黒いドラゴンと白いふわもこ
──その黒いドラゴンはただおとなしく静かに暮らしていただけでした
森に棲んでいた黒いドラゴンは、ある日人間に見つかってしまいました。
その黒いドラゴンは普段は小鳥や小動物たちと戯れる優しいドラゴンです。けして人間や動物たちを襲うような凶暴なドラゴンではありません。
ですが人間たちは、その見た目が黒く更に鋭い爪と牙があるというだけで黒いドラゴンを迫害し攻撃するのです。
黒いドラゴンは「やめてください、わたしは悪いドラゴンではありません」と言っても、その言葉は人間たちには届きません。
その叫びは人間たちには威嚇の咆哮としか聞こえないのです。
鎌や鍬を手にした人間たちは、黒いドラゴンを傷付け続けます。
ですが黒いドラゴンは少しも抵抗しません。それは自分の持っている鋭い爪や牙で人間を傷付けたくないからです。
黒いドラゴンは無駄な争いを好まないのです。
そして心も身体も傷ついた黒いドラゴンは、人間たちが攻撃に飽きて帰った後ようやく眠りにつきますと夢を見ました。
それはそこらじゅう真っ白で地面がふわふわした雲のような世界にいる夢でした。
その世界には原住民らしき存在たちもいました。
それらは真っ白く“ふわふわもこもこ”とした綿の塊に短い手足が生えた、つぶらな瞳が特徴の可愛らしく小さな存在たちでした。
その謎の“ふわもこ”たちは一斉に黒いドラゴンにまとわりつきます。どうやらじゃれているつもりのようです。ほら、そこにも黒いドラゴンの長い尻尾に乗り、滑り台のように滑り落ちていく“ふわもこ”もいます。
その“ふわもこ”たちは何故か「もこもこ」としか話しません。それが鳴き声なのです。
そしてある“ふわもこ”は黒いドラゴンの全身に刻まれた傷に、その真綿のような柔らかな小さな手で触れると傷から流れ出るドラゴンの血を吸い取りながら、その傷を癒していきます。
黒いドラゴンは血だけでなく、人間に傷付けられた悲しみも一緒に吸い取ってくれたような気がしました。
そして更に別の“ふわもこ”は黒いドラゴンをこっちに来るように、にっこりと無邪気に笑いながらその小さな手で手招きをします。
黒いドラゴンは素直に付いていきますと、そこは雲の端っこ。つまりこの世界の端っこでした。“ふわもこ”はその端っこへ向かうと、ドラゴンに下を見るように促します。
それは今まで森に暮らすドラゴンには初めて見る世界でした。
白い雪を頭に被った山々。緑色の広い平野。どこまでも広がる青い海。そして真下に浮かぶ更なる別の雲……。
“ふわもこ”はこれをドラゴンに見せたかったのです。そんな光景を見たドラゴンは感動のあまり涙を流します。
ドラゴンは何度も“ふわもこ”に「ありがとう」と伝えました。
それは“ふわもこ”には伝わっていたようで、“ふわもこ”はにっこりと笑いながらうなずくと、またドラゴンの上に飛び乗りますと、またその小さな手でドラゴンの流す涙を吸い取ります。
そして側にいた、一緒に下の世界を眺めていた別の“ふわもこ”は身を乗り出しすぎて、雲の上から落っこちてしまいました。
それを見ていたドラゴンは助けに向かいますが、ドラゴンは空を飛んだことはありませんでした。
ドラゴンはこの高い雲の上から飛び降りる勇気はなかなか出ませんでしたが、その迷いを一瞬のうちに振り払いドラゴンは“ふわもこ”を助けるために自ら雲の上から飛び降ります。
その瞬間、ドラゴンの背中からは大きな翼が生えました。それはとても大きく立派な翼でした。ドラゴンは夢中でその翼を羽ばたかせ空を舞います。
そして目下にはふわふわと落っこちていく“ふわもこ”。ドラゴンは一直線に落っこちていく“ふわもこ”の元へと向かいます。
そしてドラゴンは落っこちていく“ふわもこ”の真下に先回りすると、その頭に落っこちた“ふわもこ”を乗せて助けてあげました。
今度は“ふわもこ”の方が「ありがとう」と何度もドラゴンに伝えます。
実際には“ふわもこ”は「もこもこ」としか話せませんが。ですがドラゴンには“ふわもこ”の気持ちは充分に伝わりました。
そして沢山の“ふわもこ”たちと遊んだ黒いドラゴンは真っ白な“ふわもこ”たちに囲まれて幸せそうに眠りにつきました。
そして目を覚ますと元の世界に戻っていました。
黒いドラゴンは元の世界に戻ってしまったことに絶望するどころか、その瞳には希望と勇気と自信に満ち溢れていました。
黒いドラゴンはひとつ咆哮すると、自らの翼を羽ばたかせその地から飛び立っていきました。
おしまい