湘南ひらつか七夕まつり4
平塚駅西側の商店街は碁盤の目状に張り巡らされていて、そのすべてが七夕祭りの会場になっている。
普段は自動車が行き交う道路。祭り期間中は全面通行止め、歩行者天国となる。
道の両サイドにはかき氷、綿菓子、たこ焼き、肉の串焼き、金魚すくい、射的といった定番の露店商。
他に、雑居ビルで臨時のお化け屋敷が営業している。
豪華絢爛なお飾りが無数に吊り下げられ、湿った夏の風にさらさらなびく。織姫と彦星のイラストや、地元のプロサッカーチーム、企業の垂れ幕が多いが、今年は新時代の幕開けということで『祝! 令和』と書かれたものも散見される。
見上げた空は曇っているが、きっとその向こうでは、織姫と彦星が年に一度の逢瀬に胸をときめかせているだろう。
他方、男の気配なき笑たち四人はりんご飴を買って、バリバリむしゃむしゃ頬張っている。
「祭りといったらりんご飴だよね」
花純が言った。
「うん、私たちの世界でも変わらない!」
「そうね、市民祭りでよく食べていたわ。売っているものは同じだけど、お祭りの規模が桁違いよ」
「それは平塚だからですよ。こんな大規模なお祭り、全国でも滅多にありません」
と思留紅。
「そうなんだ、すごいね、平塚」
「はい! 平塚はすごいんです! 平塚は」
思留紅の台詞に、笑の中でデジャビューがあった。藤沢はすごいんだよな、藤沢は。
学校でクラスの誰かがそんなことを言っていたのを思い出した。
平塚と藤沢に挟まれている茅ヶ崎はどうなのか。
いやいや、きっと茅ヶ崎もすごい、すごいんだよ。有名人いっぱいだし、市外からも有名人がたくさん来るんでしょ。ただちょっと、両サイドの街と比べるとお金がないだけ。
「私さ、思うんだよね」
笑は頭を切り替え、別の話題を切り出す。四人は歩みを止めず、さらさらお飾り、ざわざわビービーギャーギャー騒がしい雑踏の中に紛れている。
「なに?」
幸来が続きを促す。
目眩のする路上にこぼれたビールのにおい、焼ける肉の薫り。
「もっと! 魂を解放したい!」
人混みでおしくらまんじゅうの中、笑の声は天に突き抜け、残響は刹那に掻き消された。
「いいね! それ、なんかいい! いいと思う!」
インスピレーションを感じ取った花純が親指を立てて賛同。
「えーと、それは、どういうことかしら」
首を傾げる幸来。
「前にやった曲はラブリーピースのテーマソングとダンスミュージックで、なんていうかさ、曲とダンスのセットが前提だったんだよね」
「つまり笑さんは、もっとシャウトしたい、心の叫びを表現したい、私の歌を聴けー! って言いたいということですね」
「そう! それだよ! さすが思留紅ちゃん!」
「はい! ラブリーピースのファンですから、笑さんの心の躍動は手に取るようにわかります!」
「うっはー! いい子いい子!」
笑は思留紅を抱きしめ、頬ずりしながら頭をわしわし撫でている。
「えへへへへー」
「あ、そっか! 踊りながらだと、そっちにも体力を使っちゃうから、思いっきり歌えないんだね」
「そう! そうなんだよ花純ちゃん!」
「確かにそうね。『逃避行』とか、テレビで見るダンスをする音楽グループは、ダンスと歌唱の担当が分かれていたりするわよね」
幸来の言う『逃避行』は、現実世界の日本で絶大な人気を誇る男性ダンス&ボーカルグループ。そこから派生したグループもまた、絶大な支持を得ている。あまりにも有名なので、現実世界に転移して間もない二人もすぐに覚えた。
「そう、だけど私たちは二人で歌って踊ってるから、それをやっちゃうとインパクトに欠ける。それに、バンドを組んだほうがいいんじゃないかなっていう曲も浮かんだりするんだ」
「笑ちゃんすごい! もしかして天才!?」
「え、そうなの!? 私、天才なの!?」
「そうですよ! ラブリーピースは天才ユニットです!」
「そっか! 私は天才か! よーし! 何か好きなものご馳走しちゃう!」
おだてる花純と思留紅、調子に乗る笑。
「まったく、調子いいんだから」
気を良くした笑はラブリーピースの袋に入った綿菓子(放送終了後5年経過しているため希少価値が高い)を思留紅に、焼き鳥を花純に、ラブリーピンク、のお面を幸来に、ラブリーブルーのお面を自分に、チョコバナナは全員分購入した。
夜、七夕まつりを満喫した二人は茅ヶ崎に戻り、潮風漂う雄三通りを南へ歩いていた。人通りが多く交通量も多い道なのに、どこか静かで、のんびりした空気が漂っている。
「花純さん、バスに乗らなくていいんですか」
思留紅が訊ねた。花純の住む平和町は茅ヶ崎駅から徒歩30分。浴衣姿だと歩きづらく、余計に時間がかかる。
「会館前から乗るよ。私だけ先にお別れするのが寂しくて」
会館前。平和町へ続く鉄砲道との交差点の手前にあるバス停。背後に沖縄の黒糖を使った料理を提供するカフェがある。
「ふふふ、花純ちゃん本当にいい子」
「ちょっと笑、一応年上なのよ」
「一応ね。ははははは……」
苦笑する花純。
「あ、ごめんなさい」
「幸来ちゃん墓穴掘った」
「うるさい。それより今後の音楽活動、どうするの?」
「どうしようかなぁ、ダンス、歌うだけ、バンド、いろんなやり方があるんだよなぁ」
「いっそのこと、全部やったらどうです?」
「全部?」
思留紅の提案に、え、そんな、と豆鉄砲をくらったハトのような表情の幸来。
「全部、そうか、全部だ! 全部やっちゃえばいいんだ!」
「え、え、えー!? ちょっと、軽く言うけど、笑はそんなことできるの!?」
「いや、一人じゃできないね。歌いながらギター弾いてドラム叩いてベース弾いて……」
「私、やりますよ。DJなら今すぐにでもできます!」
「思留紅ちゃんすごい! さすがJS編曲者!」
「えへへへへー。ラブリーピースに褒められる夢のような日々……」
「でも、ほかはどうするの?」
「うーん、そうだなぁ。花純ちゃんはどう?」
「私? えーと、キーボードなら練習すれば……」
「よし決まり!」
「ちょ、ちょっとそんな、みんな勉強だってあるのよ?」
「私、ラブリーピースの力になりたいです!」
「私も! それに、青春っぽくて楽しそう!」
「ありがとう! 二人とも、ありがとう!」
「本当にいいんですか?」
「はい!」
「もちろんだよ!」
「よーし、あとは私たちがギターかベースを練習すれば……あ、ドラム」
「いないわね」
会館前でバスに乗った花純を見送り、帰宅した三人。しかし家は真っ暗で、聡一と紗織の姿がない。
どこに行ったのかしら? 近くのホテルかな? あそこすごい豪華そうですよね!
リビングのソファーに腰かけてそんな会話をしていたとき。
「たっだいまー! ごめんごめん! 聡ちゃんをお化け屋敷にぶち込んで、射的と金魚すくいに夢中になってたら遅くなっちゃった!」
「ごめんね、焼きそば買って来たから」
浴衣姿の夫婦が現れた。紗織の手には数匹の金魚が入った袋。聡一の両手には大量のおもちゃと焼きそばがこれでもかとぶら下がっている。
「おかえり。二人とも青春してるね」
「おうよ! 青春は心持ち次第で何歳になっても訪れるのだっ」
「そうだね。こんなに遊んだのはいつぶりだろう」
聡一の腕が限界を迎えたのか、バサリバサリとテーブルに荷物を降ろしながら言った。
「荷物持ちおつかれさま。いまお風呂入れてくるね」
「ありがとう」
この光景を、笑と幸来は自分の両親と重ねていた。
会いたい、会いたいな。
そう思わずには、いられなかった。