ちょっとした事件
「領収書?」
なんでそんなものが必要なのか分からず、俺はオウム返しで聞き返してしまった。
「そう、領収書。英語で言うとレシート。イタリア語ではスコントリーノ。ドイツ語ではボンだったかな」
「そんなことは聞いない。それで何でそんなもん探してんのさ」
「いやー、うちの学校って部費で買ったものを生徒会に領収書として提出しなくちゃいけないんだよね」
俺は部活動には所属していないので、初耳であった。
私立の進学校であるが、そんな決まりがあったとは。
「それで生徒会への提出の期限が今日までなのよ」
「出さなけければ何か不都合があるんですか?」
「部費の削減とかなんらかの処置があるかもしれない。後、私がすっごい怒られる。」
生徒会長の顔は何となく覚えている。
かなり大人びた雰囲気の男性だったはずだ。
「で、なんの御用ですか?」
俺は先ほどと同じ質問を繰り返す。
だが、意味合いは少しばかり違う。
この質問は『どうしてこの店に来たのか』という意味合いでの質問だ。
失せ物を探す定石は単純だ。
ビデオやDVDを逆再生するように、自分が辿った道や行動を巻き戻せばいい。
きっと彼女も同じようにしたはずだろう。
ならば、なぜこの店に来たのかが俺には見当もつかなかった。
「いやー、いつ落としたのか分かんなくてさ。一週間前はあったと思うんだけどね」
確かに彼女はこの店に来たのはちょうど一週間前だ。
しかし、その時既に領収書を持っていたのならば生徒会に提出しておけばよかったのではないかという疑問が浮かぶ。
むしろ、既に提出してそれを忘れているだけではないか。
「いやいや、それはないよ。私って面倒ごとっていつも最後に回しちゃうのよね。夏休みとかの宿題も最終日に泣きそうになりながらやるし」
今年受験生となる彼女のことを少なからず心配する言葉だった。
さて問題を戻すと、仮に落としたのが一週間前だとするならば、それだけ探す場所が膨大になる。
なによりどこで落としたか分からない紙切れ一枚を探し出すことなど、干し草の中から針を探すほどに無謀と言える。
「それで落としてなかったかな?」
少し待っててください。そう言い残して俺は奥へ、つまり住居スペースへと脚を踏み入れる。
店を閉めた後に彩奈さんは毎日掃除をしている。
もし、何か見つけているなら彼女が所持しているはずだ。
階段を上がり、店に出していない分の本が置いてある倉庫ともいえる部屋を開ける。
「彩奈さん、領収書見ませんでしたか?」
ノックをし忘れて少々無遠慮だったかと、反省したがその心配は無用だった。
なぜならば、彼女は仕事をほっぽりだして床へと座り込み読書に耽っていたからだ。
「仕事しろ!!」
「ひゃ、ひゃい!! ごめんなさい……」