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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アゲハ

作者: みつき

「ありがとうございました。また、呼んでくださいね」


 目の前に居る見知らぬ男の顔を見ない様に軽く頭を下げると、私はホテルの外で待っていた車へと乗り込む。

「お疲れ様、アゲハちゃん」

「……アカネです」

 幾度目だろうか。この運転手は私の名前を憶えない。

「次のお客様は少し遠い所に居るから、アゲハちゃんは寝てて良いよ」

 ――私はお金を貰い、見知らぬ男と時間を共にする。

「……アカネです」

 そうだったね、と薄笑いを浮かべている運転手を視界から排除するべく、私は瞼を閉じる。

 思い起こされる己の淫らな姿。

 見知らぬ男の股に顔を埋め、醜い物を口へと含み、跨り、それを私は私以外の何かを演じて受け入れる。

 ……胸をやたら強く掴まれたからか、ズキズキと痛む。

「くそっ……」

 現実の世界も瞼の向こうも、汚らしい。何よりもそうなのは、私自身か。

 今日で4人目。これでも家賃すら払えない。私の価値とは……――嗚呼、価値云々所か私の値付けは決まっていた。15,000円の女。


 思い返せば、学生時代の私は異性に不自由しなかった。否、不自由していたのか。

 顔はお世辞にも良いとは言えないが、身体だけは自信がある。それに誘われるのか、男共は愛だの恋だのと退屈な台詞を赤面しながら私に吐きかけた。

 望むがままに、思うがままに、彼等に私の身体を好きにさせた。

 時には、何人居るのか数えるのが面倒な程の彼等を相手にした。そして、散々私の身体を使い倒すと、誰も居なくなった。

 愛だの恋だの、所詮は挿れたいだけの方便だ。

 そんな人との関わりが煩わしくなった私が社会に適合できなくなるのに時間は要しなかった。


「はい到着。アゲハちゃんボーッとして電話入れ忘れるから、部屋に着いたら忘れずに電話してね」

「……アカネです」


 ――ホテルの一室へ辿り着くと、ドアをノックする。ガチャリと扉が開く音で、私は汚れた仮面を被る。

「失礼します」

 扉の向こうには見知らぬ男が私の顔を怪訝そうにジロジロと見るが、それに気付かぬ様に部屋に入ると服を脱ぐ。大概の男は、この身体を見れば渋々納得するからだ。

「15,000円です。先払いです」

「ふーん……お前、慣れてるよね。じゃあ話が早そうだけど、プラス10でどぉ? どうせ薬も飲んでるだろうから大丈夫でしょ?」

 ――昔、何かの映画で見た恋に恋焦がれる男女。他者の心と身体を掴むのに其の命を賭して生きる男女。そんな夢物語とは遥かに隔てられた空間に居る安い私。

 この男は、私の存在を値踏みした。


 ギシギシと軋む安いベッドの上で、安い私の中が見知らぬ男に蹂躙される。吐き出される性を、私の身体はどう思って受け入れているのだろうか。

「ありがとうございました。また呼んでくださいね」

 見知らぬ男が、私を値踏みした男が、今どんな顔をしているのか。

 未だ晴れぬ欲情? 喪失感? 愛情?

 少しだけと、下げた頭を上げて薄汚れた景色を覗き込むと、男は此方を見ずに自分の衣服を整えていた。

 嗚呼、見なければ良かった。

 何故か滲む視界から逃げ出そうと、足早に部屋を後にして車へ乗り込んだ。汚れた仮面を脱がなければ、早く、早く、早く。

「お疲れ様。ってかさ、何でアゲハちゃん電話入れないワケ? 言ったよね? 何かあったら怒られるの俺なんだから」

 ……言い返そうと睨み付けようとした時、先程の中へ出された欲望がどろりと下を汚す。

「……あのさぁ、大丈夫だと思うけど、本番とかダメだからね。頼むよアゲハちゃん」

 溜め息混じりに説教をすると、運転手は『臭いなぁ』と小さく呟きながら車を走り出させた。


「あの」

「なに」

「……アカネです」

「黙れ芋虫」


 一瞬、何を言われたのか訳が分からず、不細工な金魚の様に口を開けて運転手の顔を見る。

「あのさぁ、お前みたいな安いヤツは安い金の為に必死に身体売ってさ、整形すんの。せーけー。“本当のワタシになる!”とか、これまた安くて臭い事を言ってさ。芋虫からアゲハになろうとすんの。だからね、嫌味だよ。いーやーみー」

 そうか。

 私は映画のヒロインでもなく、仮面を被った悲劇の乙女でもない。ましてや、アゲハにもなれない芋虫。

「“ああ、痛いトコ責めるなぁー、でも素のワタシを見てくれるのアナタだけ!”って定番の腐った台詞で迫るのも止めてね。君は俺にとって芋虫以下でも以上でもないから。分かった? アゲハちゃん」


「……アカネです」

 ――私はまた、瞼を閉じる。

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