺めたあと、やさしく、鞄の中にしまった。
……ただ、鞄にそれをしまい込んでから、僕の視線に気づいたらしい。ライラはちょっと笑って、鞄からまた、それを取り出してくれた。
「これ」
それは、ペンダントだった。藍色の宝石を綺麗に磨いて真ん中に嵌め込んだ、楕円形の……あ、このペンダント、蝶番が付いてる。ということは、ぱかっと開くやつだ。
「この家にある、ほぼほぼ唯一の金目の物よ。でも、これだけは手放しちゃ駄目だと思って……」
「中には何か入っているの?」
こういうペンダントって、大抵は中に写真が入っているものだと思うから、ちょっと、聞いてみた。
……すると。
「それがね、よく分からないのよ」
はい、と、ライラはペンダントを開いて見せてくれた。案の定、ぱかって開くやつだったから、ペンダントは綺麗に開いて、中身を見せてくれた、のだけれど……。
「……なんだろうね、これ」
「ね。何かの実かしら、とも思ったんだけれど」
そこに入っていたのは、黒っぽい小さな粒。何かの種のようにも見えるそれは、複数粒、ペンダントの中の空洞に収まっている。
「……蒔いてみる?」
「うーん……どうしようかな」
種だったら、地面に埋めたら芽が出てくるかもしれないけれど、と思ったのだけれど……ライラは、あまり乗り気じゃないようにも見える。
「もし何も出てこなかったら、これ、ただ無くなっちゃって終わりだし」
「……そっか」
そうか。そうだよね。お母さんの遺品だって言ってた。なら、この種だって、すごく大事なもので……生えてくるかもわからないのに、埋めるのは、ちょっと気が引けるか。
「ま、いいわ。これはこのまま持っていくから。そうね、あとは、服も……その、大分レッドガルドの町で買って頂いてしまったのだけれど、でも、こっちも一応、持っていくわ。あって困るものでもないし……」
「うん。そうするといいと思う」
この家も、このたんすの中身も、ライラの思い出が詰まっているものなんだろうから、できる限り、持って帰ってほしいと思う。
「荷物、持つよ」
「いいわよ。一応、あんた私の雇い主みたいなものなんだし……」
「関係ないよ」
ライラの荷物がいっぱいになってきたので、僕がいくつか持つ。そんなに重くないけれど嵩張る荷物は、やっぱり、人手があった方がいい。
「その……ありがと」
「うん」
荷物を持った僕を見て、ライラはなんとも気まずげに笑う。……その内、もっと慣れてきてくれるといいな。
ライラの荷物や家の処理が終わったら、さっと裁判所に行って、ライラを見せた。
ライラについては、『レッドガルド領の森の上空で巨大な鳥の陰が見えたという情報を得て森の中を探索したところ、巨大な鳥の巣の中でライラ・ラズワルドを発見した』ということになっている。
嘘は言ってない。鳥は時々、上空を飛んでいるし、ライラはちゃんと鳥の巣の中で鳥に温められてた。ただ、その鳥の巣が馬小屋の中にあったのは内緒だけれど。
……とりあえず、裁判所の人達は、ものすごく困っていた。ライラが見つかるとは思ってなかったみたいだし、そもそも、鳥に人間が攫われるっていうこと自体が前代未聞だったんだろうし。
けれど、気まずげにその場に居るライラを見て、裁判所の人達は……『とりあえず無事でよかったね』『レッドガルド家には自分のペースで賠償金を支払うように』みたいなことを話してくれた。よし。これで裁判所の人のお墨付きも貰って、ライラは森に居られる!やった!
それから僕らは、ちらっと、美術館も覗きに行くことにした。
「……あ、こうなってるのか」
「ちょっと意外だった……」
……美術館は、コンクールでの龍の事件があったから、あの後一時閉館していたのだけれど……今はもう、開き直ったらしい。『ドラゴンがやってきた!王立美術館絵画コンクール展!』をやってる。
具体的には、絵と名札の位置が、龍がバラバラにしたままになってる。そして、絵画コンクールの受賞作が飾ってあった部屋はそのまま展示室にされていて、説明描きがすごい開き直り方をしている。
『第29回王立美術館絵画コンクールでは様々なことが起こりました。受賞作の発表の日、天からやってきたドラゴンが、全ての作者の名札をはがし、バラバラに付け替えてしまったのです。その後、ドラゴンは空へと消えていき、後に残されたのは、作者の名前がバラバラになった絵画のみ。そしてその後、複数名の絵師が、自分が描いたものではない作品に自分の名前をつけて発表していたことが分かったのです。ドラゴンは名札をバラバラにすることで、我々人間の傲慢さを正そうとしたのかもしれません。この事件は現在、王立美術館も携わって調査中です』だそうだ。
……うん。なんか、どんなことでも、キャプションをつけると美術品っぽくなる。こういう現代アート、って言い張ってもいいかんじだ。
『ドラゴンによって名札をバラバラにされた絵画展』は、面白いことに……コンクールの優秀賞がまるで見られていない。
名札を外したら絵の価値が色褪せてしまったっていうことなのかもしれないし、名札だけ見る人には意味のない作品になってしまったからなのかもしれない。あとは、優秀賞の絵の横に新たに貼り替えられた名札の人の本来の絵はどれだろう、みたいな、そういう見られ方をしているから、余計、優秀賞とそれ以外の差が関係なくなってしまったのかも。
……名前が変わったって、受賞作は受賞作で、絵自体には何の変化も無いのだけれど、確実に、絵を見る人達の行動は変わっていた。
その結果、佳作でしかない僕とライラの絵も、多くの人に見られているらしかった。
僕とライラの絵は、連続した1つの作品みたいになっている。絵の中の世界が繋がっている、というか。だから余計に目を引いたらしい。
「……どうしよう。私の名前で飾ってある私の絵が、褒められてる……」
お客さん達が僕らの絵を見て何か話しているのを聞いて、ライラはそう、呟いた。ちょっと顔が赤い。
「やっぱり、自分の名前で飾ってあると、格別?」
「……ええ。格別だわ」
ライラが顔を赤くして、きらきらした目でお客さん達と、お客さん達に見られている僕らの絵とを見ているので、なんだか僕も嬉しくなってくる。
うん。嬉しい。ライラが嬉しそうなのは嬉しいし……自分の絵が見られるっていうのも、嬉しいな。
「……どうして嬉しいんだろう」
けれど、どうして嬉しいのかが、なんとなく、よく分からない。
ライラが褒められていて、ライラが嬉しそうにしているから嬉しいのは、分かる。うん。嬉しそうな人が居ると、嬉しくなるよね。
けれど、自分の絵が褒められるのが嬉しいのは、ええと……僕の頭の片隅で、『自分の絵が人に見られたり褒められたりして嬉しいだなんて、いけないことだ』って言う声もする。……うーん。
「どうして?そんなの決まってるじゃない!」
けれどライラは、明るく笑って、言った。
「自分が好きなものを好きな人が居たら、嬉しいじゃない!だから、私の絵を好きだって言ってくれる人が居たら嬉しいし、多くの人がそう言ってくれるのを期待しちゃうのよ」
僕がちょっと……いや、結構驚いていると、ライラはさらに続けて、言った。
「私、あんたの絵、好きよ。だから、私が好きなこれをあんたも好きだったら、嬉しいわ」
なんとなく、ぼんやりしながら美術館を出た。フェイが僕らを先導してくれるから、それにくっついて歩いているのだけれど、正直、皆が話していることの内容はよく聞こえていないし、頭にも入ってこない。
ただ、ライラが言っていたことが頭の中でぐるぐる回っている。
絵を褒められて嬉しいのは、自分が好きなものを好きな人が居るのが嬉しいから。
そして、ライラは僕の絵が好きで、だから、僕が僕の絵を好きだと嬉しい。
……いいんだろうか。ライラが嬉しいと僕も嬉しいけれど、でも、僕は僕の絵が好きだって言ってしまってもいいんだろうか?
思っては、居るんだ。僕は絵を描くのが好きだし、自分が描いた絵も……技術的に未熟な部分が沢山あるし、デッサンが狂うことだってあるし、思ったようにいかないことだってあるけれど……でも、好きなんだ。
そして、好きでいることは、悪いことじゃなくて……他の人が僕の絵を好きだって言ってくれることを、悪いことだって思わなくても、いいんだろうか。
評価されることも、評価を望むことも、許されるんだろうか。
……ちょっと悩んでみたけれど、答えは見つからない。
ただ、ライラが言ったことが、何となくずっと、ふわふわ頭の中を回っていて、僕はちょっと、困って……うーん、困ってはいない。うん。なんかちょっと、悩んでる。考えてる。
考えることは無意味じゃないって、先生も言ってた。だから僕はまだ、これについて考えようと思う。
それから僕らは森に帰って、また、のんびり絵を描きつつ過ごしていた。
……そんな、ある日。
「トウゴー!ライラー!お前らに手紙だ!」
フェイが、手紙を持ってやってきた。
「王立美術館から!」
……とんでもないところからの手紙だ!
僕とライラは、フェイと一緒に手紙を読む。
王立美術館から来たという手紙は、オフホワイトの封筒に金の箔押しがしてあって、なんとも豪華なかんじだ。『王立』ってかんじがする。
「ええと……」
「ええ……」
そして僕とライラは、手紙を読んで、絶句した。絶句してしまった。
……手紙には、こう書いてあった。
『ドラゴンによって名札をバラバラにされた絵画展の目玉として、あなた達の絵を正式に王立美術館の所蔵作品にしたい』と。