連続婦女失踪事件です
それからの春休み、暇な時間は能力の使い方の練習をして過ごした。
といっても、人に見られないように練習するには自分の部屋しかなく、とりあえず前に擦りむいた膝の傷を治してみるとか、そーっとした衝撃波でペットボトルを倒してみるとか、念動力が使えないかスプーンを睨み付けてみたりとか、その程度だったけど。
そして、何事もなく新学期が始まり、それなりに日常生活に追われて地味な能力練習に飽き始めていた頃ーー
左手の腕輪が振動したのは、五時間目の数学の授業中だった。
びっくりした声をなんとか飲み込み、左手を抱え込む。
幸い、誰にも気づかれていないらしい。
それにしても、えーっと、どうしようかな... つーか、誰だか知らないが授業中はやめろよ!
隣の席の級友が、さすがに「どうした?」といった表情でこちらを見た。
... 仕方ない。
「せんせー、なんか、お腹いたい... 」
「なんだ、保健室か? えーっと保健委員は...」
「あ、いいです! とりあえず、トイレ行ってみるだけで... 」
「なんだ、クソかよ。」
言ったのは、少し離れた席の悪友。
「ん、ケンジ、あとで覚えとけよ?」
席を立ちながら悪態をつくのと、ケンジの隣の席のハルがぺしっとケンジの頭をはたいておいてくれたのが同時。
「そういうデリカシーのないことを言ってると女子にモテんぞー。」
「せんせー、そいつがデリカシーってタイプだと思ってんの?」
ぺしっ。
いちいちケンジをたしなめてくれてるハルの友情に感謝しつつ、... ケンジ、お前はあとで一発殴る、と心に決めて俺は教室をあとにした。
トイレ、と言ってしまった手前、そして、授業中のトイレなら他に人もいないだろうというのもあり、トイレの個室で、俺は腕輪の表面をタップした。
画面に現れたのはじーさんの顔。少し時間差で、勇と翔の顔も映る。
「なんや知らんけど、もうちょっとこっちの都合を考えてもらえへんかなー、中学生はどこも授業中やで?」
開口一番文句を言った勇に、じーさんは
「そりゃすまんかったな、しかしーー事件の知らせなのだ。」
「Y県の都市で、一週間のうちに五人の失踪者が出た。全て女性で十代後半から二十代前半。」
「そんなに? けどそんなニュースやってなかったと思うけど。」
「事件性のない失踪は報道されないどころか、警察もそんなに探さないらしいぜ。高校生ぐらいから成人じゃ、家出とかかもしれないし。」
俺の疑問に翔が答える。
「そういうことじゃ。しかもこの五人は深夜のうちに外出したまま行方がわからなくなっているらしい。全員、靴が一緒になくなっていたようじゃ。」
「それじゃほんまに家出とちゃうの?」
「中には家出人も紛れているかもしれんが... この街には今、異世界につながるゲートが開いているのじゃ。およそ二週間前から。」
なるほど。タイムリーに失踪が連続してると。
「しかも、そのつながった先は吸血鬼の住む世界。彼らの種族では若く美しい処女の血に希少価値がある。じゃからーー」
「き、吸血鬼ですか... 」
ハロウィーンの仮装のようなイメージしかないけれど、首筋から血を吸われるのとか想像するとけっこうゾゾっとくる。
「かなり、失踪と吸血鬼が関わっている可能性は高いと思う。じゃから、さっそく今から現地へ向かってくれんか?」
「いや、今このまま学校抜け出したら俺たちが軽く失踪者扱いなんだけど... 」
翔が呆れ顔で言う。
確かに。
しかし。
「それは任せたまえ。こちらに時空干渉能力者がいる。諸君が事件を解決したあと、時間に干渉して諸君を今日この時間に戻すことができる。... ただし、パラレルワールドを発生させないためのリミットは、一週間じゃ。」
「一週間? え、一週間で解決できなかったらどうなるの?」
「それを過ぎると、たとえ犯人を捕まえ、被害者を救出して時間を戻しても、犯人が捕まらなかった世界、被害者が救出されない世界が存在してしまう可能性が上がる。もしくは、諸君を返す世界の方が、元いた世界とどこか違ったパラレル世界になってしまう可能性も...」
「なんや、ややこしいけど... つまり、一週間でどうにかすればええんやな?」
「そういうことじゃ。
翔くん、頼まれていた位置情報アプリが間に合った。ブレスレットの位置情報を表示する他、それ以外にも地図を見ることができるので、まずは二人を拾ってからこちらの示す場所へ飛んでほしい。諸君の拠点として用意した部屋だから、転移しても見られる心配はない。」
「わかった、確認する。」
位置情報? 転移? と、一瞬じーさんと翔のやりとり首をかしげたが、
「そっか! 瞬間移動ができるんだっけ!」
完全にそっと学校抜け出して新幹線かと思ってた。
「そやったなー、新幹線で何時間かかるんやろと考えてたわー... 」
勇も同じだったらしい。
「じゃあ、まず葵からな。」
言って、一秒。
本当に、目の前に翔が現れた。
「うお!」
「せまっ! あー、そうか... 勇、お前は今どこにいる?」
「トイレの個室やけど。」
「お前もか... ちょっと、周りに人いないか確認して個室からは出といて。
葵、どっか適当に俺につかまって。いくぞ。」
俺が翔のシャツの背中辺りを掴むと、翔は腕輪の画面を確認し、目を閉じた。そして。
次の瞬間には、勇の前にいた。
おおー、知らないトイレだ。トイレからトイレだけど。
「ほんまなんやなぁ、ええなぁ瞬間移動。交通費かからんやん。」
「はいはい、人が来ないうちに移動するぞ。お前もつかまって。」
言ってるそばから、近づく足音と声が。
「おーい、腹の具合どうだ?」
慌てて勇が翔の肩をつかみ、トイレのドアが開く前に、俺たちはその場から、消えた。