たすけて、ラブリーピース!
毎週我が家に来る従姉妹。いくら離婚して大変とはいえ、なぜ毎週来るのか、わたしはその本当の目的に気付いていなかった。
冬休み、1月4日の午前1時、わたしたちは眠れず1階の子ども部屋の2段ベッドに寝転んでいた。上段がわたし、翼。下段が小町。
眠れないからといって言葉を交わすことはなく、オレンジの電灯が慎ましく灯る部屋で黙って眠りに堕ちるのを待っていた。
「ん、ん……」
隣のリビングから、母の声が聞こえてきた。暖色の照明は点いている。
一瞬、寝返りを打つときに出る声かと思った。けど続いて「あっ、気持ちいい」と、異様な声色で発したので、ベッドから下りず枕元のスライド扉を音を立てないように3センチ開けた。すると、下段の小町もそっと顔を出した。
わたしたちが見たのは、テレビを見るなどして座っている絨毯の上で戯れる、母と叔父だった。中学生ながらも、何をしているのかは理解できた。
わたしたちは黙って、息を呑んで、その様子を見ていた。
焦燥、胸の奥で淀む緊張、父がリビングに入ってきたらどうなるか。混沌の高鳴りが思考を止めて、ヘビに睨まれたカエルのよう。
嘘のような本当の光景を現実として受け入れる、ということが、子どもだったわたしにはまだ容易にはできなかった。
他方、小町は躊躇いつつ、勇気を振り絞って翌日から従姉妹といっしょに遊ぶようになった。わたしも小町に「いっしょに遊ぼうよ」と誘われ、数十分ごねて、従姉妹と四人用テレビゲームで遊ぶようになった。
◇◇◇
「つまり、ショッキングなことがあって、それが従姉妹との共通の問題だと、苦手な相手と打ち解けられる場合がある、ということよ」
「えっ、そっち!?」
時は戻ってラーメン屋の小上がり席。翼と小町の生い立ちとオチに、笑は意外性を覚えているよう。
「それで、あの、その後は……」
恐る恐る訊ねた幸来。
「わたしたちはその年の3月末に母と家を出て、去年、母はわたしたちを置いて出て行った。父は現在も家に残っているわ。不倫がバレたかは不明よ」
「さすがにあのオヤジでも、まったく勘付いてないってことはないと思うけど……」
「不倫、ですか、うむむむむ……」
考え込む探偵のように顎に親指と人差し指を乗せ、顔をしかめる思留紅。
「思留紅ちゃんには刺激が強いお話だったかなぁ、年もちょうどあの頃のわたしたちと同じくらいだし」
と、苦い愛想笑いを浮かべる小町。
「不倫はダメだよ! ラブリーピンクが許さない!」
「ええ、お母さんのことだけに恐縮ですが、ハッキリ申し上げて不潔です」
笑と幸来のラブリーピース的かつ個人的な意見。対して小町は、
「そりゃそうだよね、一般的には。わたしだってあれを見て、将来絶対そんなことはしないんだって、心に誓った。けっこう傷ついたし。でもね、お母さんのそれを認めたわけじゃないけど、追い詰められたときにそういう衝動に駆られて、一時的にもスッキリしたくなる気持ちは、いまになるとちょっと理解できちゃったりもするんだよね。あのころは、いまはこうやって明るく振る舞えるわたしでも、縄跳びのロープを首にかけたりしたけど、それに近い感情なのかもなって」
「そうかしら? わたしは追い詰められたらそのような感情は一切湧き起らなくなって、ただ胸や頭などが痛んで絶望に暮れるけれど」
「翼ちゃんはわたしが追い詰められたときよりも先の段階に行ってるもんね。想像力とかやさしさとか思いやりでは、わたしは翼ちゃんには敵わない。だから、想像を超えて追い詰められたとき、自らに手をかけちゃわないかすごく心配。どこまで力になれるかわからないけど、そういうときはあらゆるプライドを取り払ってね」
「ありがとう」
素直に感謝する翼。
他方幸来は、翼の思考や性格と、自分を重ねていた。
わたしにも、一人で抱え込むときがけっこうある。笑はいい子だけど、どこまで相談できる相手なのかを量れなくて、線引きをしている部分がある。
ずっと口を開かず存在感が薄れている花純は、わたしは人生経験が足りないなぁ、なんて幸せな育ちをしてきたのだろう。その反動で、これまでの幸せがどこかで崩れ落ちてしまいそうな恐怖をまた感じていた。
「そういえば、望ちゃんと光ちゃんっていったっけ。二人とはいまでも仲良くしてるの?」
と、不安に駆られた花純は話題を切り替えた。花純と望、光は平和町の公園で数回顔を合わせた程度だが、なんとなく覚えてはいる。
「そういえば最近連絡してないなぁ、どうしてるんだろう。翼ちゃん知ってる?」
「さぁ、存じ上げないわ。でも、仲は悪くないんじゃない?」
「そうだね、だからまぁ、やっぱり、不倫を目の当たりにして、わたしが何も知らない望ちゃんと光ちゃんを心のわりかし浅いところで憐れんで、声をかけてみて、打ち解けた。要約すると、不倫の傷と引き換えにそれを得たってところかな」
しばし、沈黙のときが流れた。後片付けをするおばちゃんと、チャーシューの仕込みをするおじさんの動き回る音が響く。
「いやあ、この世界は複雑だね! ラーメンは美味しいけど、それだけ色々あるってことか!」
と、沈黙ムードに耐えかねた笑が堰を切った。
「そうだね、だから、そんな世界に迷う私たちを助けてよ、ラブリーピース!」
ホースで水をかけてじゃれるときの笑顔で、小町が言った。視線は主に笑に向け、ちらりと幸来にも目を遣った。
「わっかりました! ラブリーピース、頑張ります!」




