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13.リカルデの作戦

 しかし、チェスターの考察は正しかったと言える。

 術式を起動させたイアンは眉根を寄せ、その場から動かない。というか、杖ががっちり固定されている上、展開した術式もまた彼女がその場から離れる事を許さなかった。そんな彼女の様子をチェスターが鼻で嗤う。


「成る程、昼にはなったがそれだけだな。流石の元顧問魔道士殿も結界の維持に手一杯と見える」

「ええ、ええ。否定は致しませんよ。それでは、後は宜しくお願いします――」


 言いながらイアンがローブから何かを取り出す。それが何であるのかはすぐに理解したが、あまりにも場違いだ。

 筒状、持ち手から外側へ徐々に広がっている。つまり――簡易拡声器。またの名をメガホン。それを携え、しかしいつも通りの調子で彼女は呼んだ。


「ブルーノさーん」


 華麗にして完璧な、不意討ち。

 呼ばれたブルーノが天井を突き破って1階に着地した。2階の床をブチ抜いたと言えばそれが正しいのかも知れない。

 軽やかに着地したブルーノが間を置かず、握りしめた拳をチェスターに突き出す。旧き者が繰り出した殺人級の拳をしかし、腕一本の犠牲でいなした吸血鬼は早々に踵を返した。戦況の不利を瞬時に悟ったのだろう。


「あっ! 待てよ、俺と話しようぜ! 帝国の事について!」


 慌ててその後を追おうとしたブルーノ。しかし、その行為に対しイアンが迅速に釘を刺した。


「部屋の外は変わらず夜中ですよ、ブルーノさん」

「あ、マジか。んー……ま、仕方ねぇか!」


 瞬きの刹那にはどこかへ消えてしまったチェスターを追おうという者はいない。当然だ、追い掛けたところでメリットは無いどころか各個撃破されてしまう事だろう。

 ――と、ブルーノが天井に空けた穴からリカルデが1階を覗き込むのが見えた。


「リカルデ?」

「みんな無事か?」


 ええ、と少しばかりご満悦そうな笑みを浮かべたイアンが頷く。


「あなたが考えた作戦、なかなかに役立ちました」

「作戦?」

「ああ。昨日、イアン殿と風呂へ行った時に考えたんだ。吸血鬼なんて正面から相手をしていては、死人が出る事は請け合いだからな」

「なあ、待てよ。ブルーノはその『作戦』通りに動いてここにいるんだよな? 俺、そんな話聞いてないんだけど」


 イアンとリカルデが顔を見合わせた。ややあって、イアンが溜息を吐く。


「だってあなた、昨日いらっしゃらなかったでしょう?」

「部屋にいたぞ! ずっと!! 伝えるの忘れてたんだろ、どうせ!」

「ですがまあ、あなたが何も知らなかったからこそチェスターさんを油断させる事に成功した。そうでしょう?」

「そういう問題じゃない!」


 よいしょ、とそんな掛け声と共にリカルデが1階へ飛び下りてきた。華麗に着地する。


「まあまあ、お前は怪我をしているようだし先にそれを癒して貰った方が良いぞ。……イアン殿」

「えーと、治癒魔法? ところでジャック、あなた先程私に何を言おうとしていましたっけ? 言い忘れていた……とか何とか言っていたような」


 態とらしい態度。いや、間違い無く態とだ。苦虫を噛み潰したような顔をしたジャックはその首を横に振る。


「別に何も言ってない……」

「おや、そうでしたか。聞き捨てならない言葉のように聞こえましたが――私の聞き間違い、と言うのであれば仕方ありませんね」

「クソッ、足下見やがって」


 維持していた結界を終息させたイアンが首を傾げながら新しい術式を紡ぎ始めた。それは淡い緑色の光を放っている。


「私からチェスターさんの奇襲があるかもしれない、とは言いましたがまさか堂々と襲って来るとは思いませんでした。しかも、私達が魔道国に着いた次の日早朝には奇襲の準備も万端」

「ヴァレンディアはすでに帝国と仲良しこよしでもやってんじゃね?」

「ブルーノさんはご存知無いかもしれませんが、魔道国はシルベリアと同盟を結んでいます。敵戦力であるチェスター大佐をやすやすと保有している『メイヴィスの遺物』である真夜中の館に招き入れるとは思えないのですがね」


 ふふ、と何故かリカルデが照れたように笑う。


「しかし、奇襲に対応出来たのは私の作戦のお陰だな」

「……ええ。そうですね。リカルデさんは、帝国に残って軍事に従事していれば何れは軍事トップにまで昇り詰めていたかもしれませんね」

「えっ、あ……。すまない、そうストレートに誉められると、本当に失礼なんだが引いてしまう」

「あなた、私を何だと思っているんです?」


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