茅ヶ崎サウンドのひみつ
夏休みが終盤に差しかかったころ、『カラスのパンク』のミュージックビデオが完成し、動画サイトでの公開に至った。今回は砂浜のあちらこちらで叫び狂う笑と、海辺や海上、ゴミ捨て場、江ノ島、里山地域などあちらこちらのカラスを撮影して動画に組み込んだ。メンバー一同、これほどまでにカラスに的を絞ったバードウォッチングは初めてだ。
そんな日々を送る中、笑、幸来、夢のアニメの世界から来た三人は、この現実世界で人気のアイドルやバンドのアニメを見るなどしたが、自分たちのイカレっぷりと自堕落ぶりを痛いほどに思い知らされた。この調子では東京ドームにも武道館にも行けそうにない。そもそもそこを目指してはいないが、機会があれば演者として行きたいとは思っている。
「でだ! 東京ドームとか武道館に行くのはなんでだ!? なんでなんだ幸来ちゃん!!」
朝8時のサザンビーチ、茅ヶ崎サザンCのモニュメント前を歩く笑、幸来、思留紅、花純。もう太陽はギラギラで、ウルトラバイオレットが容赦なく突き刺してくる。
「決まってるじゃない。より多くのお客さんに見てもらうためよ」
「そうイエス! さすが幸来ちゃん! 私たちの音楽を生で聴きたい、パフォーマンスを生で見たい、ライブビューイングならライブサウンドを聴きたい! そんな人がたくさんいて、その人たちになるべくもれなくパフォーマンスを見てもらうための大きい箱なんだよ! 見たいって思ってくれる人が少なかったら、大きい箱で披露する意味がない!」
朝の澄んだ大空に、笑の声はこだまして散ってゆく。
「さすがです! さすが夢さんです! そうです! 大きい箱でやりたい! って思ったら、見てくれるお客さんのことを想わなきゃいけないんです! 人気を取りたい! っていう欲よりは、みんなが集まってくれる自分たちになる。その心持ちが大事なんです! この違いを履き違えてはいけません!」
「私たちのアニメを見てくれた思留紅ちゃんと花純さんはわかると思うけど、もともと笑はすごく心がきれいで純粋な子なのよね、こっちの世界に来てからはこんなだけど」
「うるさい! この世界が汚なすぎるんじゃい!」
「私もびっくりですよ、あのやさしくて真っ直ぐなお姉ちゃんが、まさかこんなになってるなんて」
「ううう、夢ぇ~」
妹に思わぬことを言われ、ショックで涙と鼻水を垂らす笑。
「でも、茅ヶ崎はまだマシな街なんじゃない?」
と幸来。
「ええ、まあ、茅ヶ崎は比較的治安が良くて、のんびりした田舎町の割には何かの仕来たりに従ったり集会に参加する義務もなくて、比較的過ごしやすくて、比較的穢れが溜まりにくい街らしいですよ、比較的」
「あはは……」
思留紅の解説に苦笑する花純。
「うん、でも、確かに過ごしやすいかなあ、私はほかの街で暮らしたことがないから、絶対的なことは言えないけど」
砂浜に下りて、きらめく海の波音で心を洗う。穏やかな曲も、イカレた曲も、この波音と茅ヶ崎の持つ力が心の奥底から湧き立たせてくれる。
「はーあ、私、この静かな海は好きだなあ」
「適度な距離に半島があって、烏帽子岩をアンテナにして、海からも空からもいい具合に力を寄せ集めてくれている感じがするわね」
茅ヶ崎の東西両サイドには数十キロの距離には三浦半島、真鶴半島といった中規模な半島がある。三浦半島の外側に房総半島、真鶴半島の外側に伊豆半島がある。茅ヶ崎からは近すぎず遠すぎず、適度な距離がある。そこから集まったエネルギーが烏帽子岩を介して茅ヶ崎の地続きに突き出た部分、つまりヘッドランドに集まっているのかもという旨を幸来が言った。
波打ち際に、暫し沈黙が流れた。
「す、すごい、幸来さん……」
「さ、さすが、幸来さんです」
呆然とする思留紅と夢。
「すごい、すごいね幸来ちゃん! 私、17年も茅ヶ崎に住んでてそこまでは思い至らなかったよ!」
花純も幸来をベタ褒め。
茅ヶ崎には不思議な力がある、というのは、地元住民の間でもよく言われていること。しかしそれがなぜかと問われると、穏やかな波とか開けた海とかヘッドランドが力の崎になっているみたいなことを、とりあえず説明する。
それはきっと、間違っていないし正しい。
「すごい! 幸来ちゃんよく気付いたね! 私も知らなかった! 聡ちゃんは知ってた?」
花純を連れて帰宅して、興奮冷めやらぬ思留紅が「すごいんだよ! 幸来さんすごいんだよ!」とリビングで朝食の用意をしている紗織に詰め寄った。
「いや、僕も知らなかったよ、さすが幸来さんだね」
ブオッ! ソファーに座って読書をしている聡一の後ろ姿に、幸来は沸騰した。なんとなくだが、聡一は気付いていたのかもと匂わせている。
「37年間茅ヶ崎に住んで、長年の謎が解けた気がする! すごいね幸来ちゃん!」
素直に驚いて称賛する紗織。
「あ、いえっ、あくまでも私の推測ですから……」
「もう、謙遜しちゃって」
「こういうときは素直に喜ぶんだよ幸来ちゃん! 私もこりゃ一本取られたと思ったよ!」
普段は笑があれやこれや言って場を賑やかしているが、今回は幸来が注目の的になった。その不慣れな状況に照れ隠しの幸来。まさか、なんとなく浮かんだ一言がこれほど好評を得るとは思いもしなかった。思ったことを言ってみるのも大事ねと、身をもって学習した。
たまにはこんな日があってもいいかな、ううん、もうちょっと、けっこうあってもいいかな、なんて、海風がいざなった僥倖に心をときめかす幸来であった。




