KAITO:2017
昼下がり、コトンコトンと音を立てながら揺れる電車に身を預けている。
会社の小さな用事で取引先に行って来た帰り帰社するところで、本当はこのまま家に帰ってしまいたいと思いながら電車に揺れられている。
窓際にはベビーカーを引いた若い女性が外を眺めて立っていて、そのベビーカーの中で赤ちゃんはすやすやと眠っている。
腕を組んだまま狸寝入りをしていた私は薄目を開けてチラッとそちらを見やる。
この時間の電車は空いている。だから、座ろうと思えば座れるので席を譲る必要はない。若いお母さんの顔はどことなく疲れているように見えるので、座ればいいのにと思う。
大学を出てまだ2年目の自分は結婚もしていなければ、忙しすぎて最近大学時代から付き合っていた彼氏と別れたばかり。漠然とではあるけれど、結婚にあこがれもあるし、あんな風に可愛い寝顔の赤ちゃんを見ていると自分も子供が欲しいな、なんて思ったりもする。
ごとっと電車がカーブに差し掛かって揺れると、若い母親はぼんやりしていたせいかよろめいて二歩ほど足が彷徨う。
一番近くに座っていた高校生だと思われる男子学生がスマホから顔を上げる。
「次の駅までカーブ続くんで、座りませんか?この場所良かったらどうぞ。」
車内はガラガラなのにそう言って学生は立ち上がる。
「あ、いえいえ。ここで外を見て居たくて。ありがとうございます。」
慌てて若い母親が言うと、立ち上がった男子学生が少しばつが悪そうな顔をするのを見る。
断られると、ちょっと悲しいんだよね。
私はそう思いながら男子学生に同情する。混んでいる電車で何度か席を譲ろうとしたことがあるけれど、断られることもしばしばで、最近はあまりそう言うことをしなくなっていた。
男子学生の向かいでやり取りを見ていた初老の女性がすっと立ち上がって、二人の元へ寄って行く。
「じゃあ、私ここに座らせて貰おうかしら。」
感じのいい初老の女性は微笑みを浮かべて二人に向けてそれを言う。
男子学生と若い母親は目を合わせる。お互いにどういう風に対応していいのか解らないようで、答えを探しているような顔をしている。初老の女性はニコニコと笑みを絶やさぬまま席に座り、真横にいる赤ちゃんを覗きこんで話しかけ始める。
「ママは綺麗な人だねぇ。素敵なママでいいわね。」
赤ちゃんに話しかけていても、その言葉は母親に向けられていて、若い母親は一瞬面食らった後にはにかんで俯く。
「あなたは私の隣に座るのは嫌かしら?」
笑顔のまま女性は男子学生を見上げる。
「あ、いえ、そんなことはないです。」
そう言って、ほんの一瞬躊躇してから学生は初老の女性と肩を並べる。
初老の女性の横に今風の男子学生が座り、そして反対側の隣には若い母親とベビーカー。なんの関わり合いもないはずの人たちがガラガラの車内で一か所に固まっている。
「娘が居るのだけれどね、まだ結婚していないのよ。こうしていると自分の孫みたいでちょっと嬉しいわね。」
女性は一人話し始めると隣の学生に笑いかける。
「あなたはパパにしちゃ若いわね。」
え!びっくりしたような顔をした学生を見て、若い母親がくすっと笑う。
「若すぎるわよね、パパなんて呼ばれるのは随分先だもの。」
若い母親の言葉に男子学生は戸惑いながら頷いて、「子供は好きですけど。」と言う。
初老の女性は頷いて皺の寄っている目尻に更に皺を寄せるようにして、楽しそうに微笑む。
「良いパパになるわよ。」
何を根拠にそんなことを言うのか解らない。私はそう思いつつ、それでも女性の言葉になんとなく同意していた。
「私もそう思います。」
先ほどまで疲れた表情をしていた若い母親もにっこり微笑んで女性の言葉を継ぐ。
電車がまたごとっと揺れる。
皆を乗せて優しく揺れていく。
オムニバス企画
「MAIKO:2017」作者 梛 http://ncode.syosetu.com/n8002dg/
「KAITO:2017 - The Young Detective」作者 志室幸太郎http://ncode.syosetu.com/n8042dg/
「MARUNO:2017 電車の中で」作者 丸野智http://ncode.syosetu.com/n8733dg/
「JUN:2017」作者 来栖
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