三日目 突入
夕暮れまではまだ時間がある。
そのせいか、周囲にはコウモリの姿もない。
人気もなく、ただひたすら静かに、洋館はそこにたたずんでいる。
ごくりと、あたしは息をのんだ。
「ーーこの中だ。」
翔がアプリを見て言う。
期限の三日目。たどり着くことが出来た。
翔が先にたち、建物を時計回りに巡る。
窓から中をうかがうが、薄暗い室内にはやはり人気がない。
半周ほどしたところで、玄関が現れた。
翔が取っ手を掴むがーー押しても引いても、ドアは動かない。
「鍵か。ぶち破る?」
「... 昨日の今日だから警戒してるはずだとは思うけど、でも昼間だとひょっとしたら寝てるかもしれないのをわざわざ起こすのはな... 。お前、もうちょっと工夫して能力使えないの?」
あたしの提案に眉を寄せる翔。
「工夫って?」
一刻も早く突入したい気持ちを抑えて、あたしは聞き返す。
「例えば... はい、人指し指出して。」
翔が、自らも利き手の人指し指を立てて言う。
「こう?」
「んで、その人指し指の先10センチくらいの長さまでーーそうだな、衝撃波のイメージでいいかな? あの力を放出しないでとどめる。」
「えーと... ライターとか、ガスバーナーの火みたいな感じ?」
言いながら、あたしは言われた通り指先に力を込める。
具現化した力の維持はあんまりやったことがなくて集中力が必要だっだが、それでもなんとか指先に淡い水色の何かがとどまる。
「そうそう。それを、刃物みたいに薄く...鋭く。」
薄くーー鋭くーー
念じながら見つめると、あたしの指先の水色の何かはナイフのような形になった。
「で、それで、ドアの合わせ目あたりを斬る。ほれ。」
「む。」
維持に集中しすぎて変な声出た。
それはともかく、ドアの合わせ目に指から延びた刃を差し込む。
刃の厚みの分、ドア自体をギギギと削りながら、それは奥へと入っていきーー翔の狙い通り、キュィィンと金属音をたてて、鍵を断ち切った。
「もっと極限まで薄く、かつドアの合わせ目の重なりとかに合わせて形を変えられるようになったら、立派な盗賊になれるな。」
「ならねぇよ。」
被せ気味に言うと翔は小さく笑って、
「けど、お前の能力もだいぶ反則技が使えるだろ。言われてすぐにそれだけできるんだから、要は工夫次第だよ。ーー行くぞ。」
キリリと表情を引き締めて、ドアを開けた。
中は薄暗く、やはり何の気配もない。
しかし、外観に似合う豪奢な装飾だ。
広いエントランスは吹き抜けで、二階へ続く階段が見える。
天井にはシャンデリア。
階段の昇り口には甲冑の置物ーー置物、だよね? リビングメイルとかじゃないよね?
ちなみに、外観見た感じ4階建てくらいありそうなので、2階よりさらに上の階へ行くには別の場所に階段があるのだろう。
翔がアプリを睨みながら数歩進み、そして唸る。
「... 一番拡大にしても、俺たちと勇の点が重なる。」
「て、ことはーー」
あたしは上を見上げた。
「ああ。ここのーー真上か、もしくは真下。」
「あ、そっか、真下って可能性もあるのか。」
むむむ、と、足元を見つめる。
すると。
何か、聞こえた気がした。
音の出所を探そうと集中しながら、階段の方へ歩みを進める。
うっかり不用意に甲冑のそばを通ったがーーよかった、剣を振り上げたりしてこなかった。
それはともかくーー
2階へ上る階段の裏に、下へのびる階段があった。
そして、薄暗いエントランスより更に暗いその地下からーー
「おぉーい... 」
弱々しい声だが、これはーー
「勇っ... 」
「あっ、ちょっと待て、葵っ!」
思わず駆け出したあたしの後ろから、翔が懐中電灯出して追いかけてくる。
石造りの地下はヒヤリと冷たく、少しじめっとした空気が淀んでいた。
「勇、いるのかっ?」
「ーー葵、か... ?」
声と、人が動く気配。
翔が、慎重に懐中電灯を巡らせる。
浮かび上がったのは、鉄格子の地下牢。
そして、その中の1つにーー
「勇っ!」
走り寄ったあたしは、右手の手刀に力を込めた。
「離れてろ!」
言われて座り込んで鉄格子に寄りかかるようにしていた勇が鉄格子から後ろへ離れるやいなや、あたしは手刀で鉄格子を斜めに二回、斬った。
カンカラカランカランーー
切断された数本の鉄格子が床に落ちて音をたてる。
「さっきの鍵斬りの応用か... 斬鉄剣みたいなことしやがって。」
翔の呟きが耳に入るがーー
「勇っ! 大丈夫!?」
あたしは開いた隙間から牢の中に入ると、勇のもとに座り込んだ。
「葵... お前はいつからゴエモンになったん...? 」
「... 大丈夫そうだな... 」
呆れるが、翔の照らす懐中電灯で浮かび上がる勇は、血で汚れているように見える。
連れ去られた、少年の姿で学生服のままだ。
勇の手が後ろ手に縛られていることに気づき、あたしは今度は鍵の時と同じように指先に力を込めた。手首の辺りでかたく結ばれたロープを切る。
「ーーおおきに。」
その声で改めて勇を見る。
... よかった。
生きてた。
また会えた。
勇...
よかったぁ...
視界が涙で滲むのと、勇がそっとあたしを抱き寄せたのが同時だった。
「ゆーー」
次の瞬間。
「離れろ!」
翔の鋭い声と、腰のあたりを思いっきり引っ張られるのと、パラララっという音がしたのも同時だった。
音のすぐあと後頭部と肩の辺りに何か小さいものが当たる感触と、
「ぐぁっ!」
勇の、叫び声。
そして、気がついたときにはあたしは鉄格子の外側にいた。
状況が飲み込めないあたしの前に、翔が懐中電灯を持った左手を出す。あたしを誰かから守ろうとするように。
誰からーー
「翔?」
翔が右手に構えているのは、銃だった。
その銃口の先にいるのはーー勇。
「エアガンだよ。但し、弾は聖水で濡らしたまま装填しておいた。目に当たったら危ないって散々注意書してあったけどーーそれよりも効いたのは聖水だろ?」
「翔... 」
忌々しげに声を絞り出した勇の顔には、発疹のようにエアガンの弾の痕が残っていた。
聞いたことのない、底冷えする声だった。
あたしたちに向ける声と表情じゃ、ない。
「勇ーー血を、吸われたな... ?」
翔が苦しげに言う。
勇は無言でふらりと立ち上がった。
その目は、どこか虚ろだった。




