五日目 翔の女装はあたしよりキレイかも
あたしたちは必死で探し回ったが、彼女は見つからなかった。
確かにあの角で曲がった。
そのあとまた曲がるまでは五十メートルほどあり、曲がったとたんダッシュしたとしても勇が見られないタイミングではなかったはずだ。
それでも一応、翔がとっさに次の曲がり角まで転移までして確認したが、やっぱり居なかった。
どこかの家に入ったのかも、と敷地のなかを覗き込んだりしてみたが、そんな気配もなく。
諦めきれずに一時間ほどあたりを探し回っただろうか。
「ーーもう無駄だ、一旦帰ろう。」
翔が言った。
「でもっ!」
涙目なのを自覚しながら翔を見ると、翔もすごく辛そうな顔をしていた。
「... くそっ!」
勇が手近な電柱を殴って毒づいた。
帰宅して、しばらくは三人無言で座っていた。
苦い気持ちが、胸の辺りから口までのぼってくるようだ。
失踪にかかわる犯人を、現行犯で押さえるつもりだった。
けど、もっと早く、たとえば彼女が家を出た時点で止めていれば?
少なくとも彼女は助けられた。
なのにあたしたちは、それをしなかった。
それは、彼女の失踪を防いだ場合、既に失踪している五人の手掛かりがなくなるからだけどーー
「... あのさ。」
意を決して、あたしは口を開いた。
「お前ら、あたしがプリクラ撮ってみるって言ったとき、すげー止めたよな?」
「なんやねん... 」
力なく勇が顔を上げる。
「それって、あたしが撮ったら、本当に狙われるかもって思った?」
「ーー万が一を心配しただけだよ。」
やたら静かな声で、翔が言った。
それが、あたしが言おうとしてることを察して、殊更声を押さえているように感じられた。
だから、あえて翔の目を見て、言った。
「じゃあ万が一でいいや。あたし、明日撮ってみる。」
「アホ言うな! その話は終わったやろ!」
耳にキーンとする勇の声を受けて、あたしは勇の方を向く。
「違う。新しい話だ。この前のは軽い気持ちだったけど、今度は狙ってもらう気で行く。」
「なんでやねん! そんなんせんでも、また張り込みして次を見つければいいやろ!」
「あと三日しかないんだぞ! あと三日でどうにかしないと、誰も助けられないかも知れないのに、いつ来るかわかんないもん待ってられるかよ! それに、そもそも赤の他人だったら狙われるの待ってていいのか!?」
「っ......」
反論できず、勇が顔を赤くして黙った。
翔も難しい顔をして黙っている。
「あたしが囮になれば、もっと近くで見張れるし、もしまた失敗してどこかへ連れていかれても翔が転移してこれるだろ?」
ほらいい考え!と明るく言うが、二人はまだ無言。
「大丈夫だよ、あたしなら自分のことくらい守れるし。なんなら一人で犯人やっつけちゃうかも。」
「... お前がやるくらいやったら、翔を女装させる。」
「ーーはぁ!?」
脈絡なく言った勇に、翔が虚をつかれて声を上げた。
翔を... 女装...
「... 確かに、あたしよりかはキレイかも...」
「はぁぁ!?」
勇を呆れて見ていた翔が、今度はこちらを見て目の下あたりをヒクヒクさせている。
うん、いけそう... ?
初対面のとき、女みたいな美少年って思ったもんなー。
いや、でもさすがに大人バージョンは女の人にしてはちょっとごつくなってるか?
翔の女装を脳内シミュレーションしながら見つめていると、翔もヒクヒクしながら同じだけこちらを見つめたあと。
「ーーよし、わかった... やってやるよ、女装。」
「マジで!?」
言ったあたしに、無理やりひきつった笑顔を作る。
「ちょっと年齢落として、姉貴ら直伝のメイクもしてやるよ。それでいいんだろ?」
「よう言うた! お前は男気溢れる男や!」
勇が目をキラキラさせる。
いや、この決断でその評価はなんか皮肉みたいじゃないか?
本人がやるって言うとは思わなかったので、あたしはしばらくポカンと翔を見ていた。
正直女装見てみたい。
... いや、でもさぁ。
「翔がうまいこと狙われちゃったとして、それで翔が誘拐?されちゃったら、どうやって助けに行くの?」
「あ。」
「う。」
「やっぱ翔じゃだめだよな?」
「翔が自分で転移して戻ってくればええやんか。ほんで、一回行った場所なら座標把握してまた行けるんやろ?」
「あたしの今の能力じゃ詳しくはわかんなかったけど、状態異常になって自分の足で夜外に出るようになってたろ? 操られてる状態ってことだよな? そんな状態で、自分で転移してこられるかわかんなくね?」
催眠とか傀儡とか、たぶんそういうのだ。
「そんなん言うたら、お前かて自分で自分の身を守るとか言うてたの無理やんか。」
「ね。そうだったねー。」
「ね。やないわー!」
完全に近所迷惑な声で喚く勇。
どうどう、と、落ち着かせるつもるで、あたしは勇の肩に手を置く。
「大丈夫。お前ら二人が助けに来てくれるから。」
「そら行くけど!」
「信じてる。」
語尾にハートを付けるトーンで言ってみる。
翔が深々とため息をついた。
「どうしてもやる?」
「やる。反対されても勝手に撮ってくる。」
しばらく、不敵な笑みのあたしと、渋い顔の翔のにらみ合いが続いた。
沈黙を破ったのは勇だった。
「せやったら、俺が女装をーー」
「それは無駄。」
あたしと翔の声がハモり、翔はもう一度深く深くため息をついた。