三日目 タイマン勝負
あたしはしばらく呆然としていたらしい。
いつの間にか、勇は鉄格子のこちらがわに出てきていた。
翔が、あたしを背にしてエアガンを構えたまま、ジリジリと後退する。
「翔。あたしもう大丈夫。」
その背中に、あたしは言った。
「ーー本当に? 無理すんなよ?」
「大丈夫。ーー外に出た方がいいよな? でも、ついてくるかな?」
吸血鬼化した人間も太陽の光は苦手だという話だった。苦手だが、だからと言ってそれで灰になるわけではない、とも。
ついてきてくれるなら、外の方があたしたちに有利なはずだ。
「何をこそこそ話しとんねん!」
吠えた勇が、ぐんっと間を詰めてきた。
翔が容赦なくエアガンを連射するがーー
「げ。嘘だろ?」
勇は弾を避けて肉薄する。
しかしーー
勇が掴みかかろうとしたその手が届く前に、翔のバリアは完成している。
「くっ... 」
歯噛みしてバリア越しにこちらを睨み付ける勇。
あたしは翔の前に出て、そんな勇に向かってニヤリと笑って見せた。
「ここじゃ狭い。外に出て思う存分、正々堂々タイマン勝負にしようぜ?」
勇は一瞬訝しげな表情を見せ、それからつられるようにニヤっと笑顔になった。
「ーー面白そうやんか。」
「よし! ついてきやがれっ!」
駆け出すあたし。
続いて翔がついてきて、数秒逃げる時間を稼いでからバリアを解いたらしく、勇が追ってきた。
ーー釣れたぜっ。
吸血鬼化しても勇は勇らしくてよかった。
「外に誘い出して正々堂々ってお前。」
「嘘も方便、勝てば官軍っ。ところで、エアガンなんていつの間に?」
「最初の事件のあと用意してた。俺だけ攻撃手段がないのは不満だったからな。保険その1だ。」
「それってその2とかもあるってこと?」
「ナイショ。」
「なんでだよ。」
翔と小声で言い合いながら、あたしは階段を駆け上がり、エントランスを走り抜けて外へと続く扉から飛び出す。
太陽は傾き始めていた。
ただでさえ深い森の中で、何故か玄関は北向き。
何故かっていうか吸血鬼さんち御用達の建築なのかしら?
外へ出ても、その大きな建物が太陽を遮り、辺りは日陰になっている。
それでも、あたしたちを追って出てきた勇は眩しげに目を細めた。
玄関前の、少しだけ木々が開けている場所で、あたしは勇を待ち構える。
「ーー連携は?」
翔があたしの背後にまわって尋ねる。
「タイマンって言っちゃったし。」
「そこは守るのか。ーー危なくなったら手を出すからな。」
「はい、わかってます。」
正々堂々勝負することで助けられるわけじゃない。
卑怯でも何でも、勇を助けることが目的だ。
助けるにはーー
「吸血鬼化は、治せるんだよね?」
「え。あーーでも、それはーー」
翔が言い淀んでいるうちに。
「行くでっ!」
目が明るさに慣れたのか、意を決したように勇が飛びかかってきた。
あたしは自分も勇に向かって飛び出し、迎撃する。
やたら型の綺麗な正拳突きを右手で捌いて入り身し、半回転してその勢いで勇の背中に肘を入れる。が、虚しく肘が空振る。
勇は前方に前回りして避けたようで、その位置からあたしに向かって何かを放つ。
あの周りの空気がモヤモヤする感じは熱波か。
当たると服とか燃えるっ。
あたしは横に2回転がって熱波から逃れ、お返しに雷撃を見舞う。
勇はそれを横跳びに跳んで避けると、転がって避けた姿勢から体勢を立て直し途中だったあたしに突っ込んできた。
これまた型の綺麗なミドルキックーーというより、あたしの背で受けると充分ハイキックなのだが、ともかく両手のガードで受ける。
少し跳んで衝撃も殺そうとしたのだが、それでも重い。
そういやコイツ空手家だったよな、ジュニアのとき優勝とかするレベルの。
そんな、体術だけでだいぶ強い上に、中学生の勇でも今のあたしより10センチ以上背が高い。
それを素人のあたしが受けて、重いとか言ってるだけで済んでいるのはーー実は、ちょっとズルをしている。
何でもありの疑いのある翔の能力、バリアの応用その1。
対攻撃用ーーつまり翔がいつも使っている、一番慣れているバリアは、座標指定でなく対象物にくっついて動かせるとのこと。
以前は迷いこんだ宇宙船を打ち上げるときにその機体保護でバリアつけたりしていた。
それを、今回あたしの身体全体に施してある。
つまり防御力強化。
さっき翔のエアガンあたしにも当たっていたが、何か当たったな程度にしか感じなかったのはこのバリアのお陰である。
... って、その状態で受けても重い勇の蹴りって。
「ーーぅわ。」
しかもそこからぎゅんと回転して後ろ回し蹴り。
一撃目で浮いていた身体が、間を置かない二撃目の蹴りでぶっ飛ぶ。
ごろごろと転がって衝撃にこらえ、何とか足で地面を捉えて顔を上げたときには、もう勇が追い打ちをかけようと迫っていた。
「くっーー」
とっさの衝撃波。
今度は勇が後方へ3メートルほど飛ばされて転がるが、すぐに立ち上がる。
あたしはといえば自分が撃った衝撃波の勢いで尻餅をついてしまったが、勇が立ち上がったときにはこちらも立てていた。
強い。
うーん、強かったんだなぁ、勇って。
吸血鬼化相手にお日様ハンデと、翔バリアハンデがあってこれか。
まぁ、まず体術じゃ敵いませんね。
それじゃあーー
短く息を吸い、腹に力を込める。
出し方の感覚は何となく覚えている。が、使いこなせないから封印してきた力。
「葵!?」
翔が戸惑いの声をあげるが、やめない。
ごぅっと、自分の身体から出る風圧で髪が舞う。
いつもならここで、全身の力を根こそぎ持っていく勢いで何かが身体から出ていく、のだがーー今日は出させない。
ぐっと体内に押し留め、その力を少しずつ右手に集める。
風圧が止んだのを機と見てか、勇が仕掛けてきた。
間合いを詰めて来るということは肉弾戦狙いか。
あたしはそれを受けてたつように自らも前へ出てーー
勇の間合いに入る前。
あたしのリーチでは届かないはずの位置で、右手の拳を勇に向かって突きだした。
「じゃおーえんさつ蒼龍波ぁーっ!」
「なっーー!?」
驚愕の表情のまま、勇は地面に叩きつけられた。
あたしの腕から50センチほど生えた、龍の形をした力の奔流によって。
立ち上がろうともがく勇の右手を足で踏みつけ、あたしは龍を消す。
片腕だけ、この一瞬で、50メートルダッシュしたくらいに疲れる。
そりゃこんなの全身から出して、龍さんの気が済むまで暴走させれば気も失うわ。
屈み込みながら勇の右肘を膝で押さえると左手で掴みかかってきたのでその左手首を逆に掴み、地面に押し付ける。
自然と顔が近づいたら今度は首だけで噛みつこうとしてきたので、仕方なく空いている左手で勇の髪を掴んで地面に押し付けた。
ハロウィンの仮装かっていうくらいの犬歯を剥き出してがるると唸る勇だが、ポーズとしてはどう考えてもあたしが悪役だ。
ドSな床ドンか。
ともかく拘束は完了した。
ではーー
急に背後に風圧ーー何かが迫り来る気配。
「転移のガキから離れたなーー」
いつの間にか、夕方と言っていいくらいまで辺りは暗くなっていた。




