わかってくれるカア!
朝5時、夢は私に寄り添い、丸まって寝息を立てている。昨夜は眠れなくて、カーテンの隙間から外が明るくなっているのがわかる。
ちょっと散歩してこようかな。
私は敢えて一人で外に出て、きのうの夕方同様、砂浜の波打ち際を東へ向かって歩き出した。
こんなに早い時間でも散歩やジョギングをしている人がけっこういて、遠くで犬の鳴き声が聞こえる。海上ではサーファーがサーフボードにうつ伏せで乗っかり、ちゃぷちゃぷ弱い波に乗っている。それでも昼間のような喧騒はなくて、オレンジの空、東からやさしく照らす太陽はこの時間、東側の海をとろけるようにきらめかせている。きのうの夕方も見たような景色だけど、朝のほうが波は穏やかで、とろん、とろんとした波音がきらめきを引き立てる。
海といえばカモメだけど、カモメはあまり見られなくて、波打つ海上を一羽のカラスが陸へ向かって一直線に飛んでいる。
白んだ空は丸く広くて、果てが見えない。海の向こうも見えない。
この広い世界のどこにも、お母さんとお父さんはいないんだ。
これで夢までいなかったらと思うと、音楽のモチベーションは相当下がっていたと思う。
今のところ私たちの動画の閲覧数は全曲合わせて3百くらい。なかなか伸びない。楽曲の雰囲気が同年代向けに偏ってるからかな? あの超絶最強大人気アニメ『ハートフル少女ラブリーピース!』だって、お年寄りにはあまり知られていないらしい。
対して、若い人からお年寄りまで幅広く知られているもののあるわけで。たとえば国民的ミュージシャンとか。
色んな曲を披露すれば、少しは視聴者層が広がるかな?
でも、無理して私らしくないことをやってもいいパフォーマンスにはならない。
いろいろと難しく考えるよりは、想いのままを歌にしたほうが良さそう。そういう中で大人びたバラードなんかができたら、それはそれでいい。
「ふひぇ~」
なんだかいろいろあり過ぎて頭が追いつかないよお。
背負うものの重みに耐えかねて前かがみになった私は、両手を膝についた。
あれだ、ブラック企業とかサービス残業とかいうやつだ。この世界は、特に日本では手に負えないほどたくさんのことを抱える人が多くて、それを美徳とする文化が根強く残っているという、ブラックサイダー顔負けの悪しき風習がある。
ここ茅ヶ崎は、そういうのから逃れてのんびりした暮らしをしたい人が集まる街らしいけど、この私、桃原笑をリーダーとした『ラブリーピース!』はやることがいっぱい。
きっとやることがなくなると、世界が消えたり自分が死んじゃったりする。命を繋ぎ止めるためにはやることがないといけない気がする。世界を消された経験者は語る。
「でものんびりしたいじゃん!! 休みたいじゃん!! 両親亡くしたんだぞおおお!! 少しは休ませろおおおおおお!! うおおおおおお!!」
たまらなくなって海に向かってシャウト! これあれだ! ワーカーホリックっていうやつだ! 何もやらなきゃすべてが終わる恐怖!!
「カーア! カーア!」
「そうカア! カラスさんもそう思うカア!」
空飛ぶカラスよ! 暗黒の化身が私の味方になるとは! もしや私、いつの間にかブラックサイダーになってるんじゃ……? まあいっか! 今の私、いつもよりどうかしちゃってるけどそれもいっか!
「カーア! アアアアアアン!」
「そうかそうか! カラスさんもいいって言ってくれるカア!」
カラスはそのままサイクリングロードと国道の間に伸びる砂防林へと飛び去り姿を消した。




