激しい怒り
とある日、このクラスを担当している国語教師が風邪で休んだことでそれは始まった。
「それでは、えっと塚本さん教科書を読んでください……」
「……」
「塚本さーん?」
「……」
いつもであればこのクラスの国語を担当しているのは平松先生なんだが、その平松先生の代わりにやってきたのはどうしてか教頭だった。
そんな教頭が塚本に教科書を読むよう指示を飛ばしているんだが、塚本は教頭の事が嫌いなのか教科書を読むどころか返事すらまともにしていない。
「早く読んでくれないと、授業が進まないですよ?」
「……だったら、読ませようとしないでさっさと進めればいいだろ、ハゲが」
このクラスで一番の不良である塚本は機嫌でも悪かったのか、そう悪態をついた。
しかし、その一言ですべてが始まってしまった。
「今、あなた、何を仰いましたか?」
「ハゲ」
「平松先生の代わりにわざわざ来た私をハゲと仰いますかぁ!」
教頭は顔を赤く染めていく。
「だって、ハゲじゃん!」
塚本の台詞にクラスが若干クスクスしだした。
「塚本さん、私はね教頭なんですよ、国語教師ではないのです。急に休みになった平松先生の代わりに、こうしてあなた方に授業をしているのです」
教頭は教卓に両手をつき、少し前のめりになりながら窓際に座っている塚本に語りかける。
それに塚本は答えた。
「それってハゲ関係あるの?」
その発言にクラスはザワつく、皆教頭の事を快く思っていないのだ。
そんな状況に、教頭はついに怒りを爆発させる。
「先程からぁぁ! ハゲ! ハゲェ! ハゲェェ! と仰っいますがぁぁ! そもそもハゲって何っ何っですかぁぁ?」
教頭は塚本に怒りながら問いかけた。
「髪がない人の事?」
塚本は教頭の様子などまるで気にかけず淡々と返した。
その台詞に教頭は全身を怒りに震わせながら、こめかみの髪の毛を引っ張り主張する。
「ありますぅぅ! ここに見えないっですかぁぁ! この髪の毛がぁぁ!!」
塚本はその発言を「それってもみあげじゃね?」と冷静に対処した。
「もみあげはぁぁ! 立派に髪の毛ですぅぅ!?」
「じゃあテカってる人の事で……」
「テカっていますぅぅ? テカっていますかぁ!? 私はぁ!」
「はい」
塚本は真顔でうなずいた。
「それならばぁ! ハゲではなくっテカと言えばぁよろしくないですかぁぁ!?」
「……ハゲではなくテカ?」
塚本は真剣に首を傾げる。
「ひぃぃやぁぁ! どうしてっ冷静に返すぅぅ? どうしてっ真剣にくみ取るぅぅ?」
教頭はそう言いながら教壇をバンバンと叩いて感情を高ぶらせていく。
そして塚本へ問う。
「……それではぁ! 完っ全に髪の毛が抜け落ちた人はぁぁ!! 何と言うのですかぁぁ?」
「坊主とかスキンヘッドとか……」
「何故ェェェ? どうしてハゲではないのですかぁぁ!?」
「潔さとか……複雑な事情とか、から?」
その言葉に教頭はびっくり顔で言葉を漏らす。
「ふぇぇぇぇぇい?」
その言葉はクラスの3割には「Whーーーy?」と聞こえたらしい。
「何故ぇ私の頭はぁ! 複雑な事情にぃ入らないのですかぁぁ!?」
「だって、髪の毛洗ってなかっただけなんでしょ?」
「洗っていましたァァア!! 洗っていましたともぉぉ!」
そう言い返す教頭は、何故か『きをつけぇ』の時の姿勢をとっている。
「っつか、この世はパッと見ハゲの人とパッと見ハゲじゃない人の2種類に分かれてるじゃん」
塚本のその言葉でクラスに失笑が溢れる。
「パッと見ハゲてるぅぅ? 私はパッと見ハゲにぃぃ分けられたのっですかぁぁ!?」
「はい」
塚本は素直に答える。
すると、教頭は今までの激昂が嘘だったかの様に落ち着いた声音で「……そうですか」と呟いた。
「……これ以上授業が遅れてしまうと他の方や平松先生に申し訳ないですので塚本さんの後ろの方に教科書を読んでもらおうと思います。ですが最後に塚本さんに聞きたいのですが私はどうしてパッと見ハゲにわけられたのでしょうか?」
教頭は落ち着いた雰囲気で塚本に問いかけているが、こみ上げる怒りをこらえすぎてか右の頬が痙攣しており左目の目じりのあたりもピクピクしている。
「なんか、汚いんだよね」
「……そうですか。毎日ちゃんと加齢臭予防にもなるシャンプーで洗ってるのですけどね」
そんなことをブツブツと言っている教頭の顔は少し黒味のかかった赤に染まっていて、くっきりと額の血管が浮かんでいる。
そんな教頭に塚本は「いや臭い関係ねぇし」とツッコまれたが、今や変身してしまうんじゃないかという勢いで顔が変色した教頭は「……そうですね」と返し、授業は再開された……。
そして、3日後の月曜に開かれた全校集会の時の事だった。
「えー、それでは教頭先生の方からお話をお願いします」
そう言われて壇上に上がってきた教頭は、頭を潔くしてきていた……。
生徒達からどよめきが起こり、一部の生徒からは爆笑が巻き起こっている。
そんなザワついた空気の中で教頭は顔をみるみる赤くしていく。
そして、教頭が声を出そうとしたその時、塚本が腹を抱え笑いながら指を教頭へと突き刺し、叫んだ。
「――ッ、めっちゃタコなんだけどぉぉぉ!?」
塚本の声に気づいた教頭は驚愕したらしく、顔を赤黒く染めて目を全開まで見開き、そして何故か『きをつけぇ』の姿勢で全身を震わせ、嘆いた。
「どぉうしてぇぇ!! あなったぁぁぁ!! タコぉぉとぉ仰ったのでっすくぅわぁぁぁぁぁ!!」
ハゲる事への恐怖や絶望は、きっと過去からやってくる。