初登校と平成ジャンプ
「おお、イイ感じ! 似合う似合う!」
「前の制服、まだ1ヶ月もしないうちに着なくなっちゃうなんて、勿体ないわね」
5月7日、朝7時。笑と幸来は玄関にある姿見の前で、きょうから入学する湘南海岸学院の制服を身に纏い、見栄えをチェックしていた。
転移前に通っていたへいわ高校の制服は1ヶ月弱でお役御免。勿体ないが、冠婚葬祭や普段着としては着用可。
「わあ、二人とも、とてもお似合いです!」
自室を出て、ねこのパジャマを纏った思留紅が階段を下りてきた。猫耳フード付き。もふもふズボンの尻からは黄色い尻尾がだらしなく垂れ下がっている。
「ありがとう思留紅ちゃん! きょうから新しい毎日、がんばるぞー!」
ということで、二人は学校に到着。逢瀬川家から東へ10分、道一本なので場所がわかりやすく、途中に思留紅の通う小学校があるのでそこまでは三人で歩いた。
まず二人は校長室に通され、校長から転入するクラスを言い渡された。1年生は全20クラスで、数字が若いクラスほど能力が高い。先日受験した際の成績に基づき判定した結果、幸来は3組、笑は20組。つまりそういうことだ。
幸来に関しては、一般常識力を測るテストでの成績が振るわなかった。アニメの世界とこの世界では歴史上の人物も現代の著名人も大きく異なり、また、被る場合もあり、混乱してしまった。他の教科に関しては1組に匹敵する好成績で、クレペリン検査や知能、文章力も良好。
他方、笑はほぼすべてが壊滅状態。数学と物理は0点。y=ax+なんとか、ma=mg分のなんとかシーター。うろ覚えの公式は、何がyで何がmでみたいな感じで訳がわからなかった。例えば『解の公式』は、もはやぶっ壊れて暴走した敵キャラが唱える呪文にしか聞こえない。
ちなみに理系科目はアニメの世界でもこちらの世界でも全く差異がない。
強いて言えば現代文と英語の成績は60点台と、そこそこ良かった。だが最底辺のクラスにも得意科目の一つくらいはある者もおり、結局20組となった。
「へっ、どうせ私なんてこんなもんですよ」
黒い革張りのソファーで脚を組んで悪態をつく笑に、対面に座る校長、松永波定は、小さな子どもたちを魅了したヒロインの闇を感じた。
「大丈夫さ、クラスだけがすべてじゃない。正直なところ、下級クラスの生徒より内申点の低い上級クラスの生徒も相当数いる。それに、僕ら教育者にはわからない潜在能力を秘めている可能性も大いにある。現に君たちは、かつて世界を救ったのだからね」
「そ、そうですよね! ううん、そうだ! 校長の言う通り! さすが校長絶好調!」
「ははは、ギャクが平成ジャンプしているね」
「アニメのスタッフは多くが昭和生まれですので」
嘲笑する波定の皮肉を、幸来がフォローした。自分たちのアニメについては学習済み。ちなみに『平成ジャンプ』とは、昭和時代以前の産物が平成時代を跨ぎ令和時代に持ち越されたものをいう。
「そういえば君たちは、君たちのアニメを作った人には会ったのかい?」
「いえ、会ってないですよ!」
「会いたいとは、思わないのかい?」
「うーん……」
「えぇ、今のところは。私たちにとってアニメを作った方々は、いわば神様です。親はあくまでも、いっしょに暮らしてきた父と母。神様にお会いするのは天に召されてからだと、私は思っています。それでも、もし存命のうちにお会いする機会があれば、それは拒みません」
「なるほどね」
湘南海岸学院の全校生徒は約2千人。卒業生は大都市が作れるほどの数。その中にはアニメ関係の職に就いた者もおり、その伝手で二人を『ハートフル少女ラブリーピース!』の関係者に会わせられないこともないが、まだ会う場を設定する時期ではないと波定は感じた。
「さて、そろそろ始業時間だ。ちょっと担任の先生を呼んでくるから、ちょっと待っててね」