お客さん
「いらっしゃいませ」
「い、いらっしゃいませ」
いつも通り接客が苦手な彩奈さんはレジを任せたまま、本の整理をするために奥へと引っ込んでしまう。
これで本当によく客商売などやっていられるものだと思う。
この古書店は彼女の祖父が始めたもので、自宅を改造して看板を掲げたらしい。
そのためか、一室自体はあまり広くないのでお客は移動するだけでも大変だ。
改善点として、彩奈さんに具申してみるのもいいだろう。
さて、本を選ぶ時間というのは人によってまちまちである。
買うものを始めから決めて、それだけしか買わない人。
何も決めずふらっと立ち寄って、物色する人など様々だ。
本来ならば店側も人気の商品などを目立つ場所に置いたりと営業努力を行うはずなのだが、この店はそういったものは一切行っていない。
つい愚痴が入ってしまったが、どんな人間であれ本を探す時間というのは多少なりいるものだ。
だが、そのお客は店に入るなり真っすぐに俺の許へ、つまりレジへと向かってきた。
「はろー、兎亀先生」
「なんだ、あんたか。何してきたんだ」
俺と同じ四橋高校の制服姿で現れたのは、顔見知りの先輩だった。
姫滝 桃花。四橋高校三年。
長い黒髪を三つ編みにして、セーラ服姿の彼女は一言で表すならば文学少女ということがピッタリと当てはまるだろう。
校内でも兎亀のことを知っている人物であり、そして何よりこの古書店を利用する貴重なカモである。
「今、ちょっと悪い顔してたよ君」
「そんなことありませんよ、それでなんの御用ですか? 客なら金落としていってください。冷やかしなら帰れ」
「お客に対してそれは失礼過ぎない?」
「立ち読み辞めてくれたら、もうちょっとお客として扱いますよ」
「アハハ、耳が痛いね。最近はどこもビニールに入ってるからこういう中身が確認できる店って結構貴重でさ」
確かに近年、古書でもそういう店が増えてきた。
主に本を汚されれば売り物にならないこともあるし、個人的にだが立ち読み防止の意味も含めてのことだと思う。
そんな中、この先輩はよく立ち読みを繰り返す。
たまに商品を買っていくこともあるので、そこまで無碍には出来ないのだが基本的に何度も訪ねては立ち読みで読破していく迷惑な客であることには変わりない。
「それで本を買いに来たんじゃなかったら、どんな御用なんですか?」
「あれ、決めつけるの速くない!? もしかして推理?」
「あんたが立ち読みもせずに、真っすぐに俺を訪ねてくるんだから何か俺に用があるんだろ」
推理などと大層なことなほどでもない。ただの推測だ。
第一俺にそんな探偵じみたスキルはない。
「実はね領収書を探してるんだ」