ハッピーになる魔法
おしゃべりしながら歩くこと数分、ヘッドランドビーチのボードウォークに到着。
砂浜の上に東西50メートル、南北10メートルほどの木の板を敷いたシンプルな場所だが、だからこそパフォーマンスをするにはもってこい。使い勝手の良さからかドラマや動画配信者(ユーチューバーなど)の撮影に使われるときもある。
「じゃ、撮りますよー」
「はーい!」
「な、なんか緊張して脚が震える」
準備万端の笑と、数名のギャラリーや通りすがりの視線を浴び緊張で脚が震える幸来。
「大丈夫だよ! ラブリーピースの視聴者は世界で百万人以上いるって思留紅ちゃんから聞いたんだけど、今は十数人しかいないもん」
「そ、それはまさか自分たちの日常がこっちの世界のテレビで放送されてるなんて知らなかったから……」
というより、この世界の存在自体を知らなかった。
きらめく穏やかな海を背景に、撮影スタート。ガクブルする幸来に、思留紅は「いいから踊れよ」と言わんばかりにカメラとブルートゥース式のスピーカーをセット。前奏が流れ始めた。
何度も聴いた、ポップでハイテンポな音楽。
前奏はたったの3秒。緊張している幸来は覚悟を決め、ダンスに神経を集中させる。
動画の内容はテレビアニメ『ハートフル少女ラブリーピース!』のエンディング主題歌『ハッピーの魔法』に合わせてダンスをするというもの。
実際の作品でもそのアニメーションが使われており、笑と幸来はスタジオに呼ばれて訳もわからずラブリーピースに変身させられ、踊らされた。
故にダンスは身体が覚えている。先ほど一度リハーサルをしたが、一発オーケーだった。
ラブリーピースの衣装はなく、変身もできないので、とりあえず紗織が高校時代に着用していた制服を2着借りた。
ブルートゥースで音楽を流しているが、それはあくまでも笑と幸来がその場で踊りやすいようにするためのもの。そのまま動画に落とし込むと波音や雑音が入ってしまうため、帰宅後、消音動画に音楽を当てはめる。市販されている楽曲のプロモーションビデオと同じ制作方法だ。
「「ラブラブ&ピースラブリーピース!」」
「ハッピーになる魔法だよー」
「「ラブラブ&ピースラブリーピース!」」
「キミをハッピーにしたいんだ」
歌う必要はなく、口パクで良いが、笑と幸来は歌詞を口ずさみながら激しい振りを笑顔でキレ良く踊っている。
これが、これが生のラブリーダンス!
瞳を輝かせる思留紅。
「きょうは雨だねゴキゲンナナメ?」
「こころ苦い日はねハッピーの隠し味」
「ふりかけましょうバニラエッセンス」
「ちょっと待ってかけすぎご法度です」
「「バランスが大事!」」
ハイレベルなダンスにギャラリーも続々と引き寄せられ、特に思留紅と同じ年ごろの子どもたちは「すごいすごい!」と歓喜の渦。
曲はここからサビに入る。動きが最もハードな、最大の見せ場。
「「ラブラブ&ピースラブリーピース!」」
「ハッピー呼ぶ魔法は笑顔だよ!」
「「ラブラブ&ピースラブリーピース!」」
「笑えない日もよくあるの」
「そりゃそうだよねデコボコな日々」
「泣きたいときは泣いてもいいの」
「きょうもあしたもあさっても」
「涙の数だけ大きな虹かかる」
「「そうビリーブビリーブ信じていてね」」
「笑顔になれるよ心から」
「トンネルどれだけ長くても」
「つかれちゃったらゆっくりおやすみ」
「がんばりすぎもご法度です」
「「バランスが大事!」」
「「ラブラブ&ピースラブリーピース!」」
テレビサイズ89秒の演奏が終わった。
踊り終えた二人は「はぁ、はぁ、はぁ……」と息を荒げながらも前かがみにはならず、いつも間にか大勢押し寄せたギャラリーに笑顔を振りまき手を振った。
「すげぇマジすげぇ!」
「本物みたい!」
拍手とともに、そんな声が聞こえてきた。
「本物ですよー!」
笑が思わず口を滑らせた。
「ラブリーピースの声優さん?」
「アニメのCGに合成するダンサーじゃない?」
ギャラリーの返事の意味がわからなかった笑は、とりあえず笑顔を絶やさずにいた。
この動画が笑と幸来の大切な人たちに届くかはわからないが、ひとまずダンスは無事に踊れた。