こんな世界とサヨウナラ
――自宅
気がついたとき、俺は家に前に立ち尽くしていた。
駅から歩いて10分ほどの場所。住宅街にある一軒家が俺の家だ。鉄骨二階建てで、それほど大きいって訳じゃない。
しかし、だ。ここまでどうやって歩いてきたか、記憶にない。
というか、ヤツに手招きされて以降からか。
あの後、何が?
「……ッ!」
頭の奥が、ズキンと傷んだ。
ん? 今のは何だ? 頭の奥で、何かが……
しかし、痛みを感じたのは一瞬だった。それが治まると、まるで何事もなかったかの様に思考がクリアになる。
まぁ、いいか。今考えるコトじゃないか。特に手持ちの荷物で無くなったりしてるモノは無ェしな。
そう。それよりも、明日だ。
明日の事を考えるべきだろう、多分。
そう、多分……。
俺は財布から家の鍵を取り出し、玄関を開けた。
「ただいま」
誰もいねェけどな。
両親は共稼ぎ。中学生の妹は、学校が終われば塾へ直行だ。
本当は俺も、大学受験に備えて塾へ行かねばならんのだが、どうやら親は大して俺に期待ちゃいねェらしい。
ふん。
つまりは『いらない子』ってぇェワケだナ。
どーやらデキ婚だったらしーし。
まぁ、育児放棄やら虐待やらされんかっただけマシかもしれんが。
ともあれ、だからこそこんな世界にサヨウナラ出来るってワケさ。
正直、あんましこっちへの執着心はねェ。
小学生中学年あたりからゲームだの漫画だのはあまり買ってもらえなかったし、アニメもロクに見ちゃいねェ。
まぁ、当時は俺に期待してたんだろうが……『鳶が鷹を生む』なんつーコトは、滅多に起きるハズがないワケで……。
どーやら最近、とうとう俺を見放した様で、俺がスマホを持とうが何も言わなくなった。
で、スマホをいじっているうちに、あのゲームにたどり着いたってワケだ。
まぁ、今の所一番ハマってるのがあのゲーム。しかも行く先は、そのゲームの元となった世界だ。正直ためらう理由はない。
そう、ためらう理由など……
その時、頭がまた痛む。
「…………」
いや……気にしても、しょーがねェか。
まぁいい。とりあえず準備だ。
まずは近所のコンビニまで自転車で行き、シリアルバーあたりをいくらか買っておく。ついでに手回し式やソーラー式の充電器も置いてあったので、それも。
そしてすぐそばの古本屋で『サバイバルマニュアル』などの本を買っておいた。
この世界にもう未練はないので、手持ちの金は使えるだけ使っておく。
納戸からお気に入りのリュックを取り出し、さっき買った本を見つつ、必要な荷物を詰めていく。
調達してきたモノに加え、替えの下着を数枚。昔じいちゃんに買ってもらった十得ナイフ。スマホ用のバッテリーとケーブル。PCでプリントアウトした、役立ちそうなサイトのテキスト等々。
とりあえず、準備は整った。後は、あの占い師の指示に従えば良いだろう。
と、そこで家のチャイムがなった。
……親が帰ってきたか。
いいさ。明日の計画がバレない様に振舞うだけだ。
――翌朝 7時頃
俺は家を出、約束の場所に向かう。
「友人とちょっと遠出をする」
と親に言ったが、特にそれ以上追及されることはなかった。
まー俺の扱いなんてこーんなモンさ。
家から歩いて駅へ。そしてそこから電車に乗り、目的地を目指す。
そして小一時間の後、最初の目的地である桐山駅に到着した。
とりあえずそこで電車を降り、ホームを歩く。
今日は土曜日のハズだが、制服姿の学生も少なくない。部活だな。
……正直ちっとウザイ。
いや、ンな事どーでもいいか。今日でこんなヘイトな日々とはオサラバなんだしさ。
え〜と、ココからはバスに乗るんだっけか?
バス停は……ロータリーのトコか。
……少々並んでンな。けど、なんとか乗れそうだ。
しばしの後、やってきたバスに乗る。
……クソッ、分かってたコトだけど混んでやがる。
俺の乗ったバスはロータリーから伸びる大通りを進んでいく。
そして、“桐花学園前”というバス停の前で停まった。俺は他の高校生とともにそこで降りる。
そして学校へと向かう連中を尻目に、俺はその裏を目指す。
この先にあるのは……あの山、っつーか丘か?
そーいや確か、この学校ってちっと前にニュースで聞いた名前だったよナ。
……あ〜〜、思い出した。
「確か、ココは……」
いつぞや高校生が行方不明になったって場所だっけか?
確かこの桐花学園の生徒だったか。すぐ裏にある、目的地の山で行方不明になったとか。
えっと、ソイツはどーなったっけか? すぐにニュースもやらんくなったしな〜。
ン? 待てよ。もしかしてソイツも異世界へ行ったんだろーか?
……いや、考えすぎか。
とりあえず、スマホのマップで道を確認。
……お〜、あったあった。この細い線、古い街道なんかな? 学校の裏手から山の向こうの団地へと向かう細い道がある様だ。
で、その途中に神社らしきモノがあるらしい。
あの占い師が言ってたのは、ここのことなんだろう。
さて、行ってみっか。
――数分後
俺は申し訳程度に舗装された細い道を歩いていた。
遠くからは部活動やってる連中の声が聞こえてくる。
ふん、暑いのにご苦労なこった。
普通に歩いてるだけで汗がにじんでくるのによ〜。
にしても……こんなところに神社があるんか?
おっと……
藪の中に佇む小さな小屋……つか、アレが神社か? いつ崩れてもおかしくなさそーな。
ってもあんなのがあるってコトは、待ち合わせ場所はココだな。
スマホを見る。時間はもう直ぐ約束の9時。
……って、アイツは来てないンか?
周囲を見回す。
と……
「やあ、来たね」
背後からの声。
振り返ると、昨日の占い師が立っていた。
いつの間に……
いやコイツの事だ。俺がこの場に現れたのを感知して、この場に瞬間移動してきたんだろう。
「ご名答。よく来てくれたね」
「アンタが誘ったンだぜ? 俺が来る事ぐらい、分かってたんじゃねェんか?」
「まぁね。それでも、予想外な事ってのはあるものさ……」
「なるほど。前にナンかあったとか?」
「…………」
一瞬ヤツの口元が強張った。
まさか、俺より先に声かけた相手に逃げられたとか?
「いや、そういう訳ではないが……」
笑ってごまかしよった。だが、どーでもいーさ。あっちに行かせてくれンのなら文句はねェ。
「そうか。では……転移の儀式を始めよう」
ヤツは俺を手招きし、藪の中へと入っていく。
勘弁してくれや〜。ヤブ蚊に刺されるじゃねぇか。……って、アレ? 蚊が寄ってこないな。何でだ?
などと考えているうちに、ヤツは奥へと進んでいく。
慌てて後を追う。
下生えの草がウゼぇな。
……そしてしばしのち、わずかに開けた場所に出る。
そこは、一見何でもねェ場所にも見えた。しかし……
「ミステリーサークル?」
……ってゆーホド大掛かりでもきちんとした図形になってる訳でもねェが、草が渦を巻く様に一定方向に倒れてやがる。これは誰がやったんか?
「ここは、時折異界への“門”が開く場所だよ。この“門”を使う事で、君を異界へと送り込む」
「へー、そうなンか。でも、どーやって?」
「では……その真ん中あたりに立ってくれ給え」
「えっ、おう」
俺は言われた通り、渦を巻く草の中央に立った。これで、こんな世界とサヨウナラ、か。
「では……」
ヤツは口中で何やら呟いた。
と、俺の周囲の地面が光り始める。
「うをっ⁉︎」
何が起きた⁉︎ 俺の周囲に光の“環”が現れる。
それは、幾つもの円が重なっており、さらに多数の直線と、文字らしきものが見えた。
魔法陣? ……ってコレはヤツが⁉︎
そしてそれは、草が倒れた方向へと回り始める。
と、同時に俺の頭上にも同様の魔法陣が出現し、足元のものと反対方向へと回転し始めた。
「おっ、おおっ……」
浮遊感。ふと足元を見ると、魔法陣とともに俺の身体が浮き上がってやがる。
そして、
「“転移”!」
ヤツの声。
同時に上下の魔法陣が強い光を発する。
そして、俺もまた光に包まれ……




