夢、烏帽子家に居候
「ここが夢ちゃんのお部屋だよ」
オハナさんが部屋のスライドドアを開け、中を見せてくれた。
この世界に来てから1週間後、病名不明のまま退院となった私は、烏帽子姉妹が住む賃貸マンションの同じ部屋に住まわせてもらうことになった。2LDKの賃貸マンションで、衣類の収納に使っている洋室の空きスペースに一人用のベッドが用意されていた。
病院から数キロ離れたこの一帯は、南風に乗って潮の香りがする。ベタつくせいか、外に洗濯物を干している家がほとんどなかった。へいわ市ではそんなのお構いなしにみんな干していて、洗濯物がベタつくこともなく、お日さまのにおいがする! なんて真っ白なシーツに頬ずりをする人が多かったけれど、この世界は違うようだ。
「ごめんね、服がいっぱいあって、ベッドを置くくらいしかできなかったけど」
アロハさんが冷や汗気味に言った。
「い、いえいえそんな! 住所不定無職でどこの誰だかもわからないような私を置いていただけるだけでも有難いのに、こんな素敵なお部屋まで用意していただいて!」
「そそそそそ、そんなっ、お金がなくて取り急ぎリサイクルショップで買った中古のベッドを置いただけだから、気にしないで」
あわあわと狼狽する姿も清楚で可愛らしいオハナさん。
「そうそう、どうしたらいいかわからなくてとりあえずベッドを置いただけだから。整理とかレイアウトはこれからね」
と、アロハさん。
「ほんとうに、ほんとうにありがとうございます」
私は最敬礼で深々と頭を垂れた。
それからオハナさんは温かいミルクティーとクッキーを用意してくれて、リビングでティータイムが始まった。午前10時、外は快晴、春の温かくやや強い風がキーンと音をたてて吹いている。
「おいしい」
ふわっ、サクッとした食感と、ほどよい甘さのあるやさしい味のクッキー。
「ふふ、買ってきたクッキーだけどね」
「この世界の食べものって美味しいですよね。病院食にもちゃんと味がついていて、ファミレスのメニューみたいでした」
「そっかぁ、夢ちゃんがいた世界には、そんなにこだわった食事はないのかな?」
「うーん、お母さんの料理は美味しいですけど、病院食は味が薄いって言われていました。私は入院していないので真偽のほどは定かではありませんが」
うんうん、なるほどと頷き合うアロハさんとオハナさん。このような小さな動作が、私がいた世界はフィクションの世界だったのだなという実感をより強くさせる。更にはこの世界でさえ、私たちの世界よりもこだわって創られたフィクションの世界なのでは、それを創った人の世界もまた……。なんて、キリのないことに思考を巡らせる。
こういうとき、私は頭がいいのかもなんて、さりげなく自惚れたりもする。
「夢ちゃん」
僅かに神妙な面持ちで、オハナさんが言った。
「はい」
そのオーラに圧され、私はごくり重たい唾を飲んだ。




