ラーメンは、病んだ心に染みる味
ラブリーピース、翼、小町ともそれぞれ楽曲をつくってライブに向けて練習し、沙織、聡一や、その愉快な仲間たち(演出家、スポンサー企業の社長、それに附随する商店やニートから政治家など様々な身分の者)と顔を合わせ、セットリストやステージ演出の打ち合わせを行うなどして日々が過ぎていった。球場外で路上ライブをするならまだしも、球場内で興行をするには何かとお金がかかる。学校の予算だけでは賄いきれない部分もあり、聡一と沙織は伝手のあるところにスポンサーになってくれないかと持ちかけた。今回のスポンサーは幸いにも採算は気にしなくていい、ただ、これで茅ヶ崎が盛り上がったり、ライブを見に来た人はもちろん、出演者やスタッフにとっても楽しい時間になれば良いとのことだった。
タダより高いものはない。ラブリーピースの5人や翼と小町は、そんなことを肌で感じていた。
茅ヶ崎を盛り上げる。特にこの点の難易度が高い。茅ヶ崎には、エンターテイナー、飲食店、農業など業種は様々だが、地元を盛り上げようと日々精力的に活動している人が多い。ラブリーピースもウェブ配信を主とした音楽グループでありながら、茅ヶ崎という街を盛り上げる役を担っている。この街で生まれ育ったり、聡一の力を借りて身分をでっち上げてもらったラブリーピースのメンバーは、地元への恩返しにと、メインとしているポップ系ミュージックのほかに、茅ヶ崎をイメージした湘南サウンドやラテン調の曲もいくつか作っている。
ラブリーピースのメンバーではまだ夢のソロ曲が披露できていないが、夢が曲づくりに不慣れなこともあり、ライブ本番の1月1日まで残り1週間を切っていることから、そこで初披露となる可能性が高い。
「いやはや、たくさん曲をつくりましたなあ」
冬休みに入り、ラブリーピースのメンバーは毎日朝から晩まで地下室で練習を重ねている。楽器を演奏する曲とダンスをする曲があるためかなりハード。過半数の曲をつくっている笑は特にハードだ。
「笑、意外と才能あるんじゃない?」
「フッフッフッ、まがいなりにも国民的アニメの主人公だからね。それなりの潜在能力を秘めているというものですよ幸来さん」
「ほんと、さすがお姉ちゃん。私なんか地下室に閉じこもりで頭おかしくなりそうだよ」
「夢さん! 無理は禁物です! 皆さんもちょっと外に出ましょう!」
思留紅の呼びかけでメンバー5人とも外に出て、砂浜に出た。16時半近くの渚は雪化粧した富士山が紅に染まり、伊豆半島に沈もうとしている太陽は一直線に波間を貫いている。ざぷん、ざぷんと穏やかに打ち寄せる波は、陽光をとろとろ溶かして、引き際に砂と乱反射して刹那、きらきらまばゆい粒子となる。
「わあ、何度見てもきれい。茅ヶ崎で育って良かった」
波打ち際でうっとりする花純。
「心が、心が浄化されてゆく……」
地下室に閉じこもって病んだ夢が、虚ろな目で光を見つめている。それに吸い寄せられるように、一歩、また一歩と海に向かって歩を進める。
「早まっちゃだめです!」
入水しかけた夢の手を、思留紅が引き戻した。
「え?」
状況を呑み込めていない夢。
「これからは、外に出たり、買い物とか散歩をして気分転換もしましょう」
幸来が提案した。
「そだね、ぶっちゃけ私もメンタルやられてるし。思留紅ちゃんと花純ちゃんは平気?」
「私は慣れてるので割と平気ですけど、これだけハードな練習は初めてなので、やっぱりちょっと疲れてます」
「私も、ちょっとお散歩したいなあ、なんて思ったり」
ということで翌12月26日の14時ころ、5人は気分転換にと近所のラーメン屋に来ていた。以前、翼、小町と来た店だが、夢は初めてだ。きょうも店主のオヤジとおばちゃんがせっせほのぼのとラーメンをつくっている。
笑を除く4人はテーブル席に、笑はそのすぐそばのカウンター席に座ってすすっている。
ふーうふーう、つるっ、つるつるっ!
「うん! 美味しい!」
味噌ラーメンを一口すすった夢は、笑、幸来同様、初めて食べた現実世界のラーメンに感動している。
「ラーメンは、病んだ心に染みる味……」
「し、思留紅ちゃん!?」
カウンター席にいて4人と背を向けていた笑が思わず振り返った。
「ラーメンは栄養たっぷりなので、心身が求めるんです」
「そっか、思留紅ちゃんも大変なんだね」
あまり弱音を吐かない思留紅だが、堰き止められていた心の渦がラーメンを食べて込み上げてきたようだ。
「やっぱり音楽やるのも大変?」
と、カウンター席の内側に立って麺を茹でている店主のオヤジが近くにいる笑に問うた。
「大変だよ。でもね、私思うんだ。エンターテイナーっていうのは、人をハッピーにするためにすんごい努力するものだって。音楽聴いたりアニメ見たり、テレビでお笑い芸人がコメントを入れるのとか見て、すごい労力だろうなって、よく思う。私たちはそういう世界に足を突っ込んだわけさ。もちろん、メンバーがお互いに気を配りあって倒れたりしないようにしなきゃいけないけどね」
「そうだね、まあ生きるっていうのはそれ自体が大変なことだし、みんなも大変だろうけど、どうにか頑張ってね。俺もライブ見に行くからさ」
「私も、楽しみにしてるわよ、みんなのライブ」
おばちゃんも5人にエールを送った。
「チケット買ってくれたんですか!?」
「買ったよ!」
「なんだ、言ってくれればあげたのに」
「いいのいいの、見たくて見に行くんだから」
「そうよ、みんなの晴れ姿、ほんとうに楽しみにしてるから、頑張ってね」
「うう、染みる、心に染みる。絶対いいライブにします」
泣きじゃくる笑。ラーメンで塩分を摂取しているが、涙で流して実質塩分ゼロかもしれない。
ライブを楽しみにしてくれている人がいる。それを実感して気分が上がった5人。
現在、定員2756名に対しチケットは約1200枚売れている(売れ残っている場合は当日購入も可)。ライブを楽しみにしている人はそれだけいるということだ。それは5人も重々承知しているが、直接声をかけてもらい改めて嬉しさを実感した。
そして、最初の1枚を購入したあの人も、それはもう大層楽しみにしながら、机に向かって絵を描いていた。




