さりとて重要ではないはじまりのこと
昔の偉い学者さんが、並行世界を確認した。
その世界は僕達の世界と殆ど同じでありながら、大きく異なる点が一つだけあると。
その世界は、魔法が存在しないとされる世界であった。
当時この発表を聞いた人たちの驚きはとてつもないものだったらしい。
なんせ魔法は人々の生活に根付いて、なくてはならないものだったから。
では並行世界の人達は、魔法もつかわずどうやって生活しているのか、どうせ原始的な生活をしているのだろう、人々は隣と笑いながら発表を聞いた。
偉い学者さん曰く、その世界は「科学を利用して発展している」、「人々は馬より速く走るものに乗り、鳥よりも高く飛ぶものに乗っている」
そして、「一回の攻撃、一つの爆弾によって、何千人、何万人が死亡する」
「我々の世界よりも数段進んだ世界である」
この発表を正確にイメージできる人間は誰もいなかった。魔法もつかわず、科学なんかつかってどうやって発展させるんだ?そういった思いを発表を聞いた全ての人が抱いた。
当時この世界において科学とは、神の意に背く邪法として認識されていた。神秘を冒涜する忌まわしい思想だと。
しかし並行世界世界では、その邪法によって発展してきたという。
人々は半信半疑だった。いくら偉い学者さんが言ったことだって信じられることと信じられないことがある。人々は発表を信じることなく、日々の生活に戻っていった。
衝撃の発表からから半年後、偉い学者さんがまた何か発表をするらしい。人々はそんな噂を立てるようになった。
その頃には当時の発表は、そんなこともあったなあ、くらいの感覚にまで落ち着いていた。
やっぱり科学なんてものは信じられないよね、と。
そんな中偉い学者さんが発表したのは大きな鉄の箱だった。
人々は落胆した。こんな鉄の箱なんの役に立つんだい、場所を取るだけじゃないかと声をあげる者ももいた。
偉い学者さんは表情一つ変えずに、箱の中に入った。
そして、大きな音を立てると、その箱はゆっくりと動き出した。
その速度はどんどんと上がり、広場を一周する頃には馬車なんて目じゃないくらい速かった。
偉い学者さんは鉄の箱から降りて、ゆっくりとこう言った。
これでも君達は信じられないのかい?
だったら次は何を見せよう?
遠くの人と話す機械?姿をそのまま写す機械?
それとも空飛ぶ乗り物がいいだろうか?
その日からこの世界は大きな転換を迎えた。
邪法とされる科学を研究する者が増えたのだ。
ある者は数学、またある者は物理など魔法以外の道に進む者が激増した。
科学の発展に伴い、魔法もまたこれまでとは違う発展をしていった。
科学の技術を魔法に転用し始めたのだ。
その動きは当然考えられるだろう。しかし、この時からこの世界は魔法だけでも科学だけでもない、新しい道を探し始めたのだ。
そうして世に研究ブームが巻き起こり、魔法と科学、どの分野も研究者を志す若者が増え、それに伴い学び舎の数も多くなっていった。
魔法だけでは規模の大きなことはできず、科学だけでは身の回りのちょっとしたことは手に余る。
そうして出来上がったのが、魔法と科学、二つが発展した「魔科世界」である。
人々は魔法と科学両方を使い、日々の生活に潤いをもたらす。
そんな若者がここにも一人、というか僕。
まあ、ここまで長々とこの世界について君達に説明してきたけど、正直そこまで重要じゃない。
重要なのは僕のこと。
僕とその他大勢で織り成す物語、それが一番重要だ。
この世界のことなんて、スパイス程度のものだ。
願わくば、君の心に少しでもこの物語が残って欲しい、そんな謙虚な気持ちで語ってゆくとしよう。