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今日も絵に描いた餅が美味い  作者: もちもち物質
第五章:浮島が浮く湖がある大陸より愛をこめて
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8話:嵐を呼ぶコンクール*2

 ……ということで、ラオクレスが窓に板を打ち付けてくれたり、僕が動物達にお知らせに回ったり、動物達の避難用の家を作ったりしていたら夜になってしまったので、嵐は翌日に持ち越しになった。

 待ちきれない思いで夜を明かして、朝一番に龍にお願いしに行ってみたら、案外簡単に了承してくれた。ただ、その代わりに何故かまた例の木の実を食べさせられて、お腹たぷたぷにされてしまった。それから、了承を貰ってから嵐が起きるまでの2時間くらい、龍のとぐろの中にすっぽり入れられて、そこで待たされることになってしまった。けれどそれだけだったから、まあ……。


 そうして、龍が嵐を呼ぶところを龍の背中の上で見せてもらった。

 龍が空を泳いで洞窟を出たら、森の上でくるくる回って、低く何かを唱えるみたいに鳴く。……すると、そこにもくもくと黒い雲が集まってきて、そして、一気に、ざっと降り始めた。

 しとしと、なんてもんじゃない。もっと荒々しくて激しい雨。冬の雨だから、冷たくて、ちょっと鋭いような印象がある。

「……すごいなあ」

 上空から見る嵐の森は、なんだか不思議な眺めだった。揺れ動く木々が、まるで波みたいに見える。雨の飛沫に煙る様子が、砕けた波頭みたいにも見えた。

 龍の視点は、こんなかんじなんだ。すごいな。森だけが嵐に見舞われてるのがよく分かる。森の外は何事も無くて、なんなら、日差しが届いているところもあるくらい。

 嵐は遥か下界の出来事で、なんだか遠い。

「あの、下からも見たい。下ろして」

 これなら、ちゃんと森の中……嵐の中に入ってみないと、駄目だな、と思った。そうしないと、彼女が描いたものが分からない。

 龍に頼んで森の中に下ろしてもらうと……そこはまた、すごい眺めだった。


 まず、嵐の中に入った瞬間に、雨が叩きつけてきた。

 龍の背中の上に乗っているだけの僕に向かって、遮るものも無く、雨風が吹き付けてくる。

 そして、森の中へと入った後も、その雨風の強さはほとんど変わらなかった。

 びゅう、と鋭く冷たく吹く風。ばらばらと降り注ぐ雨。地面はもうすっかりぬかるんで、落ちた雨に泥水が跳ねる。

 木々に遮られて、さっきよりも弱まっているはずのそれらは、それでも尚、強く、強く、僕を襲う。

 しっとりした雨だと森の香りを強く感じるけれど、これほど強い雨風の前には、森の穏やかさはもうどこにも見られない。ざわざわとざわめく木々の音と雨水の音とを聞きながら、なんだか、まるで、世界に僕1人だけになってしまったような、そんな錯覚を覚えた。

 すっかり濡れて、吹き晒されて、酷く寒い。冷たさに肌を斬り裂かれるようで、風に煽られて立っているのもやっとで、雨のせいで前はよく見えなくて、一人ぼっちで、孤独だ。

 ……ふと、見上げた空は、鉛色。濃い雲に覆われて、光は見えない。昼前のはずなのに、夕方か夜になってしまったみたいに暗い森の中、雨風は容赦なく体温を奪っていって、けれど、僕以外に僕を温めるものも無い。

 僕は、空を見上げるんじゃなくて、前を見る。

 前髪から滴る雨や睫毛に乗って落ちる雨が、視界を遮る。よく見えない。見えないけれど、見ないと描けない。

 早くこんな所から抜け出さなきゃ駄目だ。凍えてしまう。だから、早く見て、学んで、描けるようにしないと。


 ……焦るばかりで頭が動かない。目もよく働かない。ただ、この嵐の中から早く出なきゃ、と、思っていた。

 そんな時……ふと、思った。

 ライラも、こういう嵐を見たんだろうか、と。

 ……嵐の森なんて、そうそう見られるものじゃないと思う。それこそ、龍に頼んで嵐にしてもらったりしない限りは。

 けれど、彼女の絵は、素晴らしかった。嵐の森は、今、僕が見ているものとよく似ている。実際に見ないと描けないだろうな、と、思う。

 なら……彼女もまた、こういう嵐の中に、居たんだろうか。

 その時、彼女は何を思っていたんだろう。

 或いは……彼女は、彼女が描いた嵐の中に、今尚、居るんじゃないかな、とも、思った。




 すっかり濡れて冷えて凍えて、指が上手く動かなくなって、頭もぼんやりしてきて、すごく寒くて……そんな時、龍がのっそりやってきて、ひょい、と僕を咥えて飛び立った。

 そして龍は、僕を家の前にぽいっと落とすと、そのまま洞窟に向かって飛んで行った。その頃には嵐も弱まって、優しい雨が降るようになっていた。

「ありがとう!」

 僕がそう呼びかけると、去っていく龍は、尻尾を軽く一振りして応えてくれた。うーん、粋な返事だ。

 ……そこで大きなくしゃみをして、僕は慌てて家の中に入る。すぐ温まらないと、風邪を引いてしまう……。

「さっさと風呂に入れ」

 ……そして家の中に入ると、そこではラオクレスが仁王立ちしていた。お風呂を用意しておいてくれたらしい。僕はそのまま、ラオクレスにつまみ上げられてお風呂場まで運ばれて、濡れた服のまま、お風呂へ放り込まれることになった。

 じゃぼん。……うーん、ラオクレスって、ちょっと龍と似てるところあるよね。




 服を着たままお湯に浸かっていたら、段々温まってきた。そうしたら指もうごくようになったからシャツのボタンやベルトを外して、服を脱いで、また温まる。


 僕が入ったことでお風呂の温度は一気に低くなってしまったのだけれど、お風呂回りは魔法仕掛けのものだ。温め直すこともできるから、すぐ、またぽかぽかしてくる。うーん、お風呂、これにしておいてよかった。

 体の芯まで冷えていたんだなあ、と思いながらゆったり長風呂して、湯船にタオルを沈めてクラゲを作ってみたりして、それからお風呂を出て部屋に戻った。

「トウゴおにいちゃん、はい!」

「ありがとう」

 そこではアンジェと妖精達がカップを用意して待っていてくれていた。カップの中身はミルクティーだ。カップを受け取ってみたら、温かい。嵐の中に居た時には思い出すことすら難しかった温かさだ。

 大分甘めのミルクティーを飲みながら、僕は、テーブルについていたラオクレスの前に座る。

「何か分かったか」

「うん。すごく寒かった」

 僕がそう答えると、ラオクレスは少し呆れたような顔をして、ミルクティーのカップを傾けた。……それからほんの少し、顔を顰めた。多分、彼にはこれ、甘すぎるんだと思う。仕方ない。アンジェと妖精仕様のミルクティーだから。

「家の中にいたけど、結構すごかったよな。さっきの嵐。風で壁がばたばた鳴って、窓とかもガタガタ言っててさ。雨の音が雨じゃないみたいだったし」

 リアンもミルクティーを飲みながら、そういう感想を言ってくれた。そっか。……家の中で感じる嵐も体験しておけばよかったかな。

「まあ……何か分かったならそれでいいが」

「うん」

「今日は早めに寝ろ。明日、フェイとクロアが帰ってくるらしい」

 そっか。なら、その時に何か、ライラについて聞けるかもしれない。

「分かった。そうす……くしっ」

「トウゴおにいちゃん、くしゃみした!」

 うん。くしゃみしたよ。……なんというか、体はしっかり温まったのだけれど、寒かった間の名残は確実にあるみたいで、ちょっと鼻水が出たりくしゃみが出たりするみたいだ。

 ……うん。早く寝よう。寝て、風邪を引かないようにしよう。じゃなきゃ、明日からいよいよ絵を描き始めることになるだろうけれど、その時に風邪引きっていう情けないことになってしまう。




 そういうことで、僕は夕方にはもうベッドに潜り込んで眠ることにした。

 ベッドはふわふわして肌触りが良くて、暖かい。それにぐるぐる巻かれて簀巻きみたいな状態になって寝ると、落ち着く。

 ……そういう眠り方をしていたからか、僕はちょっと変な夢を見た。


 嵐の夢だ。ええと、嵐がすごくて、僕は森の中で身動きが取れなくなってしまう。

 僕は雨と風に巻き込まれてしまって、全然身動きが取れない。まるで、体を固められてしまったみたいだ。風の圧迫感で苦しい。息ができない。

 そんな状態で嵐に吹かれていると、唐突に、ふわり、と体が解放されたような感覚があって……僕は宙に浮いてしまった。ええと、これ、吹き流される?吹き回される?何て言ったらいいんだろう、このかんじ。嵐に吹かれて空を飛んでしまうくらいに僕、ふわふわしてるんだろうか……?

 さっきまでの苦しさは無くなったけれど、今度は周りに何もない状態で嵐に巻かれて、段々寒くなってくる。しかも、嵐に吹かれて巻き上げられて、僕は全然地面に下りられない。

 しかも、嵐に吹き飛ばされながら、僕は王都の方まで来てしまった。この時点で夢の中の僕は、『この後どうやって森まで帰ろう』と不安になっていた。

 その時、何故か鳳凰も管狐も近くに居ない設定だったらしい。いや、だったら何か描いて森まで乗せてもらえばよかったと思うんだけれど、夢の中の僕はそこまで頭が回らなかったらしい。まあ、夢ってこういうものだよね。

 僕が不安になりながらもふわふわ飛ばされていると、王都の人達が見えた。

 彼らは嵐に吹かれて、慌てて家の中へ入っていく。僕みたいに巻き上げられて宙をふわふわする羽目になる人は居ないらしかった。

 王都の人はすっかり家の中に入ってしまって、王都に居るのは、嵐に吹かれて地上に下りられなくなった僕だけになってしまった。

 なんとなく寒いし、地面が遠くて不安だし、助けてくれる人も居ない。どうしようかな、と思っていたら……ぽつん、と、王都に人影が見えた。

 それは、ライラだった。僕の眼下で、ライラが僕を見上げていた。

 嵐に吹き晒されながら、彼女は家の中に入ることもせず、ただ、僕を見ていた。

 彼女に何か伝えたくて、僕は手を振る。嵐に吹き流されて浮いてる奴がこんなことするのもおかしいけれど、とりあえず、手を振ってみた。僕はここに居るよ、と。

 ……すると、ライラはちょっと笑って、嵐にも負けないような大きな声で言うのだ。

『変なやつ!』と。




 ……目が覚めたら、僕は毛布を被っていなかった。成程。道理で寒い訳だよ。

 そして、ベッドの上の状態から推理するに……どうやら、簀巻きになっていた僕を見て、管狐が僕と毛布の隙間に入り込んでしまったらしい、ということが分かった。今度から毛布の簀巻きになる時は、管狐の為の隙間を残しておくか、最初から管狐を巻き込んで一緒に簀巻きになった方がいいかもしれない。じゃないと、きつくて苦しい。

 そして、僕が管狐に侵入されて圧迫されているのを見た鳳凰が、これでは僕が狭くて息苦しいだろう、と思ったらしく、毛布を解いて、僕と管狐のぎゅうぎゅう詰めを解消してくれたらしい。ただし、その後、僕には毛布が掛け直されたりしなかったので、僕は嵐の冷たさを夢の中で再体験することになったんだろうな。

 ……そっか。こういうのって結構、夢に反映されるんだな。




 そして僕は、ちょっと風邪っぽくなった。

 そこまで酷い状態ではないのだけれど、喉が痛くて鼻水が出る。あと、頭がうまく働かない。

「……まあ、偶にはいいだろう。寝ていろ」

「うん……」

 昨日、ラオクレスにお風呂に放り込んでもらったり、アンジェにミルクティーを貰ったりしていたのに風邪っぽくなった。申し訳ない。

「体調崩してる場合じゃないのに……」

「それでも体調が崩れたなら、今、体調を崩すべきだったんだろう」

「そういうものだろうか」

「そういうものだ」

 ……体調を崩すべきだった、っていう考え方はよく分からないけれど、そういうものだ、って言われたら、そういうもののような気がしてくるから不思議だ。

「……夢、見たよ。嵐の夢」

「夢の中でも嵐か」

「うん」

 僕がベッドの中から話しかけると、ラオクレスは苦笑しながら聞いてくれる。

「僕、嵐に吹かれて吹き飛ばされてて」

「……そこまでふわふわしていたか」

「してないよ。夢の話だってば。……それで、王都の方まで飛ばされていったんだ」

 ラオクレスは『だろうな』みたいな顔をしているけれど、だから、夢の話だってば!

「王都は人が居なくて空っぽだった。皆、嵐から逃れるために家の中に入っていたりして……でも、ライラだけ、通りの真ん中にぽつんと立ってた」

 嵐の中に居る経験を得た僕なら分かる。あの時のライラは、嵐の中で、きっと寒くて冷たくて、どうしようもなかったはずだ。でも、彼女は立ってた。

「それで、僕を見て、ちょっと嬉しそうに『変なやつ!』って、言ったんだ。大きな声で。……それが僕はなんとなく嬉しかった。で、起きたら僕の毛布は僕にかかってなかった。おしまい」

 夢の話を終わらせると、ラオクレスは苦笑しながら、僕の横に居た鳳凰のお腹のあたりをかるくつついて「毛布を被らなくなったら被せてやれ」とお願いしていた。うん。よろしく。


「……お前らしい夢だな」

「そうだろうか」

 僕は嵐で吹き飛ぶほどには軽くない。そういう思いを込めてラオクレスを見てみたら……ラオクレスは随分と優しく笑っていた。

「お前はライラ・ラズワルドにあまり怒りを感じていないんだな」

「え?」

 ラオクレスは僕の疑問に答えず、部屋から出ていく。

「寝ていろ。フェイとクロアが戻ったら起こす」

「……うん」

 ……部屋のドアがしまってしまうと、僕は、ちょっと考えることになる。

 そっか。僕、ライラに対しての怒りって、あんまり無いな。

 どうしてだろう。彼女は……まあ、悪いことをしている、のは、まあ、確かだし、僕はその被害者なのだけれど……僕が僕の名声に興味が無いから怒る気分にならない?それとも、彼女のやり方がそんなに嫌じゃない?いや、ええと、そんなことは無いな。人の名前で出品するのは悪いことだって分かる。

 他には……彼女のことがそんなに嫌いじゃないから?いや、でもそれっておかしいな。僕は彼女のことなんて碌に知らない。それはモチーフについて考える時に思ったことだ。だから、そうじゃない、はずなんだけれど……。

 あ、もしかして、あの絵が……。




 それから僕は、気づいたら眠っていた。というか、気づいた時には『起きていた』のが正しい。いつのまにか寝ていて、それで、起きた。うん。

 ……眠っている間、なんだかふわふわした夢を見た。多分。よく覚えていないけれど、綿毛に埋もれてるかんじだった気がする。

 そしてベッド周りを見てみたら、案の定、僕の首元には管狐が尻尾をふわふわさせて巻き付いていたし、僕のお腹のあたりには鳳凰がふわふわ丸くなって寝ていた。うーん、ふわふわ。


 頭は軽くなっていたし、喉の痛みもほとんどなくなっていた。ただし、もう夕方になっていた。朝から夕方まで寝ていたらしい。

 ……けれど、まあ、しょうがない。こういうものらしいから。

 しょうがないしょうがない、と自分に言い聞かせつつ、ベッドの上で管狐の尻尾をふわふわやって気持ちを落ち着かせていたら。

「起きているか」

 ラオクレスが入ってきた。そして、その後ろには……。

「よお、トウゴ!お前、嵐起こして風邪引いたって!?」

「あなたらしいけれど、くれぐれも体には気をつけて頂戴ね?全く、もう」

 ……フェイとクロアさんが帰ってきた!




 それから、僕はいつの間にか窓枠に乗っていた(多分、龍が持ってきたんだろう)木の実の中身を飲みながら、フェイ達の話を聞くことにした。

「結論から言うとな、ライラ・ラズワルドはお前以外にも多くの奴らの名前を騙って作品を出してる」

 フェイはそう切り出して……それから、複雑そうな顔をした。

「ただなあ……その多くが、『依頼されて』名前を騙ってるらしい。それも、名前の本人とか、本人の周りの人から」

「要は、貴族に依頼されて絵を描いて、それがその貴族の名前で美術館に飾られたり、コンクールに出品されたりしているっていうことね」


 ……ええと、それって、つまり……ゴーストライター、っていうこと、だろうか。


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ゴーストドロワーとかゴーストペインター
[一言] 持ち越しになる嵐 なんとなく餅が頭に浮かびました。モチ濾し。濾した餅の嵐。 嵐に飛ばされる青年?少年?とそれを見つめる少女 凄くジブリ感のある心象風景。映画で見たいです。 どうでもいいの…
[一言] 贋作師の逆?
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