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プロローグ 異世界に行きたいかい?

「ツマンねぇ」


 誰にともなく、つぶやく。

 ツマンねぇ家族。ツマンねぇ学校。ツマンねぇ社会。そして何よりもツマンねぇ俺自身。

 変化も何もない、こんなツマンねぇ世界に飽き飽きだ。

 将来に希望が持てず、ぼんやりとした不安に苛まれる。それでいて現状に甘んじるクソみてぇな現状……


「ああ、ツマンねぇ」


 もう一度、つぶやいた。

 ポケットに手を突っ込んで駅の階段を降り、すでにシャッター街と化した商店街の通りを抜け……


『……』

「!」


 その時、誰かに声をかけられたような気がした。確か、『〜に行きたいかい?』とか何とか……

 一体何なんだ?

 振り向いてみる。


「⁉︎」


 と……ついさっき通った店の前に、目深にフードを被った人物がいた。

 その人物は、小さなテーブルを前にして座り、こちらを眺めている。そして、そのテーブルの上では大きな水晶球が淡い光を放っていた。

 さっきは誰もいなかったはずだが……

 人一人なら、わからなくもない。だが、机と椅子まで見落とす事は……いくらなんでも無ェよ。

 つまり、コイツは今さっきココに現れたってこった。……どうやってかは知らんけどな。

 などと考える俺にソイツは顔を向け、ニヤリと口元を歪めた。


「キミは、現状に言い知れぬ不満を持っているね?」


 若い男の声だ。

 思わずヤツの顔をまじまじと見る。

 目元こそ見えねェが、鼻や口元からして彫りの深い西洋人的な顔立ちのようだ。わずかに見える髪先も茶色いしな。それにしちゃー流暢な日本語しゃべってやがるが。

 ま、子供の頃から日本で育ってきたとかそういうのもいるだろーから、その辺は不思議じゃねーか。

 にしても、ナンで俺の心中を言い当てたやがったンだ?


「ま、まぁ……無ェと言やぁ嘘になるケド……」


 何者か分からんので、テキトーに当たり障りなく答えておく。


「そうか。そういえば、君は仁木壮介(ひとき・そうすけ)君だね? 久條高校の……」

「え゛っ? ……ちょっ、ナンで俺の名前と高校知ってんのさ?」

「君の心を覗いたのさ」

「オイオイ、そんなマンガみてェな……」


 ついうっかりそう答えちまった。

 ケド、どーせどっかでたまたま俺の名前を知ったんだろうナ。多分……


『たまたまじゃないさ』


 頭の中で声がした。

 ⁉︎ なん……だと?

 驚く俺を見、ヤツはニヤリと笑う。


「まさか……」


 本当に俺の思考を読み取ったってか?


「その通り。君の心の奥底にある欲望もね」

「……欲望、か」

「そうだ。今一度聞こう……異世界に行きたいかい?」


 い……異世界⁉︎


「なっ、なんだってェー⁉︎」


 おもわず聞き返した。


「君は、現実に飽き飽きしているのだろう?」


 ……!

 確かに、そうだ。


「だから、ここではない世界へと行こうじゃないか」

「う……む」


 俺は言い淀んだ。

 異世界が存在する、か。

 まァそれは、多次元宇宙だの何だのって話は聞いた事がある。パラレルワールドだの何だのって話は、ゲームやマンガでおなじみだしな。

 しかし、いくら何でもその世界に行くなんてコトは、有り得ねェ。……普通なら、な。

 だが、目の前のこの男。

 コイツは俺の心を読みやがった。その上、直接脳内にまで話しかけてきやがる。

 コレがそこらの占い師相手なら笑い飛ばしただろうが、この男は……


「そうさ。君達に無い“力”を持っている。例えば……」


 男は右手を開き、突き出した。

 何かを見せるのか? と思ったが、何も持ってやしねェ。

 ……どういうツモリだ?

 と、ヤツはその手を握り……一呼吸置いてまた開いた。と、そこには一本の細い金属板が……って、鍵か、アレ? さっきは何もなかったハズ。手品か?

 にしても、アレはどっかで見た様な……まさか⁉︎


「そう君の家の鍵さ」


 なっ……

 慌てて尻ポケットから財布を取り出し、開いてみる。俺の家の鍵はこの中にある……ハズ。

 だが、


「無くなってる……。どうやって」


 そんな、バカな……。


「言ったろう? 君たちの知らない“力”を使ったのさ。この鍵を、君の財布の中からこの手の中へ、瞬間的に移動させた」

「……」


 テレポート、あるいは遠隔瞬間移動現象(アポーツ)ってヤツか。

 確かに財布はずっとポケットにあった。スリ取られてはいない……ハズだ。おそらくスリ取る時間もなかっただろう。

 つまり、今さっきこの男の手の中に移動したってコトだ。


「なるほどね……」


 俺は鍵を受け取り、再び財布にしまった。

 そして冷や汗を拭う。

 この男には、任意の物体を瞬間的に別の場所に移動させる事が出来る能力がある、ってェワケかよ。


「納得してくれたかい?」

「ああ、この目で見てしまってはねェ。それにしても、異世界か。……どんな場所か想像もつかねェぜ」

「君もよく知っている場所さ」

「俺が?」


 ……知っている、だと?


「ああ。君は時々スマホのゲームをやってるだろう? それさ」


 確かにそうだ。先刻も、とあるゲームを駅に着くまで電車の中でやっていた。


「もしかして、『アストラン大陸戦記』の事かい?」

「……そうだ」


 一瞬ヤツの口元が歪んだ気がする。


「ふん……誰が作ったか知らんが、少々そのゲームは美化されすぎている。その元となった世界は、もっと混沌に満ちた、業深い世界だよ」

「そ、そうなのか。でも、そんな世界に……」


 行って何すりゃいいんだ? というか、たとえ異世界に行ったところでくだらん現実は変わらんのか……。

 思わず絶句する俺を見、ヤツはニヤリと笑った。


「何、簡単なコトさ。君はその異世界に行き、くだらぬその世界を変えてくれればいい」

「世界を、変える⁉︎」


 そんなコトが出来るのなら、是非やってみたいモンだ。だが、現実の俺は、しがない一高校生に過ぎねェ。行ったところで何が出来るのか?


「大丈夫さ。何も心配することは無い。君にもこの“力”を分け与えよう」

「“力”⁉︎ 出来るんか? そんなコトが……」

「ああ。心配することは無い。私に任せたまえ」


 ヤツはフードを上げ、俺の目を覗き込んだ。


「……!」


 琥珀色の目。

 その目を見た瞬間、俺の身体は金縛りにあった様に動けなくなった。


「そう。世界を変えるだけの“力”さ。何なら……その世界を滅ぼしてしまっても構わないよ。もし、君が気にくわなければね」


 心の奥底に染み入る声。あるいは悪魔の囁き、かもしれない。


「わかった。やってやるぜ」


 だが気がつけば、俺はその言葉を口にしていた。


「君ならそう言ってくれると思ったよ。じゃあ、こちらに来てくれ」


 ヤツは俺を手招きする。

 俺はどことなく夢見心地で。ヤツの後について歩き始めた。

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