きらめきたくても頑張れなくて
ざぶん、ざふーん。
小波、ほどほどの波、たまに大波。
たまには一人で散歩をしてみたくて、私は昼食のあと、ヘッドランド西側の波打ち際を東へのんびり歩いていた。この辺りは海水浴場ではなく、人が少なくて歩きやすい。
幸来ちゃんと思留紅ちゃんも、それぞれ一人の時間を過ごしているみたい。きょうはなんだか、そういう気分。
「おっと」
波が足元まで迫ってきて、咄嗟に内陸側へ避けた。
青い空、青い海、海に射する太陽の、直視できるやさしいきらめき。太陽はギラギラ灼熱だけど、松林からセミの声、トビがぴーひょろろ、オレンジ色のトンボがフェスのようにわんさか飛び交い、テンションマックスな夏真っ盛り。
沖にひょっこり烏帽子岩、東に江ノ島。いい街だなぁ。
この前、ラーメン屋で話してくれた翼ちゃんと小町ちゃんの過去や、相変わらずこの世界ニュースは悲しい話題にあふれている。
でも、こんなに穏やかで、周りを歩いている人がみんな笑顔の場所もある。
痛みを知った後は、ずっとこんな暮らしができたらいいのに。
そんな理想とは裏腹に、この世界では何度も試練が襲いかかる。耐えられなくて、自分から命を絶つ人も数えきれないほどいて、後を絶たない。
私にもやっぱり、不安はある。
へいわ市のみんな、ちゃんと生きてるかな。
もし誰かが、死んでしまっていたら___。
世界を救うのがラブリーピースの使命。それとは別に、みんなと会うために頑張って音楽をつくって、配信している私たち。
色んなことを抱えて、出口の見えない、分かれ道がいくつもあるトンネルを、どこに行き着くかわからないトンネルを手探りで進む。そんな世界で生きる人を、自分を救いたい。
そういう想いを、音楽にしてみようかな。
物心ついたころから一人でいる時間が少なかったから、せっかくなのでそのまましばらく散歩を続け、帰宅したのは家を出てから3時間後の16時だった。この間、海辺や浜須賀、白浜町、東海岸の住宅地を歩いていた。茅ヶ崎の地理も、だんだん覚えてきた。
茅ヶ崎の住宅地は、私たちの世界にもあったごく普通の家が並んでいるところもあれば、高級住宅地もあったりと、区画によって様々。
一般的な外観の個人宅でお菓子屋さんやピアノ教室を営んでいるところも。
へいわ市に暮らしているときはあまり気にしなかったけど、会社に行ったり魚屋さんとか八百屋さんみたいにがっつり店を構えて働くだけが人生じゃないんだなぁと。
一人の時間は、私を少し、大人にしてくれた。
幸来ちゃんがお利口さんなのは、ちっちゃいときから一人の時間を持っていたからなのかも。みんなと過ごす時間に得られるものもたくさんあるけどね。
「だだいまー」
ふぅ、やっと帰ってきた。3時間も歩いたけど、勉強疲れとも気疲れとも違う、なんとなくからだが軽い、いい疲れかた。
「おかえりー」
玄関で靴を脱ぐと、紗織さんが出迎えてくれた。帰る家がある温かさが、この世界に来てから身に沁みている。
「思留紅ちゃんと幸来ちゃんは?」
「思留紅の部屋で曲作りしてるよ。いくらか詩もできてるみたいだけど、笑ちゃんの考えたのも合わせてみたいって」
「わかった! じゃあさっそく!」
手洗いとうがいをして、私は2階の思留紅ちゃんの部屋に上がった。
「おかえりなさい笑さん」
「待ってたわよ」
「お待たせしましたー! どんな感じの曲?」
「親しみやすい、口ずさみやすいテンポの曲を意識しました。弱っている人に、そっと手を差し伸べられる感じの曲に仕上がりつつあります」
「どれどれ」
デモを聴いてみた。ピアノのやさしい音が、スッ、ふわっと耳に入ってくる。
「あぁ、いい曲」
思わず心の声がもれる、やさしい曲調。
サビに近づくにつれて伴奏が厚くなるけど、それはなんだか、弱った人の心に強く共感しているよう。
「この部分は幸来ちゃんがつくったの?」
「えぇ、よくわかったわね」
「へへへ、なんとなくね」
「あと、部分的にできてない部分とか、曲を足したほうが良さそうな部分もあるから、笑もよろしくね」
「承知!」
私はビシッ! と敬礼。それではちょいちょいっと、やっちゃいますか!
夕飯、お風呂を挟んで深夜2時。
「で、できた……」
ゾンビ桃原、曲完成しけり。
「そろそろ寝ましょうか」
「もう限界です……」
夜更かしに慣れていない三人ともゾンビ状態だけど、編曲担当の思留紅ちゃんはガチゾンビフェイス。目元真っ黒で昇天感がすごい。
いまごろ聡一さんと紗織さんはツヤツヤしてる気がする。覗きには行かないけど。
一週間後、音楽に合わせたミュージックビデオを撮影し終えた私たちは、PCでそれを再生してみた。音楽と、ロケーションや歌っている部分のムービーにズレや違和感がないと確認できた。
「いい感じですね。それじゃあさっそく、公開しましょうか」
「うん!」
「ええ」
笑と幸来の了承を得て、思留紅は新曲『きらめきたくても頑張れなくて』を動画サイトにアップロードした。
◇◇◇
『きらめきたくても頑張れなくて』
作詞作曲:逢瀬川思留紅・海風幸来・桃原笑
編曲:逢瀬川思留紅
Ah 沖にひょっこり
顔を出しているエボシ岩
うれしいこと悲しいこと
ぜんぶ見てきたんだね
きらきらきらめく大きな海
どこまでも広がる青い空
それでも心が晴れないときもあるよね
頑張れ人生は思うほど長くない
わかってるそれでも
力が湧かないことがよくあるんだ
突き進んで息を切らしたら一休み
立ち止まるから得られる宝物がある
それでもいつかは
前に進まなきゃいけないね
すごく勇気の要ることだけど
必要さ僕らのHAPPY DAYS
手にするために
Ah 涙がこぼれる日々に
誰も手を差し伸べて
くれないときもある
独り当てもなく彷徨う日々に
ゴールは見えない
そよそよ頬撫でる遥か潮風
この街を包み込む優しい松風
光が見えそうな気がちょっとだけしたんだ
それでもハッキリした道は見えない
トンネルを抜けられるかな?
早く解き放たれたいそれだけだよ
休もうよいまはゆっくり休もう
不安もたくさんあるけどきっといい日々が来る
(間奏)
なんてね僕もまだわからないんだ
カッコ悪くたっていい
逃げたければ逃げればいい
自分を幸せにできるのは自分しかいない
逃げも休みも前進なんだ
だからねいまこそ
前に進まなきゃいけないんだ
すごく勇気の要ることだけど
必要さ僕らのHAPPY DAYS
手にするために
ラーララララララ ララーラララララー
ラーララララララ ララーラララララー
◇◇◇
『きらめきたくても頑張れなくて』をアップロードした日の夜、とある部屋。一人の少女がベッドに転がり、ショッキングピンクのスマホで動画を見ていた。
「お姉ちゃん、幸来ちゃん」




