辻堂のショッピングモール
「おっ、きいいい!!」
辻堂駅直結の小ぎれいでお洒落感が支配するショッピングモールに入った笑、幸来、思留紅、花純の四人。笑は館内の奥、エスカレーター付近に差しかかったところでその大きさに気付き、感動した。
「ほんとね、へいわ市の大型スーパーやホームセンターより大きいわ」
幸来もこのショッピングモールの規模に驚いている。
果てが見えぬほど奥行きのある4階建てのショッピングモールには、ファッション、楽器、書店、ベビー用品店、文具店、雑貨店、フードコート、レストラン街、スーパーマーケット、アイスクリーム店、映画館など、多種多様な店舗や施設がある。
東側のテラスからは辻堂の街を見渡せるようになっていて、密集するマンションや住宅などの向こうに海や江ノ島が見える。
「あっ! そこのお母さん! エスカレーターにベビーカー乗せちゃだめ!」
目の前に現れたエスカレーターにベビーカーを乗せた若い夫婦を見て注意した笑。それを追従するように、危険なためベビーカーはエスカレーターには乗せず、エレベーターに乗せるようにという旨の館内放送が流れた。
「はーいごめんなさーい」
母親はとりあえずといった感じで謝った。
「あ、絶対反省してないでしょ!」
「してますー」
転落してきたら自分たちも怪我をするため、笑たちはベビーカーから少し間を置いてエスカレーターに乗った。その間には誰も乗らず、エスカレーターは4段空いている。
「お父さんも注意しなきゃ! 赤ちゃんに何かあったらどうすんの? 子どもは粗末に扱われたのを大きくなっても覚えてるって、同じクラスの子が言ってたよ!」
「うああああああん!」
笑が攻め立てると、赤子が泣き始めた。そうこうしているうちにエスカレーターは3階に到達。
「ああ、ごめんねごめんねー、きみは悪くないねー」
咄嗟に駆け寄り、赤子を宥める笑。
「まったく、こいつただでさえ泣き喚いてうるさいんだから余計なことしないでくれる?」
と母親。
「あ!? もとはといえばエスカレーターに乗せたそっちが悪いんでしょ!」
「お前しつけえよ」
父親が加勢してきた。
「ああもう、行きますよ笑さん」
見かねた思留紅が笑の手を引いて、夫婦から距離をとる。
夫婦は何か文句を言っているが、思留紅は無視して笑を引っ張り、幸来はそれに追従した。実は人一倍正義感の強い幸来も夫婦を注意したかったが、この夫婦は対話の通じない相手と見て、言葉を発しなかった。
花純はこういう場面で自分はどうすれば良いかわからず、ただあわあわしていた。注意しても効果がないか、逆上される場合も多々あるのは知っているから、いけないことを見ても我関せずで生きてきた。
喧嘩腰になりがちだけど、見ず知らずの人にちゃんと注意できる笑ちゃんはすごいな。私も見習いたいけど、勇気がない。
私の親世代が子どものころには、周りの人が注意する文化があったらしい。それがどのくらいの効果を発揮したのかは知らないし、理不尽な叱責もあったと思う。けど、現代みたいに悪いことや危険なことでもやった者勝ちで、真面目に暮らしている人が不快感を抱えたまま我慢するのはおかしいと思う。
そしてやったほうの人には、いつか大きな代償が襲い来る。だから敢えて関わらないのも、生き方のひとつかな。
花純はそんな想いを抱いている。
四人はショッピングモール内の洋服店を中心に見て回り、気に入ったものがあれば購入した。
とはいえ衣類は、たとえファストファッションでも未就労者にとっては高額。限られた小遣いの中で購入できた量は、大きな袋ひとつに収まった。
いつか、あれもこれも買えるようになりたい。そんな願望を胸に秘め、ショッピングモールを出ると、電子ピアノのやさしい音色が聞こえてきた。どうやらショッピングモールの建物とバスターミナルの間にある白いステージで、コンサートが開かれているようだ。
「きれいな歌声」
幸来が言った。4人が建物から出たドアはステージから離れていて、更におしゃれにガーデニングされた中庭と小さなショップを隔てているため、パフォーマーの姿は見えない。歌詞もよく聞き取れない。
「ほんとですね、天使みたいな透き通る、それでいてほんの少しだけ厚みのある、心に響く声」
思留紅は魅了されながらも、その理由を冷静に解析した。
「近くで聴いてみようよ!」
笑が言うと、3人も同意した。
南側のステージへ心なしか速足になる3人。その浮き立つ背中を見て、花純はほがらかな桜色の笑みを浮かべた。




