1日目 初めての実戦
夕飯を済ませたあたしたちは、真っ暗な河川敷に来ていた。
この辺りにゲートがあるはずだと言う。
しかし...
「明るいうちに下見くらいしとかなあかんかったな... 」
泥縄に買ってきた懐中電灯を片手に、勇がぼやく。
「うん、わりー... 河川敷って、こんなだってわかってなかった...」
ため息をつく翔。
本当に真っ暗。
そしてすげー広い。
加えて、背丈より高い草が生えてるゾーンがいっぱい。
さらに、うちらゲートってどんな感じか見たことない。
あれ? 無理ゲーじゃない?
ただ、暗くなってからを狙って来たお陰で、こうして怪しく徘徊するあたしたちを目撃される心配はほとんどなさそうだ。
「座標ではこの辺なんだけどなぁ...ヘビとか出てきたら嫌だな... 」
言いながら、翔は草をかき分けて進んでいきーー
「うわ!」
「どうした翔!?」
ヘビか? ゲートか?
声のした方へ走ると。
ガサガサと邪魔な草が、唐突に手に当たらなくなった。
同時に、うまく形容できないけど、微妙な違和感。
空気の違い... みたいなものだろうか。
走ってきた勢いで数歩進んで、立ち止まる。
そこは、森の中だった。
振り返っても森だ。
「え... 」
「おいっ!」
勇の声がして、ぐいと肩を後ろに引かれた。
と、左上からあたしの頭のあった位置に向かって何かの気配。
後ろに引かれる体勢のまま、右足を気配の方へ蹴り上げる。
べしっ!と足に当たった何かを巻き込むように体ごと半回転し、着地。
何かは地面に叩きつけられた。
「... なんや、今のカポエラみたいな動きは... 」
半回転した結果向き合う形になった勇がポカンとして言う。
「オーバーヘッドの応用的な? さんきゅー。」
「文化部やて言うてなかった?」
「美術部だけど体育は好きだぞ?」
「もったいないとか言われへん?」
「だって絵を描くのが好きで、体育会系のノリが嫌いなんだもん。」
言いながら自分が蹴った何かに目をやると、大きなコウモリがピクピクしていてーーさらり、と灰になった。
それにも驚いたけど...
「わぁ!」
「動物の骨... みたいだな。」
翔が、嫌そうにそれらを避けながら近づいてきた。
辺りには、小さな白いものが散乱していた。
所々に鳥の羽とかも。
最初の翔の悲鳴の理由はこれか。
「ゲートから迷い混んだ小動物が、さっきのコウモリにやられた... ?」
と、あたし。
「普通のその辺のコウモリが食うんは虫とかのはずやけど... まぁ、大きさからして普通やなかったしな。」
「ここが... 異世界か。」
翔はぐるりと辺りを見回した。
「どこが入り口だったんだ? 見当たらないけど、このまま帰れないとかないよな... ?」
言いながら、あたしは自分が来た方へ手を伸ばしながら数歩戻る。
「... わ。」
あるところで、空中に手の先が消えた。
「見えへんだけってことか。翔、これをどうするん?」
「空間干渉っつーのを練習したら、バリア?みたいのが張れるようになった。ゲートになってる空間の上からバリアを張れば、行き来できないようになると思う。ただ、その場に自分がついてないと持続時間は一日くらい、強度はよくわかんね。金づちで叩いたくらいなら壊れなかったけど。」
「やってみる?」
「失踪事件の方がよくわかんねーうちにやって、犯人に警戒されたらマズイかなとも思ってたんだけど... この様子だと、万が一人間が迷い混んだら危ないしな。」
「せやな... 」
「ただ、見えねーからどんな大きさで張ればいいのか... 調べるから、さっきみたいなコウモリ来ないか見張ってて。」
言いながら、翔は空間の境目と思われるあたりに手を入れたり出したりし始めた。
「おっけー。」
言い終わらないうちに。
やたら速い手刀で、勇が襲ってきたコウモリを弾き落とした。
「勇こそ、何かやってんの?」
言いながら周囲を見渡すと、いつの間にか数匹の黒いものが獲物を狙うように旋回していた。
「バスケ部やけど、子どもんときから空手を少々。」
「なるほど、頼もしいわ。」
翔を背にして、あたしと勇はコウモリたちを見上げた。
連携するように左右から同時に襲ってきた二匹を、右手で払うようにして衝撃波で吹き飛ばす、つもりが、思ったより威力があって切り裂く。
おお、いける。
続けて、旋回している奴らにも二撃、三撃。
個々には大したことはない。動きが速いが、大きさがあるし、対応できない速さじゃない。
が。
ヤバい、どんどん増えてる... 。
確かに攻撃は当たっているのに、コウモリはどんどん増え続け、そしてーー突如一斉に押し寄せてきた。
「くっ... 」
あっと言う間に取り囲まれ、薙ぎ払っても薙ぎ払っても目の前にはコウモリしか見えない。
しまった、攻撃手段のない翔が危ない!
慌てて振り返ると、
「え。」
コウモリの羽ばたく隙間から、驚いてこちらを見ている翔がチラリと。その回りにはコウモリが、いないっぽい。
なんでだ? いや、無事なのはいいけど、でも何それ!?
右手で物理的にもコウモリを薙ぎ払いながら衝撃波を放つと、その隙間から見えた勇が相手しているのは数えるほどで、やはりこちらを見てびっくりしてる。
え、ズルい、何それ、あたしがびっくりだっ...
取り乱して、隙ができた。
コウモリたちとの距離が詰まり、羽ばたきがすぐ耳元で聞こえる。
倒したら灰になって消えたってことは、やっぱり吸血鬼の眷属なんだよね?
てことは、ひょっとして一回でも噛まれたらヤバい?
足元に散らばる小動物の骨を思い浮かべて、血の気が引いた。
ぞわぞわぞわっと全身に寒気が走る。
「葵っ!」
勇と翔の声が、ハモって聞こえてーー
「ッアアアアー!」
無我夢中であげた声と一緒に、体から何かが出ていったように感じた。
周囲を風が吹き荒れ、髪がもみくちゃにされる。
そして風が収まると、身体中の力が抜けて、あたしは膝をついた。
疲れた...
「ーー葵っ!」
顔から突っ伏しそうになるのを、翔に抱き止められる。
「大丈夫かっ?!」
「うん... 痛いところはない、と、思う... 」
地面に手をついて体を支えながら、あたしは答えた。
「無事ならよかった... 俺は痛いけどな。」
「ーーえ?」
顔を上げて見ると、翔は傷だらけだった。
「パニクったにしても! 味方が近くにいるのにあんな無差別攻撃やらかすなんて何考えてんだ!」
「... あたし... ? 何、した... ?」
「無自覚かよ... あっ!」
立ち上がって、翔はぐるりと辺りを見回した。
「ーー勇っ!」
駆け出す翔を追いかけようとして、足がもつれる。
そんな自分を中心にして、辺りは半径五メートルほどの浅いクレーターが出来ていた。
そのクレーターの端に倒れている勇のそばに、翔が座り込む。
持久走走ったあとみたいな疲労感を感じながら翔に追い付くと、翔は勇の頬をペチペチ叩いていた。
「っう... 」
勇は呻いて顔をしかめるが、目を開けない。
「よし、だいぶ吹っ飛ばされたけど生きてるな。」
「... ごめん、あの... 何があった... ?」
勇はボロボロだった。防御姿勢をとったせいか、両腕の怪我が特に酷い。
「説明はあとだ。お前治癒能力があったはずだよな? とりあえず頭打ってそうだから、動かさないように気をつけて頭の傷治してやって。意識回復したら次は足。最低限動けるようになったら新手のコウモリが来ないうちに撤収するぞ。」
言われて、慌てて勇の傍らに座り、頭に手をかざす。
骨は大丈夫。後頭部に多少の出血とこぶ。軽い脳震盪。状態を感じとりながら、それぞれが回復するようイメージする。疲労感がいっそう強くなってクラクラするが、耐える。
「う... あ?」
パチリと、勇が目を開けた。目が合う。
「ーー大丈夫かっ?」
言ったのは勇だった。
「お前が大丈夫かっつーの...」
呆れたように、しかしほっとしたように翔が言い、
「え。あ。痛い! ごっつ痛い!」
勇がじたばたする。
「走れるか?」
「今!? どんだけスパルタやねん翔!」
「またコウモリが来たらまずい。逃げるぞ。」
「ちょっ、待っ... いっ... 」
顔をしかめながらも勇は立ち上がりーー
翔に急かされて、とにかくあたしたちは駆け出した。