四日目 持久戦は続く
気が焦っているのか、無駄に早く目が覚めた。
でも、どうせゲームコーナーの開店は十時だもんねぇ、と布団のなかで考えていると、リビングで人の動く気配。
そっとドアを開けると、勇と目が合った。
まだ寝ている翔を指差し、しー、とジェスチャーする勇に頷く。
勇は、部屋着とは違うジャージに着替えていた。
待ってて、と口パクで伝え、あたしも動きやすそうな服に着替える。
再びドアを開けると、勇はちゃんと待っていた。
二人でそっと玄関を出て、翔を起こさないようにそっと鍵をかける。
「毎日走ってたの?」
エントランスで準備運動を始めた勇に、自分も倣いながら尋ねた。
そういえば、最初の頃、ランニングするから朝早いって話してたっけ。
「日課なんや。走らん日があると調子崩しそうでなぁ。」
「偉いなー。毎日とか、無理。」
本来、持久走は苦手である。
でも、昨日が座ってるかちょっとうろうろ歩くかぐらいしかしてなかったから、今日は体を動かしたい気分。
それに、この時期の朝の空気は程よく冷たくて好きだ。
準備運動だけでそれなりに気分がよくなって、清々しく深呼吸していると。
「行くで?」
と、勇。
「あ、先行ってて。よく考えたらあたし、マラソンとか苦手だから、毎日走ってる奴のペースついていけないし。あたしはあたしで適当に走るわ。」
いってらっしゃーい、と手を振る。
「そういうわけにはいかんわ。こんな人気のない早朝に一人で走らせたら、後で翔に怒られるやろ。」
「えー、だって、本当に遅いぞ?」
「走るの苦手やったらすぐバテるやろ。お前が疲れて家戻ったあとまた自分のペースで走ってくるから、ちょっと付き合うくらいかまわんて。」
「えー... じゃあ、お言葉に甘えて?」
「ホンッマに、遅いな。」
呆れ顔の勇に返す言葉もなく、ていうか、息が上がっていて声も出せず、ただ今度こそいってらっしゃいと手を振った。
苦笑を残して走って行った勇は、さっきあたしと走ってたのの倍くらいのスピードだったりする。
汗だくだー。シャワー浴びなきゃ。
乳酸たまった足を引きずるように家に入って。
「あれ? 勇は?」
寝ぼけ顔を少し持ち上げて、翔が布団のなかから言った。
「あ、ごめん、起こしちゃった?」
「いや、ちょっと前から半分は覚醒してた... 」
普段と違って、まだ眠そうな声はモゴモゴしていてなんか可愛い。
「毎日走ってる奴と気まぐれで走るのは無謀だったよ。あたしのペースじゃ走り足りないから、勇はまだ走ってくるって。」
「朝っぱらから走ろうって思うだけですげぇ... 」
言いながら、翔はことんと頭を枕に落とす。
「汗流してくるー。」
「んー。」
あれ?
そういえば、走りに出たことはわかってたのかな。
家を出た時点で起こしちゃってたのかもね。
さて。
思った以上に疲れたけど、朝から体を動かしてシャワーも浴びてスッキリして、やる気が沸いてきたぜ!
「ーー退屈だぁ... 」
昨日と同じファストフード店の席に居座って、開店から五時間。あたしはテーブルに突っ伏してぼやいた。
念のため十時から張り込んでいたけど、まず午前中は高校、大学生くらいの女の人なんて来ないので、交代でその辺散歩してきたりもしていた。
それでもダメだ、退屈すぎる。
「張り込みって、精神力必要やったんやなぁ... 」
ポテトを食べながら言う勇は、目が死んでる。
「俺もこのファストフード漬けはちょっとキツいなー... ニキビできそう... 」
「女子か。」
そんなやり取りを聞きながら...
「あ。」
外を眺めていたあたしは、声を漏らした。
「ね、あの人可愛い。」
「お前は男子か。」
勇が死んだ目のままつっこむが。
「いや、だってほら... 」
その可愛い女子高生は、友達と喋りながら、プリクラを指差して近づいていく。
あれ、安いねー、久しぶりに撮ろうかー、等といった声が、ガラス越しに聞こえた。
「行こう。」
言って翔がスッと席をたつ。
勇が残り少しのポテトを口に放り込み、あたしはドリンクの入れ物を返却カウンターに置いてあとを追った。
女子高生三人が撮影スペースに入って行ったのを通りすぎ様に見ながら、近くのクレーンゲームの台まで行く。
何か起こるだろうか。
何か起きたとして、それに気づけるだろうか。
あたしたちは、プリクラ機の方を凝視した。
フレームを選ぶ声が聞こえ、次に機械の音声が「撮るよー」と呑気に響きーー
ぞわ
急に言い様のない寒気がした。
とっさに隣の二人を見るが、勇も翔も表情に変化のないままプリクラ機を見つめている。
でもーー
漏れ聞こえるシャッター音の度に感じる悪寒。
「... 何も起こらないな。」
落胆したように翔が言う。
「いや... 」
撮影スペースから出てくる女子高生たちの表情に、あたしは目をこらした。
さっき気になった美人さんだけ、目の感じがーーここの店長さんの目付きに似てる気がする。
笑いながらおしゃべりしてるのに、目だけがぼんやりとしてる... ような。
「変な感じがする。」
ラクガキに盛り上がっている彼女たちを見ながら、あたしは言った。
「そうかぁ? 何もなかったと思たけど。」
「うん、うまく説明はできないけど、なんか、悪寒がしたんだ。」
「... 悪寒... 」
翔が戸惑った様子であたしを見て。
「あの人、尾行しよう。」
翔の視線を受け止めて、あたしは言った。
「わかった。こっちも気になるから、勇はこっちを引き続き見張っててくれるか? 何かあったら連絡してくれ。」
そして、あたしと翔は彼女の尾行を始めた。