一歩近づけたかな?
――金の鸚鵡亭
「……」
エスリーンは宿の前で立ち止まり、無言でそれを見上げていた。
以前と違う姿になってしまったので、少々敷居が高いのかもしれん。
まぁ、飼い猫が年頃の娘になって帰ってきたら、誰でも驚くワケで……
でも、ココで立ち止まってても何にもならねェ。
「さ、入ろう。親父さんたちも元気だぞ」
「え……ええ」
彼女がうなずく。
そして俺に続いて扉をくぐった。
「へい、いらっしゃ……おっと、おかえりなさい、ですね」
店に入った俺たちを、店主のオッサンが出迎えてくれた。
そしてその視線はエスリーンへと注がれる。
「おや、その方は?」
「あ、あの……」
エスリーンは戸惑ったように俺を見る。
えーと、どー説明したモンか……。とありあえず、テキトーに誤魔化すしかないか。
「ええ。ちょっと仕事上での知り合いでして……。そうだ、俺の部屋ベッド一つ空いてるんで、追加料金払って彼女を泊めてもらえます?」
「え? ……ええ。よろしいですよ」
オッサンは少し眉を寄せたものの、了解してくれた。
「じゃあ、これを」
「へい、毎度あり」
俺はオッサンに金を渡すと、エスリーンを連れて自室へと向かった。
さりげなく横目で見ると、おっさんが俺を……いやエスリーンを見ていた。
まさかバレてる? いや、宿屋のおっさんがそこまで見抜けんだろう。……多分。
――部屋
俺は荷物をサイドボード上に置くと、ベッドに座った。
「まっ、適当にくつろいでくれ」
もう一つのベッドを示す。
「まさか、ヘンな事考えてるんじゃないでしょうね?」
エスリーンは入り口で立ったまま、警戒した表情で俺を見る。
「ん〜、実はちょっと」
俺は意味ありげに笑って見せた。
「!」
彼女は顔を引きつらし、半歩下がった。
「……ってゆーのは半分ジョーダンだ。第一、ココにヤツが乗り込んでこねぇって言う保証は無ェしな。だから、ンなコトしてるヨユーは無ェよ」
「でも、半分は本気な訳ね?」
そう言いながらマントを脱ぐと、彼女は俺の正面に座った。だが、その表情は硬い。
ま〜だ警戒してんな。まっ、無理は無ェか。
会ったばっかの男と同室だもんな。俺が彼女だったら逃げてるね。
「そりゃね。カワイイ子と一緒の部屋に泊まって変な気を起こさないっつーのは、よほどの聖人君主か男色にハマったヤツだぜ?」
「か、カワイイ!?」
彼女は頬を赤らめた。
おっ、おだてに弱い?
「俺はそーいうコトはウソつかない主義なんだぜ」
「ちょっと……褒めても何も出ないわよ。ヘンな事企まないでよね」
口ではそう言うが、結構照れてるよーだナ。
「企んでないさ。思ったコトをつい口にしちまうタチなんでね」
まっ、本能に忠実なだけだがな〜。
「…………」
彼女は俺をジッと見る。
そして、おもむろに一つ大きく息を吐くと、ベッドに身体を倒した。
おkか? おkなんか!?
ダイブしようと思わず一瞬腰を浮かしかけたが、鋼の意志でガマン。
ココで獲物に逃げられちゃ意味がねぇ。
……いやいや。
モチツケ、いや落ち着け。
そう自分に言い聞かせると、俺も同じように上半身を倒し、天井を見る。
そしてしばしの沈黙。
しばらくして、彼女が身を起こす気配があった。
俺はそのまま視線を彼女に向ける。
彼女は俺を見、しばらくためらった後口を開いた。
「……しばらくあなたのお世話になるわ。でも……もしあなたの命に危険が及ぶようだったら、私を捨てて逃げてもいい。私には、もう帰るところなんてないのだから」
感情を押し殺したような、彼女の声。
「じゃ、決まりだな!」
「えっ……」
俺は身を起こし、彼女の手を取った。できる限り明るく笑ってみせる。
「旅は道連れってヤツさ。今の俺も根無し草なんだぜ。そんなら、一蓮托生でいいだろ?」
「え、ええ……」
彼女は戸惑いながらも笑みを浮かべる。
……おっしゃ。一歩近付けたかな?
心の中でガッツポーズした。
「そういえば、あなたの名前、聞いてなかったわ」
「俺は壮介。よろしくな、エスリーン」
「よろしく、ソースケ。ちょっと変わった名前ね。そういえば、あの時……何故私が人間だと分かったの?」
「ああ、アカシック……じゃなくて、“識別”でね」
「“識別”!? でもあの呪文は使用者の知識に左右されるのよ?」
「お、おう……」
アカシックレコードによれば、確かに識別、鑑定系の呪文の精度は使用者の知識に左右されるそーな。
知ってるものとの相違で対象物を判断するとの事だ。
つまり、対象物についてある程度詳しくなければ、その正体を言い当てることができない。
まぁ、何でもかんでも正体を言い当てるような呪文が普及してたら、えらいコトになるわな。隠し事一つできやしねぇ。
にしても、俺が“識別”で呪いについて分析したコトに驚いたってのは……。
え〜つまり、俺にそこまでの知識はなさそうだ、と?
まっ、仕方ねぇケドさー。
「多分、それが俺の“力”とやらかもね。何というか、“神託”みたいのが降りてくるというか……。多分、“運命律”とやらを観るんだよ、多分」
「なるほどね……」
納得しやがった。失礼な……。
どーせ転移前は『知恵 : 8』ですよ、と。
と考えたら、思わず凹んだ……。
もーちょい勉強は出来たハズなんだケドな〜。
いや、この世界についての“知恵”か? なら仕方がないな。
……とりあえず、そう思うコトにしよう。




