自称カミサマに、自分の世界は自分達で守れと言われました
学生時代に、授業中ノートの下に隠したルーズリーフに書いていたお話のリメイクです。
気がつくとやたら真っ白い場所にいた。
えー。
何だろうこれ。どこだろうここ。
戸惑いながら、なんとなく歩く。
すると。
前方に、人影が見えた。
多少怖い気持ちもあったが、それより好奇心でそちらへ向かって歩く。
人影の方は、こちらに気づいたようだったが、逃げるでもなく向こうから寄ってくるわけでもなく、ただ立ってこちらを待ち構えているようだった。
あと五メートルほどまで近づくと、霧が晴れるように急に相手のことがはっきり見えた。
「えーと... こんにちは。」
驚いたような表情のそいつに、俺はとりあえず片手を挙げてそう言った。
言われたそいつは、静かに眉根を寄せて考えるような仕草をしたあと、
「たぶん、今、夜だから、こんばんはじゃないかな。」
と、言った。
少しかすれたような声変わり途中の声。
目線の高さも俺と同じくらいか、少し俺の方が高いか、といったくらい。
なので年も同じくらいの中学生だろうか。
色白で少し長めの髪。運動部じゃなさそう。ちょっと女みたいな美少年。
「夜? にしては明るいけど。」
観察しながら、思ったまま尋ねる。
「さっき寝た記憶あるし、寝たときの部屋着だし... こんな現実離れした景色、夢以外ありえねーし。」
「え。わ、ほんとだ、寝巻きだわー。」
俺は自分の服を改めて見た。着古したTシャツとジャージ。
と、そこへ。
「ほー! 夢かぁ! ほんまや俺も寝るときの服やわー。お前、頭えーな!」
すぐ背後で急に第三の声がして、俺はびっくりして振り向いた。
振り向いた先には肩しか見えなくて、少し視線を上げると、頭一個分ほど俺より背の高い、しかしやはり同世代くらいの男がいた。
近い。
色白美少年の方をちらりと見ると全然驚いてない。こいつ、俺の後ろから人が来てるのわかってて知らん顔してたな。
一歩離れながら三人目を見る。
今度は黒い。水泳部? 野球部? いやでも、背高いしガタイもいいし、格闘技系もありそうな感じ。
ぱっちり二重の色白美少年と対照的に一重のつり目が印象的。
「けどな、俺お前ら全く見覚えないわー。夢って、こんなはっきり、知らん!っつー奴が出てくるもんやろか。」
「それは... だから俺も、こいつが出てきたときなんか変だなとは思ったんだけど。でも、夢って説明つかないことが起こるもんだし。」
「そらまぁそうやけども。」
「そもそも俺、夢の中でこれ夢だって意識したこと、今までないんだけど。」
話の主導権をすっかりつり目関西弁に持っていかれたなーと思いつつ、俺も口を挟んでみた。
その時。
「夢ではない。」
更に別の声がした。
しかも、頭上から。
ぽかんと上を探すと、... なんか、白っぽいのが、いる。
背景も白いから、すごく見えづらい。
「確かに、諸君は今、睡眠下にある。しかしこれは現実だ。私は今、諸君の意識を繋いでこの場を設けている。」
言いながら降りてきたそれは、真っ白の法衣のようなものを着た、白髪のじーさんだった。
「... また変なのが出てきた... 」
「ちょっと待て! またって何だ! 俺をこんなのと一緒にすんなよ!」
頭を抱えてしゃがみこんだ色白美少年に、俺は思わず噛みつく。
「こ、こんなの... 」
「俺も変なジジイと同じ扱いは嫌やわー。」
「ジジイって... 」
真面目くさった表情で降りてきたじーさんが、徐々に情けない表情になっていく。
「変なジジイでないなら何やの?」
尋ねたつり目につられて、俺も色白もじーさんの答えを待った。
「うむ、ワシは... 神じゃ。」
返ってきた答えは、実にろくでもなかった。
「あ、うち宗教関係間に合ってるんで、結構です。」
色白がやたら早く切りにかかる。
「つーか神って。」
「やっぱり変なジジイで合ってるやん。」
「な。」
「聞こえる声でひそひそするのはやめい!」
色白の冷たい対応をとりあえずスルーして、じーさんは俺とつり目を制止にかかった。
「自称カミサマが変以外のなんだっつーんだよ?」
「やめとけお前ら。怪しい宗教は関わると危ないぞ。」
じーさんに尋ねる俺に、色白が小声で助言する。
そのやり取りをちょっと悲しげに見つめたじーさん、おもむろに後ろを向いて
「なんか思ってたのと反応違うんじゃが。君がこの格好して神って名乗れば信じるって提案したんだろう。え? じゃあサンタクロースで? テイストは似てる? いや、似てるかどうかよりこの件についての説得力が... 」
「聞こえてるよー。サンタクロースは季節外れだよー。てか、誰と話してんの?」
「あ、インカムみたいの見えたで。」
「... 。む? もう本当のことを話せ? じゃあなんのためにこんな演出を... あっ、おい、もしもーし! もしもーし!」
気まずい沈黙。
じーさんの後ろ頭を眺める俺とつり目。
なりゆきは気になってるようだけど視線はそらしたままの色白。
じーさんはちらり、とこちらを見遣ってーー
コホンと咳払いをひとつして、こちらに向き直った。
「諸君、諸君には自分達の住む世界の平和を守る使命をになってもらいたい!」
やっぱり、変で怪しいジジイだった。
「... 一応、詳しく話してもよいかの?」
ドン引きしたこちらの空気を感じたらしく、控えめな態度で聞いてくる。
どうしよう?と隣を見上げると、同じような表情のつり目。
「とりあえず、聞いてみようか。」
言って、色白の方も見てみるとビミョーそうな表情をしながらも頷く。
今この場で、それ以外選択肢がなさそうだと諦めているのは同じのようだ。
俺たち三人の視線を受けて、じーさんは嬉しそうに口を開いた。
「諸君が所属している世界は、地球という星で人類が文明を築いている、という認識だと思う。
しかし、実は世界というのは別の次元にもいくつも存在し、時々相互に接触することがある。諸君の世界で伝説や物語として伝わっている異世界の話のいくつかは、かつて誰かが垣間見た事実がもとになっているものもあるのじゃ。
だが、諸君の世界では、異世界の存在を認識できていない。それゆえに、他の世界からの干渉へ抵抗するすべを持っていない。
他の異世界を認識している世界の間では、互いに不干渉の条約が結ばれているが、そもそも異世界を認識していない諸君の世界では、条約締結自体不可能な話だからじゃ。
表向き、各世界の均衡を保つために、条約未加盟の世界へも不干渉が原則なのだが、己の利益のためにそれを守らない者がどうしても出てくる。
といっても、異世界同士を結ぶゲートの発生は人工的に起こすのは難しく、偶発的に繋がった機に乗じての犯行になるので、そう多くはないのだが...
それでも、野放しにするべきではない。
が、互いに不干渉ゆえに、他の世界の住人が条約未加盟の世界に何かしたとしても、被害世界がそれを認識していなければ違反を取り締まることもまた、できないのが現状じゃった。
そこでーー」
じーさんは、ビシッと俺たちを指差した。
「その未加盟世界に協力者を作り、自分の世界は自分で守ってもらおうという計画が立ち上がったのじゃ!」
うわぁ、どや顔。
「はい、質問。」
「どうぞ、葵くん。」
名前を言い当てられたことにちょっとドキリとしながら、俺は挙げた右手をそのままに尋ねた。
「なんで俺たちなの?」
「うむ。異世界の人間の犯罪を取り締まるに当たって、諸君の世界の常識で収まる身体能力では荷が重いだろうというのが我々の見解だった。
しかし、諸君の人種は潜在的には多彩な能力を持っていることも調査でわかった。諸君の言葉で言うと超能力のようなものだ。
我々の働きかけで、この能力を開花させることも可能だが、問題は能力を受け入れる素地だった。
成人してしまうと能力の伸び率が悪いだけでなく、自分の潜在能力も、そもそもこの話自体も受け入れてくれず、下手をすると精神に異常をきたす。
とはいえ、あまり幼くても判断力等に不安が出る。検討を重ねた結果、十代半ばくらいが妥当ではないかということになりーー」
「俺も受け入れてないけどな、その話... 」
色白がぼそりと言ったが、じーさんはスルー。
「諸君の世界では中二という世代が一番異世界と世界平和に理解が深いという情報をもとに、日本中の中二のなかから潜在能力、人格、健康面を考慮し、諸君三人が適任であると選ばせてもらった次第じゃ。」
「なんかその中二の認識は間違ってるー!」
思わず突っ込んだ俺、頭を押さえてため息をつく色白、そして、ぶぶっと吹き出すつり目。
「おもろいやないか。つまり俺らには秘められた潜在能力が!」
「本当に中二病かおい。」
色白が呆れる。
しかし、超能力っぽいものを自分が使えるという話は、確かに俺もちょっと気になる。
「な、どんな能力なん?」
「うむ! ではまず若林勇くん。君の能力は物理干渉じゃ。」
「物理干渉... ?」
勇と呼ばれたつり目は怪訝な顔。
「自分のエネルギーを、物理エネルギーに変換、放出したり、物体に力を加えたり、自分の運動能力の助長に使うことができる。わかりやすく言えば、衝撃波で攻撃したり、いわゆる念動力で物を動かしたりすることができる、戦闘向きの能力じゃ。」
「おおー、そう聞くとファンタジー色が出てくるわー。」
「じゃあ俺は?」
「志野原葵くんは、勇くんと同じく物理干渉と、もうひとつ生体干渉。生体干渉は、例えば傷を治したりできる、治癒能力などじゃな。」
「回復魔法は地味に大切だな。で、こいつは?」
自分からは訊く気がなさそうな色白を指して俺が言う。
「神山翔くんは空間干渉。座標を認識して、空間転移をすることができる。また、空間を歪めることによって攻撃をそらしたり、分散させて弱めたりすることもできるだろう。防御向きじゃな。」
「空間転移て、瞬間移動とかそういうん? めっちゃ便利やん。えーなー。」
と、言うつり目改め勇が、いつの間にか何故か半透明だった。ついでに、何か電子音がする。え、何? 幽霊?
「何っ? もう起きる時間か! 早起きすぎやせんか?」
慌てるじーさん。
「あー、俺朝は走りこまなあかんから。」
「くー! まだ説明を終えておらんのに! 仕方ない、また明晩続きをしよう。ちなみにこのことは他言無用だぞーー」
じーさんが喋り終える前に、勇は「ほな」と口を動かして、しかし声ごと、消えてしまった。
そしてそれと同時に、ふわりと視界が揺れて、俺はその真っ白な世界から離脱した。