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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

瓶の少女

作者:

独房は窓際に立つ。瓶詰めの少女はピアノと椅子と餌箱の空間に添え物の様に振る舞って、作品から自分を切り離して捉えさせる術をよく心得ているから無害の羽虫と同様で有れるのだろう。か弱さとは人の得た、捕食側に対する汎用的な武器であると信じたい。特化の末が無垢を演じ続ける嬰の少女で、仮に崩されて虐待されて、予め否定されている自分に対して、歪な、しかし一方では正常な、そんな存在意義を与えられたとしても無知を演じざるを得ない。それしか知り得ないはずなのだから、なすがままにされているのが当然であるのだ。硝子からの七色の光が彼女を焼く。悶えても彼女は瓶の中心から離れられない。等身大の雨粒が壁を隔てて正面で弾ける。彼女は怯えてはいけない。私が死んで蛆虫になる。彼女は喜んでも悲しんでもいけない。外はない。内側の世界が彼女の全てで完結せねば、彼女は内外に抹殺される。


 ひとすじ涙を流した彼女を、私は茹でようと思った。


 ビーカーを取りだして湯を沸かす。沸騰後塩を入れて暫く待つとグツグツと他愛なく泡が弾けていくのが私をサディスティックな気分にさせる。窓際から持ち出して実験場へ移動させる間、当人は持ち上げられたときの揺れで転びはしたものの何でもない風に中を歩き回っていた。この余裕は演技である。硝子の外が見えていない訳ではない。風景も外気も振動もこれから瓶がどうなるかの予感を伝えて動いているのだ。入れるのは一瞬だった。重りがあるから蓋の口まで沈み、コルクが湿り水気を伝えていく。段々と靄が瓶にかかり、熱に喘ぐ曇った声が二重の硝子を伝えて鈍く聴こえる。中は水滴を通して眼鏡のように見えるが、やはりつまらぬ地獄の体だ。白い手は喉に蚯蚓張れをつくらせ、脚はへたって底からの湯気に焼かれて真赤に艷て光る。髪の一本一本が上気していく。肢体から沸く湯気と見開いた目玉は人の形を以て人間を冒涜する姿態に見えて自分の所業に嘔吐感を覚えるが、一方では高揚している。雪肌は今や紅葉の色だ。私が変えた。うつくしくはなかった。この程度では彼女の全てを引き出せていない確信が私には明瞭にあった。目玉が飴細工の様に溶けて空洞を成し、萎れて首を底に落としたあたりで私は飽きて火を止めた。下らぬ試みだった。神様や自然が何かしら彼女を助けるといった超常、幸運を期待した訳ではないが、人の形に超越した神秘性が宿っていることを信じても所詮は爛れた蛋白質になるのが道理であるのは明白だった。


 涙の後はしわがれて残った。私はそれを磔にした。


 数日の内に彼女は復活する。私はそれが恐ろしい。遥かに人類より優れたそれを微生物と同じ様な耐久実験に晒して、怯えた目を抉り、意思を枯らし、足を千切っても先に限界を迎えるのは私の残虐性で、こんなのは徒労そのものだ。かつて私に笑いかけた日、私が怯えた表情を見せて、それから彼女は無垢になった。一度汚れた物は純白にはなれやしないはずが、それからずっと、私を意に介さず、瓶の中で舞い続けているのである。流している涙は海亀が流すような、人の持つ意味でない。そう確信している。にせもの。ひとの形をとった、神様のにせもの。無理矢理に目を合わせると、年頃相応にくしゃっと笑った。


 彼女は鶏肉の味わいで、骨っぽい。髪が邪魔だが、脳髄は濃厚であった。

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