一日目 小学校に潜入せよ
詳しい話は三人落ち合ってから、というわけで、
「葵、今どこ?」
「自分の部屋ー。」
「ーー行って大丈夫?」
「うん、あたししかいないから。」
というやり取りの後、翔があたしの部屋に現れた。
この仕事をするにあたり、あたしたちはそれぞれじーさんに特殊能力を開花させられている。勝手に。
翔の能力は[空間干渉]。その一つの空間転移によって、瞬間移動ができるのである。とっても便利。
「お邪魔しますーーまぁ、うすうす予想はしてたけど、女らしさの薄い部屋だな。」
いつもならてきぱき次へ移動する翔だが、今日はそう言って部屋をぐるりと見渡した。
「片付いてないからあんま見るなよ... 」
椅子から立ち上がってあたしは言う。
「いや、片付いてないとかそういう問題じゃないものが目に入ってくるんだけど。何これ、サンドバッグ?」
「ああ、ホームセンターで二千円くらいだったから。」
小さいやつである。ボクシングジムとかにあるのの三分の一くらい。
「値段の問題じゃねぇよ... 普通ないだろ。しかもあの竹刀と木刀はなんだ? 美術部なんだろ?」
「竹刀は近所の人が学生時代に使ってたやつをもう捨てるって言ってたのを貰ってー、木刀は小学校の修学旅行の土産物屋で売ってたやつ。」
「売ってたからって買うなよ... 竹刀も、貰ってどうするんだよ... 」
「どうって... 貰ってしばらくは嬉しくて腰に差して歩いてたかなー。だから切っ先が擦れて切れちゃった。」
「いやいやおかしいおかしい... 一体いくつのときの話だ?」
「小一くらいだったかなぁ... 」
「恥ずかしいやつ... 」
翔がわりと引いた視線をこちらに向ける。
... まぁ、確かに、ベルトに竹刀を帯刀した状態で自転車に乗って友達の家や公園に行く子どもって、今思えばイタい子だったなーと思ってはいる。若気の至りである。
「うあ、銃まで... あ。」
机の上に飾ってあったコルトパイソンを見て更に呆れかけたあと、翔は描きかけのポスターに目を落とした。
ちなみに、コルトパイソンはエアガンやモデルガンみたいなお高いものでなく、ガスライターである。好きな漫画の主人公の銃と同じ型だったので買ってしまった。
「うまく出来てないからあんまり見るなよ... 」
多少照れ臭さを感じて、あたしはふくれた。
「そう? 上手いと思うけど。けっこう繊細な絵描くんだな。」
「そうですかね?」
「うん、もっと原色でアクの強い絵とか描くのかと思ってた。」
「お前らいつまで二人だけで話しとんねん!」
通信機を通して、勇の声が響き、翔は通信機に映らないように小さく舌を出した。
勇のことを迎えに行ったあと、あたしたちはじーさんの用意したウィークリーマンションの一室へ移動した。今日から最長一週間の泊まり込みとなる。
「それで? 小学校に潜入って、三人揃って転校って形になるのか? となると兄弟って設定?」
とりあえずダイニングテーブルを囲んで座って、翔がじーさんに尋ねた。
「それなんじゃが、教員がわにも一人入ってくれると情報量が広がるからのぅ。ちょうど一人欠員が出て、かつ事情が事情で代替教員のなり手にも困っている様子じゃったから、ねじ込みやすかったぞ。」
「え、先生やんの? 誰が?」
「勇君の名前で教員免許と履歴書偽造して根回ししておいた。」
あたしの問いに、じーさんはさらっと違法行為を口にする。
おいおい、ちょっと前にニュースになってなかったか?
いやまぁ、だから素人に偽造できるんだったらじーさんたち謎の組織にかかればそれは完璧な偽造ができるんだろうが、そして偽造というならたぶんこのマンションの賃貸契約でもいろいろ偽造の上に成り立ってるんだろうが、そんなはっきり言われると微妙な気持ちになります。
そして、
「なんで勇?」
大人のふりするなら翔の方がうまそうなのだが。嘘も上手だし。
「仮にも社会人として潜入するわけじゃから、偏差値七十の国立大附属中学入試トップの勇君が一番適任かと思ったんじゃが?」
「... えええー!?」
あたしと翔の声がハモった。
反応に驚くじーさんの顔をしばらく見たあと、揃って次に勇の方へ顔を向ける。
二人の視線を受けて、勇は何食わぬ顔でピースして見せる。
「... ほんとにぃ?」
全然そんな感じしないんですけど!
「能ある鷹は爪を隠すと言うからのぅ... 」
「... 確かに、ときどき勉強できそうな雰囲気のこと言ってたな。ま、それで、俺たちの関係は? 子どもの通う学校に親は配属されないって聞いたことあるけど。」
翔は相変わらず切り替えが早い。
「うむ、まず、教員経験はまだないという方がいいだろうから、勇君は四月に大学を卒業したばかりの二十二歳。そうすると小学生の子どもがいるのは無理があるので、翔くんと葵くんは年の離れた兄弟じゃ。
確かに血縁者がいる学校には普通配属はないようじゃが、今回は臨時任用じゃし、他になり手がいないと言うことでアリじゃ。
両親が長期海外出張のため、翔くんと葵くんが一時的に勇君のマンションに引っ越してきたという設定で宜しく頼む。」
「ふぅん? じゃあ、あたしたちは偽名になるんだ?」
「うむ、若林葵くん、若林翔くんじゃな。」
何故か勇が少し赤くなり、翔が面白くなさそうな顔をした。




