みんなに会いたい
ひとしきり泣いて、落ち着きを取り戻した笑と幸来。少し冷めてきた湯に追い焚きはせず、そのまま浸かっている。居候として余計な光熱費をかけないよう遠慮している節もある。
二人は言葉を発さず、ただ冷めてゆくばかりの湯で、たそがれている。
お風呂のにおいはこの世界でもおんなじなんだ。ちょっと落ち着くかも。
私たちの世界より湯気の粒子が細かいわ。
笑と幸来は、それぞれそんなことを思っていた。
長く感じた1分を経て、笑が開口した。
「ありがたいね、お家がないのに、お金も払わないでお風呂に入れてもらえるなんて」
「そうね。いま、つらいどころの話じゃなくて、どうにも気持ちの整理がつけられていないけれど、でも、人の温もりはどうしようもないくらいに感じてる」
「うん、私も。いくら私たちがこの世界でも有名だからって、素顔は知らないだろうし、本当は世間で言われるほど心が綺麗じゃないし、エッチな妄想もするし。そんな私たちを、ここの家族は受け入れてくれたんだよ」
「本当よね。三人が受け入れてくれなかったら、いまごろ私たち、野宿よ。公園か、駅前交差点の地下道で座り込んでるか」
「誘拐されて、酷いことされちゃってたかも」
「そうね。怖い人も、この世界にはまだたくさんいそうだものね」
「うん。もしかしたら私たち、ラブリーピースになってこの世界を平和にするために、この世界に来たのかな?」
「そうかしら。だとしたらこの世界も、10年経たないうちに無くなっちゃうじゃない」
「そうだよね、でも、どんな世界も、いつかは無くなる。世界をハッピーエンドにするのがラブリーピースの使命なんじゃないかって、赤点製造機の悪い頭で考えてみたんだけど、違うかな」
「だとしたら私たちって、なんて残酷な存在なのかしら。ハッピーエンドとはいえ、世界を終わりに導いてしまうなんて」
「でも、この世界にもブラックサイダーみたいなのがいて、私たちが戦わなければ絶望の終焉を迎えるのだとしたら……」
「そうなのよね、それなのよ。どのみち世界は終わってしまう。だとしたら私たちの行いは正解なわけで」
「わっかんないなぁ、難しい」
「そうね、いまはこの世界に来たばかりだから具体的にどうということはわからないけど、きっと私たちには、この世界でもやることがある。だからいま、ここにいるんだと思う」
「そうだね、私たちにはまだ、やることがある。だからいま、生きてるんだ」
二人は顔を見合わせて、確信を得た笑顔で首肯した。世界を救ったヒロインの凛々しい表情が、5年ぶりに蘇った。
自分たちがいま、この場所で生きている意味。
ラブリーピースとして活躍していた当時、二人は確かにそれを自覚していた。
私たちにしか、この世界は救えない。
警察も自衛隊も世界各国の軍隊も、ブラックサイダーを倒せなかった。
だから自分たちがこちらの世界に転移して生きている意味は、必ずある。それは二人にとって大前提だ。
では世界を救う能力のない家族や友人、街の人たちはどうなった?
そう考えると胸がずんと重く、内部から張り裂けそうなほどの痛みが走ったが、笑、幸来ともそれを口にはしなかった。暗黙の了解だ。
それでもやっぱり、みんなに会いたい。一刻も早く。その想いは、募るばかり。
「ねぇ、探してみない? みんなのこと」
ふと思いついた笑が提案した。
「探すって、どうやって?」
「回覧板?」
「そういうのあるのかしら」
「わからない」
「でも回覧板だと地域が限られちゃうわよ」
「じゃあおまわりさんに捜索願?」
「この世界では私たちみんな住民登録されていないわ。全員もれなく住所不定無職よ」
「うぅ……」
もはや打つ手なしか。諦めかけたそのとき、笑がひらめいた。
「動画サイト」
「あ」
幸来も合点がいった。
二人がよく見る、全世界配信の動画サイト。どうやら自分たちの生まれ育った世界より文明が発達していそうなこの世界なら、それくらいはあるだろう。
二人はそそくさと浴槽から上がり、ラックにかけておいた日本手ぬぐいで身体を拭き始めた。