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03.ストーカー気質

 ***


「――そういえば、最初はこの3人だけで逃亡生活を送っていたのでしたね」


 町に繰り出して十数分。不意に、どことなく懐かしむような口調でそう言ったのはイアンだった。目を細め、これは笑っているのだろうか。冷血人間の思わぬ表情に息を呑む。

 それと同時に、彼女が言った言葉によって最初期の頃の自分達を思い出した。まだブルーノと出会う前、彼女等と初めて出会った日の事を。


「そういえば、確かにこのメンバーだった。まだブルーノも居なくて、チェスター殿も居なかった頃……。思えば、バルバラ殿に執拗に狙われていなかったあの時が一番平和だったのかもしれないな」

「リカルデ、忘れがちだが俺等は帝国の脱走者だからな。別に平和って訳では絶対にないぞ」

「そ、そうだった」


 今まで起きた事柄が濃過ぎて、帝国から逃げ出した事が酷くちっぽけな事に見えてしまう。しかしそのちっぽけさが全ての始まりだった。


「確かに帝国からの脱走が最初の目標でした。しかし……今でも時折、思うのですが。何故私はあの時、あの悪ふざけに乗ったのでしょうか? 我ながら冷静になって考えてみると、訳が分かりませんね」

「えっ!? 今更、逃亡生活を送ってる理由が分からない、って話か?」

「ええ……。ジャック、貴方に話を持ちかけられた当初は確かに、何か漠然とした――そう、錯覚のようなものを覚えていました。何か愉しい事が起る、付いて行かなければ後悔すると。けれど、蓋を開けてみれば私のやっている事は貴方方のお守り」


 ――え? これ急に俺等の事を裏切ったりする流れとかじゃないよな?

 過ぎる不安。残念ながら、帝国を急にあっさり自分の楽しみの為だけに裏切るような女性である。飽きたと言って帝国に戻ると言い出してもなんら不自然さが無い。というか、そう言い出す彼女を想像出来てしまう。

 息を呑み、続く言葉を待つ。その待ちの姿勢はリカルデも同様だった。あからさまに狼狽えた顔をして、魔道士様の一挙一動を凝視している。


「まあ、それは良いのです。貴方方のお守りをする事になるのは、当然の如く当然のことでしょう。しかし、何故その事実に私は気付かなかったのか。正常な思考回路であれば帝国を寝返り、脱走兵に手を貸すなど正気の沙汰では無かったはず」

「す、すまないイアン殿。つまり何が言いたいのだろうか? 貴方の複雑な思考は、我々に読み取り難い」

「ええ、まあ、簡単に説明すると――ある種の催眠のようなものにでも、掛かっていたのではないかと」


 酷く不思議そうな顔をしたイアンは頻りに首を傾げている。そう、確かに。それを言われてしまえば思い当たる節があった。

 そもそも何故、帝国を逃げ出す段階の追い詰められた状況で、わざわざイアンの方を頼ろうと思ったのか。基地の統率を取っている彼女かドミニクを仲間に出来れば勝ちが確定したも同然、そこまでの思考は良い。

 だが、その結論に至るのであればドミニクに声を掛けるという手段も当然あったはずだ。けれど、どちらを仲間に引き入れるか思案した時、何故かイアンを名指しした。


 ここに来て初めて露呈する圧倒的な不自然さ。

 脳の中枢を何か別のものにでも占拠されていたのではないか、という気味の悪ささえ覚える程だ。


「なあ、イアン。俺達は――」


「きゃっ!?」


 小さく可愛らしい悲鳴を上げたのはリカルデだった。言おうとしていた事を一度呑込み、ぎょっとして彼女を見やる。

 どうやら話に白熱するあまり、人とぶつかってしまったようだ。可愛い悲鳴とは裏腹に人にぶつかっておいてびくともしなかった騎士兵は慌てたようにぶつかった人物へと謝る。


「すまない、前を見て……いなくて……」

「君とはよくぶつかるなあ。大丈夫かい、人間のお嬢さん」


 胡散臭いにこやかな笑みを顔一杯に浮かべたその人は、この間会ったばかりの彼だった。

 自称・イアンの師匠にして、ブルーノと同様《旧き者》でもある。

 賢者、ルーファス。


「やあ、イアン。待っていたよ」

「またですか? 流石に質の悪いストーカーのようですね」

「君、人間の女性にも追われているよね。前からそうだ、恨みを買いやすい」


 煽るような一言にイアンは好戦的に目を眇めた。しかし、相手が相手であるからか、ドンパチやらかそうという意思は感じない。


「それで? 今度はどういったご用件でしょうか」


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