緑の万華鏡(仮)
九瀬一葉は高く跳んだ。
体が放物線を描いて、うまい具合に落ちていく。
150センチ。まずまずだ。
中澤智仁は、そんな九瀬の競技に見入っていた。智仁の出番はすぐ後だというのに戻ってこないので、智仁の友人、菊田正樹は智仁の性格を踏んで高跳の練習場所を探していた。
「すごいです、九瀬先輩!」
九瀬の後輩女子が九瀬を囲んだせいで、際立って高い背というわけではない九瀬の姿は、長いポニーテールを残し見えなくなってしまった。
「またここにいたんだな」
智仁は叩かれた肩に鳥肌を立たせて振り向く。
やはり、菊田正樹だった。
「走れ。すぐだぞ」
「そっか。もうそんな時間か」
正樹は異様にマイペースな智仁についていくことを諦め、苛立ちを見せて言った。
「俺たち困るんだよ!リレーはチームで責任取るって前提なんだから。今度コーチに見つかったら本気で殺されるぞ?」
恋に踊らされて自分の本望を忘れていた智仁も、このコーチの怒りばかりは勘弁だった。
以前コーチは、教育担任という職権を用いて、全校生徒の場で、俺たちを例えに遅刻を取り締まるという話をした。あの時の恥ずかしさと言ったら!今でも黒歴史だ。
「走ろう!」
「おっおい!」
正樹はただでさえ自分より速い智仁に、先にスタートを切られたことでもうすぐくる練習試合まで体力を残しておかなければと思いつつ、全力で走ることを余儀なくされた。
コーチは既にそこにいた。ただしピストル───競技でスタートを広範囲に後で知らせる、銃のようなもの────に球を入れていた。
「おそいぞっ!」
真部学は小声で怒鳴った。
眉間にシワを寄せながらウォーミングアップを兼ねたジャンプをする様はちぐはぐなコントのようだと正樹は思ったが、体が小さいので女子はかわいいとよく言われている。
「俺たち次だ。そんな息切らしてて平気か?」
「平気平気っ!」
「智仁は平気だろうよ、アンカーなんだからあと何分かある。けど正樹は…」
「ちょっと、水…飲んで、くるからっ」
息を切らし、よろよろと方向転換をする正樹はいかにも危なっかしいと真部は思った。
「俺は心配だなぁ」
「大丈夫だろ、予行だし」
「お前は楽観的すぎんだよ!」
でも、と西間理央は言ったが、正樹が駆けてくるのが見えたのでそれに視線をやるだけで会話は途切れた。
「じゃあ次!西間チーム!」
コーチは第一走者の名前でチーム分けをする癖がある。しかも大会のチーム名もいつの間にかこの名前になっていたりする。
「よーい…」
パンッ!という音で、西間は走り出した。
『緑の万年筆』のタイトルの由来は、ストーリーが夏の話だったので、ちょうど今日のように晴れた午後3時ごろに茂る青い葉の紅葉が光に透き通るさまです。