1日目 女の子のふりをするのは疲れるんです
「突然すみません、まなみさんの大学の友人なんですが... 」
呼び鈴を押して、慌てたように出てきた女性に、申し訳なさそうに切り出す。
「え... あ、はい、ええと... どんなご用でしょう?」
「今日会う約束をしていたのに、大学に来なかったし連絡もつかなくて... 他の友達も心配してたので、私、わりと家が近いから、代表して様子見にきたんですけど...」
言って、女性の顔色をうかがう。
お母さんだろう。家に帰っていないことを話そうかどうしようか迷っているっぽい。
押せばいけるか... ?
「何か... ありました... ?」
心配そうに首をかしげる。
それでも女性はしばらく迷っていたようだが、
「あの子、大学で何か...」
「何か... ?」
「... 実は、金曜から帰ってこなくて... 何かご存知?」
「え... 帰ってないって... 金曜は、地元のお友だちと予定があるって言ってたくらいしか... 」
「そうですか... 」
女性は肩を落としてうつむく。
なんかもうだいぶ心苦しいんだけど、もう少しお付き合いください、お母さんっ。
「あ、そのお友だちの中に高校の時私と塾が一緒だった子がいるかもって話とかしてたんですけど、えーと、花屋の近くの山田さん?」
「は... ? え、どうだったかしら、何人かで会ってたみたいだから全員は知りませんけど、幼稚園の近くのえりちゃんとか、二丁目のかなこちゃんとか...」
「あ、山崎えりさん?」
「いえ、むらたえりさんですけど... ?」
女性の表情がいぶかしげになってきた。撤退!
「やだ、私ったら勘違いばっかりですね。すみません、大変なときに。私、明日他の友だちにも何か知らないか聞いておきますね! じゃあ、失礼します!」
まくしたててペコリ。そしてそそくさと退散!
っはー、緊張したぁ...
「ーーどうだった?」
曲がり角まで行って、そこで待っていた翔に訊く。
会話は通信機越しにチェックしていたはずだ。
「上出来。その調子で次は五番目のかおりさんちでバイト先の聞き出しな?」
「うー... いつボロが出るかと心臓痛いよー。だいたい、勇は何してんの?」
「勇は晩飯と明日の朝飯の買い出し頼んだ。ここにいても役に立たないから。
大丈夫、ほんとちゃんと出来てたよ。大学なんて、学部とかサークルとか違っても授業で一緒になった友だちとかあるから、親も交遊関係なんて把握してないしバレねぇって。」
「なんでそんな大学生の生態に自信があるんだよ... ?」
俺らは中学生のはずだよな?
「姉貴が大学生なの。ほら、次行くぞ。... あ、それから。」
「ん?」
「演技じゃなくても私って言いなよ。そっちの方が似合う。」
「おかえりー、どやった?」
能天気に迎えてくれた勇に、罪はないと知りつつ
「疲れたよっ!」
と、八つ当たり。
「けど、よくやってくれたよ。四番目のまなみさんの女子会の友だちは、幼稚園の近くに住む、むらたえりさん。五番目のかおりさんのバイトは駅前のファミレス。明日はそれぞれの学校のほかに、ここにも聞き込み行こう。」
いつの間に買っていたのやら、聞き込み情報を書き込んだ手帳を翔はパタンと閉じた。
む、俺、頑張った! ってことで、
「よし、お腹減った! ご飯は?」
「牛丼買っといたで!」
えへん!と勇。
「ありがとう... って、特盛かよ。食えるかな... 」
翔は見た目に似合って少食なご様子。とはいえ、
「俺もせいぜい大盛かな... 」
特盛の存在感に少々圧倒される俺ーー
「私、だろ?」
ひょい、と顔をのぞきこんで言われた。
「ーーっっ」
「なんや、少食やなぁお前ら。」
インスタント味噌汁を用意しながら勇が言う。
「お前とは体のサイズからして違うだろ。俺は並盛でサラダが欲しい... 」
「女子か!」
そんな男二人のやり取りを聞きながらーー俺は、顔が赤くなったのをばれないように手で隠していた。
なんだ、さっきの似合う発言されてから調子が狂うぞ。
「とりあえず、いただきます。ーー朝飯は何買ったの?」
「あー、俺は朝は白飯派なんやけど、飯炊くの自信ないから適当な菓子パンと牛乳買うてきた。」
「えー、朝も、野菜もフルーツもないのかよー。」
「だから女子かっ! 食いたいもんがあるなら最初から言うんやなっ。ーーん、どうした、葵?」
勇に訊かれたときには、なんとか赤面はおさまっていた。
「いや... 飯炊くの自信ないって... 明日、米買ったらオ、わ、... あたしが炊こうか?」
「炊けるんか?」
「炊飯器あるんだから炊けるよ。」
「女子かっ。」
ーー女子だっつーの。